Self defense and governing system

 弥生時代の頃から、防衛と支配システムが成り立っていたのだからこれが生き物の在り方だと改めて思う。

 強いものが支配する。これはどうやったってなにをしたって変えようのない真理なんだよ。と、いう声に、それは そうだな そりゃ そうだ…と溜息まじりに弥生時代の生活あたりだと、自分の性質なら、このあたりかなと思ったのが 王の身の回りを世話する料理係。いやいやそこまでいければ大したものでしょ…そこまでいったら国家公務員くらいの地位なのかな その当時は。と、自分の育った家の流れをおってみて、知る限りほとんどがなんらかの商いをしていた家系からすると、まず高貴な家柄というのは望めないし、また、学者とか官僚とかはありえない。

 きっと自分の祖先は、このあたりだったのかなと思うのはやはりなんらかの行商をしていたような人。そのあたりと目星をつけた。

 なぜか吉野ケ里遺跡の人々の生活を垣間見て、悠久の昔に存在したであろう自分の血の中にわずかにも流れているその人のことを考えた。

 平均寿命50歳くらいと考えて 44人分 母、祖母 と辿っていくとその人にいきつく。
 

Nightmare

GWの旅の疲れのせいだろうか… ここ最近 後味の悪い夢ばかりみて起きる。

枕の向きが悪いのだろうか。後悔の諸々の出来事が出てきたり、父から叱られる夢であったり、また それが結構ありありとリアルで…今日こそは いい夢みたいと思いながら眠りにつく。が、いつも惨敗の結果で。 うなされる夢ばかりみているから朝起きても今一歩疲れがとれない。

九州の旅は、終わってみたら、行ってよかった。とは思うものの、根が旅好きではないから 家でガーデニングしているほうがやはり幸せ。と、無事に帰ってこれたことに感謝しながら育てたバラを玄関先に飾り悦にはいる。

GWは念願の吉野ケ里遺跡、祐徳稲荷神社そして平戸 大河内山をめぐってきました。 吉野ケ里遺跡 弥生時代の人のマネキンが すご~~く 力のはいったもので 最初の数体で力尽きたのか 最後の方の数体は もはや顔のない簡略化したものであったのが残念。 もっと みたかったなあ あの魂を入れた作品。


Wrinkle and deep line

弟の奥さんがエステサロンをしていることから一か月に一回、ボディと顔のマッサージを課しております。

先日、その義妹が「あつこさん、今日はすごい皺が目立ちましたよ。ここ ここの眉間のところ。いつになく 深い縦皺がくっきりと」と最後の方でキツイ一言をぐさりと。
「あらっ! そう? 気をつけなきゃ・・・なんだろう 原因は、あ!」…と必死に原因を探す自分。
「あれかもしれない…ここ最近、寝るときにさ…救いようのない内容の本を読んでいたのよ。それを読んでいるときにさ…わかるのよ。自分の眉間にすっごい皺が寄っているのが。それでも興味があるから夜の、もう目も見えないような時刻に老眼鏡かけて必死の形相で読む自分のことを ああ…いまの私の顔って、もともと良い造りでないところに ますます 悪いものが刻まれているような気がする。と、思いながら活字追ってたわ確かに」
「そう、それですよ。夜は救いようのない暗くなる本は読んじゃ駄目ですよ。いまだからなんとか皺伸ばしできるかもしれないけど、これが慢性化した暁には、もう手遅れですよ。すごい形相の人になってますよ」
…と、この弟のお嫁さんは 身長150センチより小さく小柄で、可愛い顔に似合わず、言うことがきっついのが特徴のヒトであります。

