私のささやかな幸せは。日々の生活の中で小さな進歩や発見をすること。で、いまは、あります。
小さな発見といっても 本当に本当に小さな発見で。
大概 こんなところである。
十数年前に買って読んだ 有元葉子さんの「わたしの日常茶飯事」という本を、何年かぶりで再読してみた。
すると、こんな文章が目に入った。
ある時イタリアで、ホテルの朝食に出たプルーンのワイン煮が格別においしかったことがあるのです。よく見たら、種が入ったまま煮てあって、種のまわりがアマレットのような香ばしい香りがするのが、美味しさの秘密でした。
そうなんだ!と。 さっそく 種入プルーンを探しました。スーパーでは売っていないようです。 オーガニックフード屋さんに売っていました。
料理の先生から習った ポートワインも入れて煮るプルーンの赤ワイン煮を今週の土曜日に早速作ってみるつもりです。
どうして、十数年前には、このくだりをキャッチできなかったのでしょうか?
理由は プルーンの赤ワイン煮を作ることなど考えてもみなかったこと。
料理の先生のところへ行って美味しい煮方を習った。そして それを作ってみた。美味しいと思った。美味しいと褒められた。 アンテナが立った。
私のアンテナはずっと低いところにあるので。 いきなり 高い人のモノマネをしてみても 疲れるだけです。 背伸びして続きません。
昨日も 低いなりのアンテナの中で 生活をしてみました。
朝 ちょっとだけ勉強して 通訳の学校へ行きました。 自分の足りないところを知りました。と、同時に自分の進歩していることもしりました。 終わって 仕事場へ戻りました。 いつもより早起きしたから ちょっと疲れているので お昼を食べ終わった後のおやつも食べました。 夏のキャンプの手続きを始めました。 生徒さんたちがおみえになり始めました。 子供さんに通常のレッスン以外の補講で授業を担当しました。
夕食の買い物に行き。その後 もうちょい仕事場にて コチャコチャしたことして 帰宅しました。 7時位で すごく 疲れていたけれど、 それなりに 準備して、ささがきゴボウを茹でて酢をかけたものと、ピーマンを塩もみしたものを いりゴマを擦ったものとフレンチドレッシングであえて、トマトをそえた一品を作りました。
豚肉も先生から習ったとおり、筋をとって 塩で味付けしたものを小麦粉をつけて焼く方法で作ってみました。そこに茹で処理した野菜を一緒に焼いたものを作ってみました。
それなりに美味しく 豊かな気持ちになりました。
こうやって書いてみると、自分は生活が進歩してゆくようなことを知る時に一番、充実を感じるタイプなのだと、思います。
数学も出来たらなぁ、と願うのは。
計量や 色々なことが もっとパッパッと分かったらなぁと思うからで。
生活に活かせるような 知識や アンテナが もっと もっと 高くなれたらいいなぁと 願うからであって・・・。
ただねぇ。 これは 小さくとも 前に前に進歩を持って行ける時の話であって。
ややこしい話と、揉め事と、ちょっとDoggy(ずる賢い)とまではいかなくても、1回の話し合いでは済まない交渉事を進めていくときや。 それぞれの思惑のある遺産相続などの話の際には、そんな やわいこと言ってられないものよ。 と、言う説もありますが。
私は、その手の場面の時のために 毎日の小さな幸せを生きて、その時に自分らしい判断でいられるようにと備えてるとしか思えてならないのですよ。
自分は自分の器。キャパシティを、その場面の最善の行動がとれるように。 小さく 小さく 前に生きてゆく。だけ、それが 生活を大切にすることの意味なんだよ。と、そんな声が聴こえるのですよ。