悔い改めよ・・ならず・喰い改めよ

 思うところあり、ここ10日ほど 健康的な生活繰り返してます。

 まずお酒は飲まずに 青物 酵素 梅干し そして 玄米もとりいれ 甘い砂糖の入ったもの、バター、小麦粉は完全カット。 そんな、らしくないことも・・・やってみるものですね。

 身体の具合が 遠い昔にあったかもしれない 感覚に戻ってるような気がします。

 お酒を完全カットしてみて どうなるのかなぁと思っていたら 意外にも 一番口にしたい衝動に襲われたのは、黒砂糖の入っている蒸しパンでした。

 ・・・で ここまで ストイックさに偏った 食事を続けてみると

 やはり じっくりと時間をかけて作った牛すじのスープから作る美味しいお肉の煮込みとか チーズ バターたっぷりのガーリックトーストとか それに 冷えた白ワイン。そーゆー お楽しみがなくて 何の生命体なのよ? と いう意見には変わりません。

 かといって オイシックスさんレベルの料理を 毎日 毎日 摂取し続けるのも おかしいのかもしれない。と 気付かされました。 そこに ちょっと疲れたから 甘いものと美味しいお菓子や、今日も1日 ご苦労様(何にご苦労様なのかわからなくてもご苦労様)と ワインを2杯ほど毎日じゃ・・・ 病院ではまったく問題なし。と 言われても ミクロな部分で 身体がなにか おかしいと 言ってきても不思議はなかったです。

 美味しいものは 美味しい お楽しみで 週に1回 くらいで いや 10日に1回くらいでも 十分かもしれません。 現代人は 栄養 過多と言われても仕方ないくらい 私も これまで 栄養 栄養 と やりすぎていたのかもなぁ と 思いました。

 ちょっと 粗食 というか 青物中心 タンパク質は魚介類、玄米 お酒なし というのは 確かに 身体には よいよーです。 その生活を 7割くらいにして これまでの普段の食生活を残りの3割 その割合くらいが 長持ちする身体になるのかもしれません。
 

青空に柿の色

トンプソンの20年来の友人を訪ねて静岡に行ってまいりました。

50そこそこだったKenさんは70歳になり、40前だったトンプソンは60歳になりました。 それでも いつまでたっても 二人は嬉しそうに 友達です。
国が違っても 時を隔てても 友情を持てるということは 幸せなことですね。

こちらのお宅に行くと いつも心が洗われるような気がするのです。

奥様のみさ子さんは、Kenさんと同じ年の70歳。 20年前の時には パーキンソン病にかかっていたKenさんのお母様、みさ子さんにとっては義理のお母さんを気負わずとても自然な様子で介護されていた姿を思い出します。

温かな介護に包まれながら10年以上前に見送られ それから 二人で 海外へ旅に行かれたりするような時間も生まれました。 お二人の長男さんは あの 世界で活躍している「がまるちょば」の赤いモヒカンの人で 彼らのステージをみにヨーロッパによく行かれてました。

そして それも落ち着いた いまは 母屋の離れにある 以前 Kenさんのお母さんが暮らしていたおうちに みさ子さんの98歳のお母さんが暮らし、皆で支えて一日 一日を 大切に暮らしている様子が また とても 自然で・・・ Kenさん曰く、自分の母親の時には みさ子に本当に世話になった。感謝しているから当然のこと。と 肩にまったく力がはいっていなくって。

 青空に柿の色が とても映える 秋の風景に、こんな 日本の姿をなくすことはないよ。と 私にはない 老後の姿ではありますが。 でも 母のことを思うときに 日本のよき姿・・・ 少し 親孝行したいものだよなぁなんて 明日には消し忘れているようなことを一瞬、思えたりもしました。

 それでも
 これからの 自分の生き方というものを 考えさせられる そんな 訪問の時間を持てました。

 旅は 移動は 好きではないけれど でも このような 貴重な時間は 転地療養と同等なくらい 目線を変えると 日常に慣れきった心にじんわりと何かが効いてきます。

 Kenさんのお家は 昔からの和風のおうち。 台所を中心に 家族が 暮らしています。 こういうおうちが 理想なのは きっと 20年くらい前に 初めて訪れた ここのお宅が 自分の心に残っているからだと思います。

 

かっこいいと思う人

かっこいいなと思う人。男でも女でも あ この人かっこいいな 自分も少しはそうなれたらな・・・と思うような人の 共通点があることが このたび わかった。

それは・・・

これだった。

損してもいいと、どこかで思ってる人。
または 自分はここれで充分にたりている。と思ってる人。

はたまた
損のないジンセーなどあるわけがない。と わかっている人。

そういう人たちを 人は大人と呼ぶのだなぁと思う。

食事

 玄米食が身体に良いと、いくらいっても それが 毎食というのも何か違うような気がするのは自分だけでしょうか。

 月曜日は何を食しただろうか。 記憶を辿ると、夕食は 地鎮祭の鯛を昆布締めにしたものを オリーブオイルでソテーしたものに 大根おろしすりおろしたものとみょうがを添えて そこに ブロッコリーやオクラなどのサラダと これもまた 地鎮祭の供え物の 人参 牛蒡などで じっくりとつくった味噌汁。それにああ! ここに 残りの鯛の部分で鯛めしを作ったんだ。

