日曜日のジュェリー売場

日曜日のジュェリー売場には若いカップルがおりますね。 特に4℃あたりの売場にはこの間まで中学生だったようなまだニキビのありそうな男の子・・・きっと23歳くらいなのでしょうが、初めて彼女へジュェリーを買ってあげる照れと、とまどいと、そしてしっかりとしてゆくぞという自覚とを一身に着ようとしている…そんな男の子の隣には、首をかしげて、男の子よりジュエリーをプレゼントしてもらえる幸せに輝いている女の子がいます。

いいねぇ・・・ と 私は、股上のマチの深いパンストを店員さんに探してもらっている母を待ちながら、若いカップルを眺めています。

私にもあんな時があったのだろうか。どうだったのだろうか・・・それにしてもいいなぁ若いって。と股上の深いパンストじゃなきゃお腹がおさまらなくって、わたしなど困るのよ。と大声でレジでの支払いを終わった母と歩きながら私はこう呟きました。

「おかあさんさぁ・・・ 自分で100万以上の宝石買える人とかさ、おかあさんみたいにさ夫がうるさい人でなかったから、さらえ構わず図々しく自分で好きなもの買えるような女とだよ・・・ 彼氏や夫にかわいい表情でおねだりしてジュェリーや宝石なんかを買ってもらう、そんなひと苦労の振る舞いが必要な人と・・・どちらが いいんだろうねぇ・・・ わたしは なんか後者のような気がするの」

「え? そんなの決まってるじゃない。自分で自分の好きな宝石買える女の方がいいに決まっているわよ」

と81歳の人は言うのですが。

どうでしょ。 どうなんだろう。

外商担当の人が出てきて、翡翠、エメラルド、ダイヤと一人で選んでいる女より

私は彼氏が一生懸命バイトで貯めたお金で数万円のジュェリーを買ってくれるという過程がなんとも意味のあるもののように思えたり。結婚しても理想は、理想は、何かの思い出に、その時々の記念にと、ポーズだけでも夫に買ってもらったという感じのメモリーが欲しいではないか。自分で自分にご褒美にも節目の記念が必要なように。

宝石、ジュェリーには思い出。記念。なにか思い出が必要な気がするの。

ただ、自分が求める思い出と、夫のそれとは、必ずひとつ桁が違うのが問題なわけですが。

庭師さん

先日、庭の樹木を移転先に移植しました。

その際に庭師さんたちのお仕事ぶりをみて、えらく感動しました。

カッコいいです。 力仕事、繊細な配慮、ダイナミックな動きと樹木に対する優しさ。プロ意識の高さ。

世の中にはたくさんのお仕事があることが大人になるにつれてわかってきます。

たくさんの仕事、仕事に誇りをもって働く方たち。

話術に自信のある人。体力に自信のある人。集中力に自信のある人。感覚、感性、もろもろの能力でそれぞれが本当にそれぞれが生活を立てられる社会が健康な社会なんだと思います。

こんな風にぼんやりと生きていても長く生きてると・・・ 男たちの社会、いえ人間社会は私の知っている小さな世界なので大きな官僚、上層社会は知りませんが、やはり人間は繋がりの中でしか食い扶持を生み出すことは出来ないのだ。ということです。

庭師さんたちに声をかけ、予定を組み配置やデザインなどを考える人は色々な折衝を行っていかなければなりません。その窓口には折衝力もまた、感じの良さも求められ、そういった人間のいざこざ、面倒なトラブルも請け合う。それが仕事であり、庭師さんたちは一切の人間のあいだのことを気にせず仕事に没頭できる。

その歯車がうまくいくと、その依頼者からのみではなく、その現場にいた誰か(例えば、新築家屋に移植であればその工事現場の人など)にも好印象が残り、次の仕事につながる。

だから窓口はあくまでも感じよい方が良いわけで。かといって庭師さんたちはにこにこしていても力仕事に精を出しているのだから愛想振りまくわけにもいかない。

大きなお金の動くところへの嗅覚が発達している人は、いつのまにかそういった人脈の中に加わり札幌の土地開発のようなことに関わってられるし。

人にはそれぞれの自分に合う型でお金を得てゆくことしかできないのだろうな・・・とつくづく思います。

それでよいのだと思います。 大きなお金の動く様が好きな人は、違法でない限り、自分の好みに合ったお金儲けをすることが良いはずで。でも、それが皆が皆に当てはまるはずはないのです。