 しかし、彼女の美容にかける意識はズボラな私に、色々とアドバイスをくれるので、ズバリ本音のアドバイザーとしてありがたく聞いております。
 
 …そうか… そうかもしれない。 図書館から無料で借りれることをいいことに、自分ではおそらく購入しないであろうようなジャンルの本を借りてきて、ここ一週間ほど読んでいた。
そのタイトルも 「すすきのの女たち」 という夜の世界で生きる人たちの実話に沿った一冊だった。
 自分の知らない世界は気になるもので できれば やくざの世界も知ってみたいと思ってはいたけれど
すすきのの女たち を読んだくらいで、眉間に皺が刻まれるくらいなら ヤクザの本など読んでしまったら 一体、どういうことになってしまうのだろう…と 実話に基づいた感じの ノンフィクションはやめておこう。と、思った。
いや、結末が明るいとか 読んでいて 笑いを誘うとか 光の感じるようなタッチが入っていると どんなジャンルのものでも義妹に指摘されるような皺は避けられるのかもしれない。が、 読んでいて くらああくなるような 泥沼に入っていくような内容の本は、これからは夜に読むのは避けよう。

 あのスマホも寝室に持ち込みは禁止した方が良いというのも分かる。 検索で「水原」とかうとうものなら その内容に寝る前、どっぷりと浸かってしまい… それが 眠りに繋がるのだ。
 寝る前の 時間は 良い眠りに繋がるものを、これからは心がけねば。

Doing Doer

わかったことがある。

もっと若い時にわかっていれば もうちっと違う人生が辿れたのではないか?と思ったことは。

出来ないと嘆く前に すればいいことだらけで世の中は出来ているのではないか?ということ。

汚い皿があれば洗えばきれいになる。庭仕事もひとつひとつ手を動かしてゆくとどこかに光があたる。

ケーキ作りもそうだ。手を動かせばなんとかなるのだ。

頭が悪いと 私はあまりにも自分のことを嘆きすぎた。いったい何を考えていたのだろうか。

頭が悪いと嘆く前に、字を読めばいいのだ。問題を解けばいいのだ。問題を解いて解いて 自分なりの記憶術をどこかに見出して 自分なりに記憶にとどめてゆく方法を見出すようにすること。

机の上で 文字を読み 記述を読み、問題を解いて 出来ていくことが得意ではないと嘆きすぎることに時間を遣いすぎたと思う。

出来なくても、問題に向けて、問題を解く、そうやって愚直でも前に進んでいく。

巷には、字が上手くなければだめだとか、ノートはこう整然と書くようにとか、たくさんの方法が溢れている。が、究極は自分の汚い字でも雑でもなんでも することにあるんだ。手を動かし、机に向かい、一問でも二問でも、いや三問でも問題を解いてゆけばいい。庭でも手を動かした分景色が変わる。

頭がよくなることに汲々とすることはなく、きれいな仕事をすることだけに心を費やすのではなく、することのなかに自分の有りかが生まれるのだろうから、まず、自分なりに、する。

そうすれば、混沌のなかにも生まれるものがある。それでよかったんだ…と開き直ってしまった。

学生の頃にその開き直りがあったのなら… 努力のヒトになれていたのかも、しれない。

これからでも遅くない 残り時間をちらりと考えて、目のサプリをごくりと飲み込む。

春のメッセージ

O.H君 (2024年度高校1年生) 生徒さんの声にも掲載している内容ですが 読んでいてジワリとくるものでした。 こちらにも載せさせてもらいます。

僕はThompson Internationalに幼稚園の年長の時に来ました。もちろん最初はなんで英語をしているのかわかりませんでした。
5才か6才くらいの時でしたから。盤渓から降りてくるバスに乗って円山ターミナルで下車して、来るところ。と、それだけの思い出しかないです。
よく先生には叱られました。なんで叱られているのかもわからなかったですが
手を洗いなさいとか そんなことから始まって、授業の時も何回かクラスルームから出されたかな(笑)それでも続けられたのは なぜなのか 分からない けど、今の僕ははっきりと言えます。積み重ねがどれだけ大切かってことは。小学生の時、水上さんと英検の特訓を始めて泣きながら問題解いていた僕がいま、学校の英語のテストでは満点をとれています。模試でも結構高い順位につけているのは、なんだろう… 中学生になってそれまでしてきたことの意味 パズルが揃った感じでグーンといけたから。だと、思います。
英検2級も中学生の時に合格し、いまはネイティブとのレッスンとあわせて水上さんとの試験対策のクラスでは準1にそったような問題を積み重ねています。これからThompson Internationalに来ようとする人たちへ向けてのメッセージは、週一回の英会話、そして単語、読解、書いてゆくことの練習。それに学校での勉強を重ねていって。立体的になって初めて、身につく楽しさを僕は知りました。その楽しさがわかれば 勉強が勉強じゃなくなる。
続けてきてよかったです。

