不思議

何を基準にしているのかさっぱり分かりませんが。

 

シンガポールの国立大学は世界で一番いい大学だとかなんとか 世界大学ランキングで言われています。

東大よりずっとランクが上ってよく話されているから。そんなところを卒業した人って 本人はよっぽど気をつけていても どこか 威丈高な様子を醸しだしてしまうんじゃないかしら・・・と 私なんてビビってしまうのですけどね。 我が家に官僚めいた人が来ても・・・こまっちまうな・・・と 思うじゃないですか。

おみえになるシンガポールの二人の一人はそこを卒業してるっていうし。友達のメリボン君は一度シンガポールで会って 人柄知っていて 優しい人って分かっているからいいけれど お友達が 硬質な感じの ふ・・・馬鹿が・・何言ってやがる。と いう様子の人だったらどうしよう と・・・ そんな 心配は 何処に。

とっても フレンドリーな 話しやすい人でした。

トンプソンに その感想を言うと South Asiaは そういう感じだよ皆。 日本で たま〜〜〜に見かける 人を小馬鹿にしてしまうような教育の仕方じゃないんじゃないの? と あっさり。

そうなんだあ・・・と そういえば 私は 若い時から 官僚風のそしてどこかで人のことを馬鹿にしている男の人苦手だったもんなぁ・・・と思い起こす。

将来をある程度期待されているような相手と友人たちがこぞって結婚をしていった24歳から28歳くらいまでの時期があった。

ついこの間まで一緒に鬼ごろし飲んでいた友人が 突如と結婚しますと 何だか硬そうな相手を紹介されても ご本人は全く悪気はないのでしょうけど、メガネの向こうにある小さな目から こう なんとういうか 足りない知能指数計られているようで いやあの その・・・と、シドロモドロとなり萎縮してしまう自分がいた。 実際は それは私の若気の未熟さで イメージでそう捉えてしまっただけで。その後、彼と何度かお目にかかる機会があり 年齢とともにとても素敵な人になられていた。

しかし、その若い時分からとてもお勉強が出来た人であるのに。人を話しやすい雰囲気に持っていける人がいた。 その人と話をすることが私は大好きだった。 ただ 問題はその人は友人の婚約者で。東工大を出て大きな会社に研究者として勤めていた。すれていなくて、人の話に耳を傾け、そして たどたどしい私の話術を 魔法のようにサマライズして 話の流れを スムーズにしてくれる達人だった。 いい人を選んだなぁと 友人の選択に拍手を送った一人だった。

私はこういうような人と奇跡的に出会わないかぎり 友人たちが次々と選んでゆくような相手とは結婚は無理だろう。と 早々にあきらめた。かと いって 自分にも見栄ってものがあるしなぁ・・・と

そんなところが 自分の結婚に踏み切る時のジレンマってやつだったのではないかと・・・思い出す。

 

きっと 時代は変わったとはいえ、いまだに多少は同じようなあたりで迷い、結婚を決断できずにいてしまう女の子もいるのではないかな。と想像したりする。

今になって はっきりと分かることは、結局自分が結婚してしまった相手は 人の話を聞くどころか 言葉が通じない相手だった。 それなら 君は馬鹿なんだから黙っていなさい。というような相手と結婚しても同じようなことだったのではないか? どんな人と結婚してもなりたかった自分像は 断固として変わらず 自分自身が あの素朴な会話のマッサージ師の彼のようになりたかったのだ。

自分自身がそうなれたら・・・ どんな 威張った夫だって心がほぐれ ん? お前がそう思うの? いいよ♥ だなんて 展開になるんだろーなー。 と、思うんですけど。皆さん どんなご意見あります? ひたすら出世街道を歩む威張り屋さんのご主人を支える 親友Mは 女版会話のマッサージ師であったゆえに 私はそう信じてます。