自分の仕事に誇りをもって取り組んでいる人は、実に輝いていますね。

わたしは はたと・・・思いました。私に出来ることはなんだろうか・・・。

英語をもっと掘り下げて、プロ意識をもって取り組まないとと 省みました。

 

 

英語でクッキング:Baking the cookies in English

26日の日に 女の子たちと英語を交えてクッキーを焼きました。

この年頃は、自分でも記憶にありますが、お菓子を焼いたりすることが好きな子多いですね。

小学生の中学年まで、火曜日に全員集合になってしまい、振替でご利用できるクラスがない状況に、コロナが始まって以来あるのです。

そのために、時折になりますが女の子たちのクッキングを交えて特別な時間を設けています。

次回は夏休みの間にハンバーガーとフレンチフライを作ってみましょう。

私の作るフレンチフライはいったん茹ででから揚げてゆくもので、自分でもいうのはなんですが美味しいですよ^0^。

楽しみにしていてください。

さて スクールは4月29日(金)より5月5日(木)までGW休暇となります。

6日(金)よりお待ちしています!

Thompson International

 

九州の旅

九州福岡、熊本、霧島を巡り知覧へと・・・トンプソンが好きでよく出かける九州にはじめて私(トンプソン水上敦子)も一緒に行ってきました。

福岡の街は、なんと飛行場からタクシーで15分程度のアクセスの良さと街自体がコンパクトにつくられていているせいか、人通りが多く、とても都会に思えました。

また市街の建物は天井が高く造られているものが多く。一瞬シンガポールの街角にいるようでした。特に中洲のあたり。

そして気づいたことは、福岡の女性はきれいですね。

噂には耳にしていたものの。本当なのだと感じました。

と、それと同時に気づいたことは、福岡の男性が今どきの無機質な男性像とはちょっと違うこと。

博多駅前のホテルから向かった場所が中洲方面ということもあるのでしょうけど、結構時代に逆走するようなタイプのヤンチャ系の博多男が目につきました。マッチョな躯体をさらに大きく見せるように胸張って歩く様は、滅多に札幌での自分の生活圏内ではみかけなくなった男性像。その横には決まっていい女がいる。というのが福岡の様子なんだ。と。

札幌では滅多にみかけなくなったハイヒールにタイトスカート。ジーンズだとしても体の線をぴっちりみせるスリム系に足首をみせてスニーカー。これが定番のよう。

身体を隠す。いくらお洒落でもArts&Scinenceの尼僧のような恰好とか北の国のマフラーにもっさりとした四角やマタニティですか?というようないシルエットなど、もっての外。という感じ。

生徒さんに紹介をうけた雅加栄さんという創業61年の老舗料理やさんでも担当してくれた年配の女性のまぁ・・・女らしいことといったら。

動きがしなやか、音をたてない、そして機敏、きっと博多男性がつくりあげる女性像のあらまほしき姿なんだろうなぁ・・・とカナダ人の夫も、きれいな人だねぇと感心していました。

年齢は私より先輩だと思うので60代くらいにはなっているかと。それでも美しいのは、あれは女らしさの成せるものだと思います。

日々の暮らしの中で、荒々しい態度になっている自分を反省しました。

翌日は福岡から車で熊本城へ。それから霧島温泉を拠点に、翌日は霧島神社、知覧をまわりました。

霧島には移住する人が増えているのだとか。 霧島から知覧へ行く道路では、とても魅力的な家並みがみられます。土地に似合った家屋の建て方。その家を愛そうとしている人たちの気が輝いていました。

九州、意外と沖縄へ直行してしまう道民には遠い場所でしたが、魅力あるところでした。

これから何かの折に訪ねたいと思いました。

 