 

バラの季節

これから GWの頃にかけて庭の計画をせねば。と、あと、イッチョ前な語彙ですが、締め切りのあるものがひとつあり。それを今週の休みの時にする予定です。

予定があるというのはありがたいものです。

世の中で諸々の事件、事故、悲劇が起こる中で足元じっとみつめていないと、いつでも自分も足を踏み外してもおかしくない世界の中で生きていることを実感しています。

まず、バラを植えることが 今年は楽しみです。

前の家の庭、精一杯 バラを咲かせました。

また、ひと花咲かせます。

おめでとう!

寒さ厳しい北の冬。それでも、朗報がはいってくると心に桜が咲いたよう。

大学へ進学の子たちは、すでのお知らせが入っていました。東京へ神戸へ、そして京都へと飛び立っていかれます。

そして高校、合格発表、昨日でしたね。

お母様たちからの嬉しいニュースは、もう推薦入学の子なら早くにいただいてましたが、公立高校、英語で自己採点だけれど96点。本当は満点狙えたのに。と残念がっていた子もいました。

皆さんにそれぞれの春がやってきたようです。

Thompson Internationalに高校になっても通い続けます。との言葉を各々からいただいた時には、嬉しさと同時に、気持ちが引き締まりました。

刻々と変わってゆく、成長期の子たちへ伝えてゆけるものをもった街角の英語を教える場所。そして安心して通えるスクールであり続けるために出来ること。

無理な経営をしない。教える仕事で蔵は建たない。を常に心にとどめて、まいりたいと思っています。

2024年から 高校生クラスには、月一回、TGセミナーの伊藤伸哉さんに担当をお願いする予定でいます。

伊藤信哉さん経歴

幼少期を米国エバンストンで過ごし、東京大学へ進学。26年間で800人以上の留学生をサポートし、ハーバード大学やMITなど有名校への進学を実現されてきました。

Thompson Internationalでは、月1回、大学受験対策等を受け持っていただく予定です。

 

この小さなスクールにやってきたことで、英語から多くのことへの興味を引き出し、自信と優しさとを持てるそんな人生を送られますように。

いつも この小さな学校で応援をしています。

Thompson Internationalの大人の生徒さんたちは、本当に自信と優しさに溢れた方たちばかりだなぁ…と、はた…と学生さんたちへの想念を語りながら、いま思いました。

あ。そうか…。ご利用くださる大人の生徒さんたちの残照が、子供たちにも伝染してくれている。

そう思えました。

 

生きやすさ

生きやすさとは…と 思いつくことが最近、多くなった。

生きやすい人とは、明るく 前向きで 常に人の裏の心理など考えず 毎日を清々と過ごせる人と

自分の持つイメージは 日向の中で 生きられる お日様の方向を向いている人たちだ。

人に囲まれ、友人が多く、思いやりに溢れ、自分のするべき仕事を持っている。

大谷翔平選手とまではいかなくても、人望厚く多くの人に好かれるような人。そういう人は 生まれ持った資質なんだろうなぁ。と、思っていたところ、その類に属するような人のお一人が、手首にあの、念仏のようなものを書いた数珠をまいているではないか。

私は思わず尋ねた。「これをすると何か効き目…があるのでしょうか?」と。

その人は答えました。「…うん、あると思う」

「なににでしょう??」と私。

「うん…そうだなぁ 自分の邪念がとれるというか、少なくなるような気がする」

邪念などと全く無縁にみえ、多くの人たちに好かれ慕われ尊敬されているその人にも、邪念と呼ぶようなものが存在するのか? と、驚きつつ、  ああ そうなんだという 安堵を感じた。

