It is not WHAT I am expecting for…

1日の終りに、本日のささやかな 良いことを思い起こすようにしているのですがね。

それらを思いつらねるごとに、これで ホントにいいのか? と 思ってしまうんですよ。

八百屋さんで野菜がひとつおまけになった。とか。

ガソリンスタンドで給油をお願いしたら、スタンドの人が 「お客さんが 102円から100円になった 最初のお客さんですよ!!」と 嬉しそうに言うので 「ええ!ほんとーー 嬉しい!」と 私もついつい叫んでしまう始末だったり。

昨日 などですよ。 通っているスクールでテストがあって・・・散々な結果を後に がっくりとうなだれて いつも駐車しているところに行ったらですね。 課金されていないんですよ。私の車が。 だから 書いてある連絡先に電話して どうすればいいでしょうか?と尋ねたら 今回は無料でいいです。って あちらは言うんで 驚いちゃって えええ いいんですか?・・・と いいような 悪いような 複雑な思いで そこを後にして。 その後の1日は 髪の毛逆立つほど忙しくて ヘトヘトになって 帰りの車の中で 今日あった いいことを思いたどるわけですよ。 思いたどると そこくらいにしか 行き着かなく。 そこしか 今日の1日のよいこと が 浮き上がってこない 自分のレベルって・・・ こんなんが 1日の幸せって 自分の求めている幸せって こんなんじゃないのよ!と 思いながらも。 でも それなりに 勉強したって (自分なりのそれなり) 結果は惨めなものだし。 滞って すっきりとしたいことも 時間とともに天命を待つしかなく。

駐車料金が無料にならなくてもいいから。多く取られてもいいから。 テストでもっといい結果出せるような自分になりたいのに。

八百屋さんで レタスおまけ! で なくてもいいから 例のことが すっきりとしてさえくれれば もう 幸せなのに。

でも なかなか 自分の思いの通りには ことを運ばせてくれないのが 神様のいやらしいところで。 運べる人もいるのでしょうが。

お客さんが 100円の第一号! と 言われて

キャ!うれしー! と そんな辺りで 毎日 ささやかな 毎日を送っていくしかないのだろうか。

 

そんな中で いつか 陽の目を見れる日を希みながら、飽きずに ふてずに あきらめずに やっていくしかないのだろうか。