The Spring in Hokkaido

厳しい冬がようやく北海道から、終わっていってくれそうです。

どんなに厳しい冬でも終わりが来るのなら、いま現実に起こっている、この惨事も 早く 早く

終わりを告げてくれますように…毎日願うばかりです。

ニセコでの一枚です。

私たち夫婦にとって、これが北海道の春です。

桜だなんて、夢のまた夢です。

それでも、この冷たい空気の中でも春の匂いに幸せを感じることが出来るのですから、厳しい冬を乗り越えた体というのも、ありがたいものだなと、ここ数年春の遅さに不満を覚えなくなった自分がいます。

読書の利点

鍼灸の先生に言われた通り なるべく早寝早起きを意識して。

9時くらいに ベッドへ勇んで向かう毎日です。

そうはいっても 9時から パタリと眠れるわけがなく。

少し本を読む元気も出てきたので 眠るまで 本を読むのも楽しみで 寝室へと向かいます。

最近 はまっているのが あさのあつこさんの おいちシリーズ。

医者の父のもとで 健気に 志たかく 江戸の毎日を生ききる 主人公の姿に 胸打たれ、 物語も面白く ワクワクと 読み進みながら も 程よく 10時ちょっとすぎあたりで 良い感じに眠りにつける そんな タッチの ストーリーテラー あさのあつこさんの世界は 私の 程よい 睡眠導入剤 という感じです。

そして 昨夜 林真理子さんの書下ろし作品 話題に上っている 奇跡 という一冊を読み始めました。

実話 実名で 綴られている その物語は 歌舞伎役者の妻・・・ いわゆる梨園の妻であった方と ある世界的に有名な写真家の 恋の物語。不倫の恋で始まりながらも、添い遂げることの出来た幸運なお二人の 良い時も そして悪い時も含めての 決意の瞬間。 強さのあり方。 諸々の出来事が書かれてありました。

きっと多くの読み手の心を捉える印象的な言葉は、主人公である博子さんの

「私ほど愛された女はいないと思う。私たちほど愛し合った男と女はいないと思う」

・・・ではないだろうか。

林真理子さんに言わせると 恋の貴族 と 庶民 というものがあり 皆が皆

こんな発言が出来るわけではない。 という点は、私も同感である。

で、あるが故・・・本を読むことの良さは 自分が 体験しなくとも ああ こういう世界もあるのだ。と 違う世界を知れることにある。と、思うのです。それが例え、絵空事であったとしても。

この主人公の博子さんという方は きっと 人生の その都度を 一生懸命全力で投球することの出来る人だったのだと思いました。

体力も務めてつけられたのだろうと思う。その体力に気力が繋がり、自分を信じる自信が生まれ。その自信を ひとつひとつ 繋ぎ合わせてゆくことで この 恋にも繋がってゆくことが出来た。

それに伴う美貌にも恵まれた 幸運な人だっただと思います。

彼女の 上記の言葉とは 間逆の「私は 夫が外に女をつくって 帰ってこない妻として、世間にどう思われているかを気にしながら いつも生きてきた。 私の人生は そんな様な気持ちの上で いつも 生活をしている 毎日だった」と90歳になっても 常に なんというか・・・愚痴と不平と 猜疑心とに・・・言っては申し訳ないが イケていない事象にのみ老いても こう・・・彩られてしまっている叔母がいます。

あの叔母は 本を読む人だったのだろうか・・・? と ふと 疑問がわいたので 母に尋ねてみましたら

いや 読まない。 とのことで。

叔母さんさ・・・ なにも あの主人公のような セリフを言えるような人生に恵まれなかったとしてもよ・・・

こんな生き方もあるんだ。 そうなんだ って 色々な人の人生が 垣間見える本を読んでいたら もうちょっと 総合的に見て大きな宿命は変えられなくても、何かが違ったのではないかな。

本当に良い本は その時の 主人公の 捉え方 決断の仕方 それが 伝わってくるんだよ。そこを 叔母さん 本からでも 掬い取ることが出来たのならさ 叔母さん もうちょっと イケてる方に少しは向かうことが出来たのではないか。な。