大谷選手はまず、おいておいて。

一般人の中でも ワンランクもツーランク(お金だけではなく 人格など)上の人でも 生きるという作業の中で 色々とあるんだなぁ。と、思うと 自分というものに 苦悩している自分など ホッとするではないか。

自分を切り離す訓練が、人と人との間で起こる出来事の中で生きていく時に必ず必要となる時がある。

その作業は、勉強するのも自分のやり方があるように。人間関係というのはうまく立ち回るとか、あたらず障らず とか、そつなくマナー通りにとか そういうもので解決、力がついてくるものではない。

自分を切り離す訓練なのだと思った。

忘れることのまず第一歩目は、自分が、自分だったら そんなことしないのに・・・とか、意外とあの人って そういうことするんだ。と、愕然とする出来事があったとしても自分が自分だったら…の思いを、捨てる。

執着しない訓練を重ねてゆく。時間がかかるかと思うけど、勉強も時間がかかるのと同じだ。

恋をしている人は、いいものだなと思う。

そういった作業にあたるとき この恋心が 念仏入りの数珠よりも効くかもしれない。

恋が、大体 多くのことを どうでもよいことにしてくれる。その恋が暗礁にのりはじめるまでという期限付きの欠点があるのが人間同士の恋だけど この恋心というものを利用しない手はない。

春。なにか これまでしたかったことを 恋をするように 始めてみようかな。と、久しぶりに思える。そんな春です。

一つだけ あるんです。今年始めることが。

ずっと したかったこと それの扉をたたいてみようと思います。

 

 

New Life

春が近づいてきました。北国の春は雪の中に訪れます。

歩きずらい雪山を溶けたり凍ったりして出来上がった道のりにおとす視線も、春の陽ざしの中では、少しだけ緩むから不思議です。

昨年暮れ、大好きだった家猫のチャイが旅たち、紆余曲折がありながら新しい命が我が家にやってきました。

どこかチャイに似ている猫を選んでいる自分たちがいます。

春がやってきますね。

The News

あることにこの度、気づきました。

地方新聞 北海道新聞などの、28ページとか そのあたりにある、全国版にするほどでもないような類の刑事事件の記事の中に、非常に面白いものがある。ということを。

先日、理由あってそのあたりの記事に珍しく、目をあてておりましたら、自分が読みたかったNewsの隣に

盗撮の示談金名目詐欺疑いの2人逮捕。 という見出しが。

なんだ?これ? ‥‥と読み始める。

ある商業施設で盗撮をしていた男を、その逮捕された二人は目撃し、でっち上げた話で盗撮した男からお金をだまし取った。 それは、盗撮した相手の女性は盗撮されたことを知っていて、示談金200万円で警察には届けないことにすると話はついているが どうする? と 仲介役を装い示談金をまきあげるものだった。

その盗撮した男は もともと (強姦でもなく盗撮ぐらいしか出来ないような男だから) 度胸がないゆえに ←これは あくまでも私の感想。その示談金を言われるがまま支払った。が、のちにおかしいと思い警察に届けた。 ←これには 読みながら自分も驚ぃた。いったいどの面下げて警察にその事情を報告したのだろう。その様子を想像するだけでも笑いがこみあげてきた。

結果として その示談金を受け取った二人組が詐欺罪として逮捕。と、しっかりと実名で新聞に載っている。

しかし、その盗撮した男は 名前載っていなかった。はず。

こういうことを なんと称するんだろうか… うわまえのうわまえをいく? いや、底の底をいくようなお話。

この盗撮した人の罪は もはや マイナスのマイナスと うやむや状態となり、お咎め程度で終わってしまった? と、いうことか?

全国版ニュースについつい目がいきがちな自分でありましたが、この地方新聞のそのまた地方ニュース…の中に すごく すごく 目を見張るようなものがある。くだらなさの中に何か考えさせられるものもあるように感じるのは いま わたし 暇なんでしょうかねぇ…。