例えば 例えばよ 妾さんのところへ行ったきりになって帰ってこなかった夫でも、しっかりと生活費は払い続けてくれたわけでしょ。しかも結構経営が安定している会社社長レベルの。 その時に 生活は約束されているわけで ・・・ そういう時代じゃなかったということを差し引いても なにか自分の次につながること出来たような そんな 発想の刺激になるようなことって 意外と本の中にあったりするわけで。

と 偉そうに・・・ 90になる叔母の女の一生を 指摘する 姪の私といえば・・・

この物語の主人公からは 全力で物事に向き合える集中力を養いたい。 そうよ 物事に集中して向き合う力があったのなら 私の一生は もうちっと 輝けたような気がするのよ。 と 一人つぶやいていたら

母が、横で、 でもさ…集中する力があったって応えてくれる相手がいなければ、その人は一体どうなるんだろう。と 変なことを言うので思わず吹き出してました。

そうなんだよなぁ 世の中って不公平なんだよ。それが世の中。 それは本だけではない 色々なことが教えてくれるけど。・・・と、涙交じりに笑いが止まりませんでした。

 

 

 

平和と健康であれることのありがたさ・・・

世界は平和への危機で 恐々としている。

そして わたくし 個人単位では 健康に対する不安感で 恐る恐るということろであります。

漢方 鍼灸 寝かせ玄米 発酵食品 等を いまや 生活に取り込み 体力の充電にと・・・

世界単位では 戦火を必死に生きている人たちが、たくさんいらっしゃるというのに。

この 健康に自信がなくなっている ということも 平和な国で暮らす一人間にとっては、至極、重大な問題であることは、間違いなく。

ここ数年、原因不明、病名がつかない…大きな病院の耳鼻咽喉科で 眼で見た限りの悲惨さに、これは 先生も重篤な病気に違いないだろうと、血液検査等 他の科にもまわされ精密検査で出てきた結果は なんら 病名もつけることが出来ずに、 最終的に下された精一杯の病名が 口内炎が喉に広範囲にできてしまった。免疫力低下に伴う口内炎。 それでも本人としては、痛みに耐えられず 先生~~~~ なんとか抗生物質とか こう バシッ!と効くような薬処方してださい~~~ と泣いてすがったところでも いや 君の検査結果に従うと、どーしても 頓服とトローチくらいしか出せんのだよ・・・オレとしても。でも どーする? 今日は点滴うってくか? と 先生も 私がうったえればうったえるほど 笑うしかないといった、半病人扱いで。 実際そうなのでしょうが 本人は真剣に 死について考えてしまっていたりするほどの痛み。

・・・で、そんな症状にみまわれたのは 去年の日記によると 3月4月 そして 11月と12月。

去年の12月は ほんと あまりの痛みに スクールが冬休みに入り・・・ 奈良へ予定していた旅行を取り消そうとしていたところ・・・ 旅行狂の夫が 家のベッドにいても 苦しみは同じだよ。 行こう!と 引きずられるように 飛行機へ。 飛行機の中で 唾を呑むのも悲鳴をあげるほどの苦しさに・・・ もう 飛行機事故が あっても いいよ・・・ いい 楽になるなら 死ぬのもあり・・・。 とまで 思うほど弱まりきっておりました。

で・・・ 辛いんですよ ほんと おそるおそる 呼吸して 時を過ごすように それでも 東大寺 唐招提寺 そして 興福寺・・・ へと、ずるりずるりと足を運び 興福寺の薬師如来像を前にした時。

心から癒されてゆく そんな気持ちになったのです。

古の人々が 奈良の大仏様に 何を望んだのか・・・ その視線をみたときに

健康で生き続けることを 望んだのではなく

成仏 あの世にいけることの仕合せを 幸せを 大仏様の中にみようとしていたのではないか? と思えたのです。

その時のわたしの心は 身体は 眉目きりりと逞しい、阿修羅像よりも 弱り切っている 僧侶の像とか そういう方にばかりに目がいくのです。

奈良を後にするあたりの日には 少し食事も喉を通るようになり 体力がついてきて 気を少し取り戻すところまではまいりました。

と 2022年になりましたら 今度は その喉の広範囲にわたる口内炎の痛みから解放されたのは

次なる 蕁麻疹とやらが 頭部と耳の後ろ等に発症したからなのです。

まるで もぐら叩きです。 こちらが治まると あちらが顔を出す。

耳の後ろと 耳の穴 そして 身体の穴 粘膜の弱いところに 蕁麻疹が出来るという症状に見舞われました。

こちらも 皮膚科に通いながらも なかなか よくならず 先生が塗り薬の他に 飲み薬を処方してくれました。

すると その飲み薬の副作用で 体中に 湿疹があらわれるという もう あがけばあがくほど

むははは! この俺様から逃げられると思うなよ~~~ と いう感じで なにか 身体のバリアが 破壊されていくような感覚です。

その痒みや痛みで また夜も眠れないといった 最悪のパターンに陥る日々が続く中で・・・

自分の場合・・・ 漢方薬と 鍼灸 そして やはり食事の見直し 眠ることへのリズムづくりも見直そう。それには 規則正しく まず 何があっても 朝は日曜でも 決まった時間に起きて、足りない睡眠は昼寝で補う。 呼吸法も本に書いてあるものの通りですが じんわりとやってみてます。

奈良の薬師如来像は

身体を前に戻そうと戦うな・・・ いまの身体に寄り添え 自分のいまに寄り添い 身体の声を聴き そして 戦わず 癒し あの世へと繋がるような 老いを認めた生き方をせよ。 と 2021年の暮に わたしは 大仏様の前で はい・・・ と もう降参・・・ と 降参旗をあげましたが・・・

でも ウクライナは そういうわけにはいかんのでしょう・・・。

どんなことでも・・・戦うということは 甚大なことです。

How to negotiate

もう かれこれ23年も前の話です。

まだ父も生きていて、現役で仕事をしていました。

私はまだ 結婚したての頃で 更に30代になりたてで よく言えば 若さがあり、悪く言えば とーんでもなく(その年代がということではなく、私自身が)もの知らずで 思い出すのも恥ずかしいといった そんな年頃でした。

その夏に、父と母と私の3人で トンプソンの実家を訪ねようということになり、 一足先にカナダに行っていた 彼の後に続いて 私たちは カナダに向かいました。

トロントに行く途中でバンクーバーに寄りまして。

そこで滞在した船の形をしたホテルにあるレストランは、ある程度格式のあるレストランだったと記憶しています。

そこで 私たちは 海を一望できる窓際ではない席に通されました。

父が 私に 窓際の席へ座れるように 交渉してきなさい。と命じました。

日本語でさえ そんなこと言うのは出来ないのに ましてや英語でなんて・・・ 嫌だよ。 と 私は躊躇します。

そこを いや アツコ せっかく日本からやってきて このバンクーバーでの時間を大切にしたいだろ。それを そのまま ウェイターさんに頼みなさい。 と譲りません。

私は しぶしぶ 中国系のウェイターさんを選び たどたどしい 英語で 希望を伝えました。

私たちは 海に太陽が沈んでゆくのを眺めながら バンクーバーの夕焼けの中で 食事をすることが出来ました。

その時刻の 記憶の中で・・・ 父が アツコ 交渉ということは こういうことなの 憶えておきなさい。と嬉しそうに 私に語っていた姿を思い出します。

交渉・・・っていったって 全て私にさせたんじゃないか・・・と 苦笑いしながらも

私は 父のその嬉しそうな顔をみて 幸せでした。

父は それから8年もたたないうちに 重いパーキンソン病にかかり 10年ほどの自宅での闘病生活の後

6年前に亡くなりました。

父が亡くなった時に 私は 一通の手紙を父のお棺にいれました。

少しでも 少しでも ましになって この世を終わっていけるように祈っていて欲しい と あの世でお父さんに会える時まで 少し こちらで お父さんに 話してあげられるような そんなことをさ もう少し積んでからそちらにいくように努力するよ。

というような内容のものだったと思います。

父が亡くなってから ようやく重い腰をあげ 勉強をし始める始末で 50も越えてから 英検1級に合格できました。

生きているうちに そうすることが出来たなら どんなに喜んだだろうか・・・と 愚か者は悔いからしか学べないということは本当ですね。

なにか するときに お父さん、これ どう思う? と 亡くなっているからこそ余計に問いかけることが多くなりました。

今でもあちこちで 失敗して 恥かいて ドひんしゅくかってを繰り返しながら・・・ でも どこかで 自分を俯瞰してみれるものなら… その俯瞰する目は 父を借りれたのなら。と、願う自分がいるようになりました。

先日、13年ぶりにコピー機を再リースすることとなりました。リース契約5年を終えて 年間費だけで済む蜜月期をしばらく堪能した後に ついに 決断しました。

見積もりが 4つ出てきました。 大きく太字で 9.700円  9.400円 8.700円 8.400円と記されたのものでした。

その再リースはこれまでお世話になっている同じところに決めました。 理由はメンテナンスの人たちが皆、気持ちの良い方だったといことでした。

ですので、営業の人とそのメンテナンス担当者も、私のところへ見積もり説明の際には、同席していました。

私は 8400円なら 5年間がんばってみようかな・・・と 契約することにしました。

リース手続きを終えて ファイナンシャル会社からお決まりの確認電話がありました。

すると 事務的に確認事項を繰り返す女性が、毎月のリース料は 8.400円に消費税あわせて9.240円になります。との説明を一通り聞いて、

これまでのところ何か 質問等はありませんか? と 最後に お決まりのセリフがありました。

私は、 質問になるかどうか定かではないのですが・・・ 自分の落ち度が大きいかと思いながらも わたし・・・ リース料金見積もりの際に これまでどの会社さんからも、必ず消費税込みの金額で示されたことを伝えました。

提案書にはおそらく 小さな字で外税と書かれていたのでしょうが 見落としていたことも詫びながら しかしながら 営業の方から、口頭での 消費税についての説明をまったくうけなかったので 正直・・・ なんというか ちょっと驚いています。 と そのお姉さんに 言ったところでどうしょうもないことではありながらも伝えました。

すると 電話口の方は いえ お金のことですから それは やはり相手先に伝えた方がいいと思います。と 心のマッサージをしてくれました。

では ちょっと 一呼吸をおいていただけますか。 私から コピー機会社さんに問い合わせてみます。と 受話器を置いた。

で 私が 今回契約しようと思ったきっかけにもなった メインテナンスのMさんに電話をして その旨を伝え

同席していた Mさんが 消費税の説明を耳にしていたら 私を正してほしいと 前置きし、今回の自分の心情を述べた。

営業に伝えて 電話をさせます。と

後に 営業のSさんよりお電話が。 説明をしにそちらに伺いたい という声のトーンには当然ながら不服な響きがありありで。 当然だよなぁ・・・と 私でも そんなゴネる客いやだもん。 いやですよ 当然。 でもね これは やはり 私の気持ちはお伝えせねばならぬのよ・・・ と 私は 努めて明るく Sさんに話しかける。

色々とこの度は 本当に不愉快な思いをさせてしまって ごめんなさい。 世間の常識から欠けるところのある自分を考慮にいれながらも この度はお話をさせてください!

・・・いや あの・・・と 電話の向こうの声が ちょっと 変わる。

私 実はこれまで 私のそういう すっとぼけた性質を 皆さん見抜いてなのか リースを組む価格帯のときには必ず内税で提示されてきたのですよ。 ですので 今回 御社の見積書に大きく太字で書かれた金額が 消費税込みの金額と信じて疑わなかったんです。 きっと どこかに 外税と記されていたのでしょうけど・・・ もう 太字しかみえない自分がいました。

で! ここなんです 私 Sさんから 言葉で こちらは 外税で消費税込みでは この価格とご案内いただいていたら 決して いくら 思い込みの激しい自分でも 理解していたと思うんですが・・・ わたし その説明は受けてましたでしょうか。 と 率直に聞いた。

すると Sさんの声は小さくなり・・・・

汗を絞り出すような そんな 声で う~~~ん・・・そうですね ちょっと上のものと その消費税に関しましては かけあってみます ちょっと お待ちいただけますか。 と 苦しそうにあえぐ・・・

そこで 私は こう 言う。

Sさん 私も こんなこと言いたくないの ホントは。ごめんなさい。 あの人 ごねて嫌な人だったなぁ と思われ続けて メンテナンスでリースで、5年もの間、えぐい人だったなぁという印象を残したまま というのも辛い。 つらいけれど でも 私も これをうやむやにしてしまっては 正直 御社に対して 残念な気持ちが残る

この残念な気持ちを残したまま 5年間 というのは 私にも辛い。

で。 これは わたくしからの 希望!なのですが・・・

・・・はい・・・? と あちらも 慎重な声になる。

この 8400円を 8400円のままにしてくれと お願いするのは いくら 世間知らずの図々しい私でもしてはならないことと 承知してます。・・・・ で、なぜ 今回 決断できたかというと 8という数字に動かされたのだと思います。 きっと 9の引落の数字をみると 今回の出来事が思い出されて 憤懣を覚えるかと思います。

できれば! 8で 始まる数字内に どうか!落としどころをみつけていただけませんか?

・・・ わかりました! 確約は出来ませんが かけあってみます・・・。

というみためは少し毛が薄くなり始めている中年にさしかかっているSさんの その時の声が なんだか とても少年くさいものに聞こえたのは気のせいだったのでしょうか・・・私が あまりにも  老齢闊達な人のそれ・・・と思われるような 人のまねをしているせいだったのでしょうか。

・・・ 私は いったい 何をやっているんだろうか・・・ と ため息をつきながら 父に問いかける。

これは なんか 違うような気もするけれど どう思う? と 問いかける。

翌日 sさんより電話がある。

社の者と 話し、このような ご提案ができるかと。

8.100円 に消費税をあわせて 8.910円で これが 精一杯 わが社でも出来る金額で・・・

という声に

ありがとうございます。 この度は 自分にも落ち度があるのに 声を聞き入れていただき 感謝します。

と 私の言葉に対し

いえ 口頭で説明をしなかったのは 僕の落ち度でもありますし。

と あちら。

 

父さん・・・ バンクーバーの海に沈みゆく夕陽に照らされながら すてきな 食事をするために 交渉をすることのできた あの日がなつかしいね。 贅沢な時間だったねぇ・・・ 永遠に 父親に守られて生きていけれるんじゃないかと どこかで 思っていたんだから あの頃は・・・ 信じられないね。

時がこのまま 永遠に止まってくれるはずなどないのにさ

それを どこかで 望んでいたんだから 若さ いや 自分の 未熟さ 傲慢さ 色々なものが・・・ おそろしいね。

いま 私は コピー機のリース費のことなんかで 実に 夢のない 交渉事に 神経つかって 生きてるよ。

本当は こんなん したくないよ・・・

でも 父さん どう思う? 今回 一応 あちらに 嫌な気持ち残さないように そして 私の残念な気持ちを残さないように そのあたりを探って 落としどころをみつけるつもりで挑んだよ。 これで よかったかい?

まだまだ?

そうかい また あちらで 色々教えて。楽しみにしているよ。

お雛様と 花束と

この季節 英検合格のニュースも届き、また 合格に伴う 花束などいただいたりして・・・

雪雲の暗い一日の中に❤️ポッ と 暖かな色をいただきました。

英検 確かに2級を合格するのは 教わる方も 教えさせてもらう方も やった感があります。

この勉強の過程に 実り多きものもありますし。 そして 手前味噌ですが

Thompson Internaitonalで コツコツコツコツ 2級くらいまで積み上げてきた子たちは そこで終わりではなく 必ず 準1に進もうとしてくれることです。 また 試しに問題を解いてみて 本人たちは これはいけるかも・・・と感じるようです。 それだけ のりしろが多い状態で 通過しているということだと思います。

私も 準一級くらいになると 教えさせてもらうのに 用意する中で自分の力がつき、本当にありがたいです。

この春 どんな子たちがやってきてくれるのかな・・・と 楽しみにしています。

あと どのくらいThompson Internationalを続けられるのかと 最近ぼんやり考えることがあるのですが

この2月でちょうど20年経ちました。 あと 10年くらい 多くの学生さんが 多くの力をつけて、大きな世界へ 自分を信じる力をもって飛び立ってゆくことや 大人の方への英語のお役に立てることに関わってゆけたら本望です。