そして 火曜日は なにだったろうか・・・ なにだったろう。あ 豚肉をソテーしたものに 昨晩と同じような内容で それにこの時は玄米。

と 過ごしているうちに 昨夜は 
 マッシュルームとエシャロットを使っての生クリームたっぷりのビーフストロガノフ と バターとパセリのショートパスタ にセロリやミョウガ レタスのシャリッとサラダで 身体が とても 嬉しくなった。

 やはり 自分の身体は こーゆーのが必要なのだと しみじみと思う。

 一緒に生活している トンプソンさんも 食に関しては同じような リズムを持っているから 不思議だ。 共に生活するって 食生活を共にするってことでもあるんだよなぁと そのあたりの一致は必須だと感じたりする。

夢からくるメッセージ

スピリチャル的 非科学的なおはなしになることをお断りして

夢占いのように 私自身 夢から届くメッセージは割りと信じる方です。

ある時期、実に数ヶ月ととても短い間でしたが ちょっと怖いなと思うくらい夢でみたことが本当になる時期がありました。

それは本当に短い期間でしたので、最近すっかりと忘れていたのですが

3日続けて 非常にメッセージ性の高い夢 目が覚めても記憶に残る夢を見ました。

その内容をちょっと調べてみたら、自分の深層心理を夢のなかで表現しているものとぴったり一致しました。

例えば、3つのうちの1つはこういうものでした。

どこかで会ったことのあるような人、レストランで担当をしてくれたような女性が 私が一番言われたくないことを ズバリと面と向かって 直球で言うのです。あまりにも直球過ぎて 自分は泣き出してしまいます。それはそれは コントロール不可なくらい 子供の頃のあの泣き方ってやつです。おいおおいおい〜〜〜〜と 熊の子泣き。

あの夢はなんであったのだろうか? と 夢占いによると

ちょうどあがいているのだとか。自分の能力の足りなさに嘆きながらもそれでも壁を打ち破らなければ 次のステージにいけないことを理解していることの 心の現れだとか。

あたってる。

最近3日続けてみた夢は内容こそちょっと違えども、メッセージ性は一致しているところをみると

現実の壁を みよ。というところでしょうか。

夢見がちに 毎日を送っていた日々・・・ みる夢もなんか 楽しかったような気がする。

また いい夢みたいなぁ・・・。

地鎮祭(2018年3月移転のお知らせ)

先週の土曜日、お天気がなんとかもった大安日に無事、地鎮祭を終えました。

17年間お世話になった 札幌市中央区大通西26丁目から Thompson Internationalは2018年の3月に移転します。

小さくはありますが

札幌市中央区北1条西28丁目にとても気持ちの良い土地とこのたび縁がありました。

以前、ある水産会社の会長さんが トンプソンさん 続けていけるだけありがたい。と思える日が続けているうちに必ず来るからと声をかけてくれました。

その言葉をかみしめています。

続けられるだけありがたい。本当にそのとおりだと思います。

 

その機会を与えてくれた 年月に そして 至らないことの多かったであろう自分たちに関わってくださった皆様に感謝いたします。

次の場所は、現在の円山公園駅から徒歩1分に比べると5分と少し歩かせてしまいますが。西28丁目駅からは徒歩3分となるようです。
キッチンも完備し、寒い冬には暖かく、そして暑い一日には涼を招くような空間で扉を開く皆様をお迎えしながら

これからの月日を紡いでゆきたいと願っています。

どうぞこれからも、よろしくお願いを申し上げます。

 

Thompson International

捨てる前にちょっと立ち止まる

捨てる前にちょっと立ち止まることが多くなったのは 年のせいもあるのだろうか。

それとも、断捨離ブームにはあまりのっておかないほうが良いだろうというどこからともなく来る心の声が自分をそうさせるのか。

先日の日曜日。身体の調子があまりよくなかったので、実家で来年の春に引っ越しをする母の手伝いをすることを取りやめ自宅で休息をとることにした。

しかし、以前からずっと気になっていた、夏用の火鉢の灰を始末しようと思い立った。

灰を掃除しているうちに、何十年に及ぶと思われる埃やチリ、そして髪の毛などが入っているのだろうな・・・火鉢を使うことなく 結局飾り物と化してしまっているこの状態は よくない。 水と一緒で ものも使わないと そこに停滞したものが生まれてくるのは確か。

どーしよ。 捨てよかな。 でも これは 大正のときから 祖母が大切にして持ち続けていたものなんだよな。ご先祖様の怒りに触れてしまうだろうか。 いや でも 使わないものを持ち続けているのは ただの場所ふさぎなだけだし。

まぁ まずは 灰を取り除いて 桐の容れ物と銅の灰受けを洗って干しておいた。

それを 古道具屋さんに持って行こうかと思うんだ。と トンプソンに言ったら。

「桐の表面をヤスリで整えて、透明なラッカーを塗ったらきれいになるよ。そして この銅を磨き上げて 中にみずみずしいグリーンをいれたら これは ものが生きてくるよ」と 冬の仕事としてやってくれることを約束してくれた。

出来上がったら 引っ越しをする母の新しい家にグリーンとともにプレゼントしてあげよう。と 今から楽しみであります。

古いものと 新しいものとの取り合わせの バランスってどれくらいが黄金バランスなのだろう・・・と、思ったりします。

すべてが 古いもの ビンテージもの 骨董めいたものばかりだと どうも陰の要素が高くなってしまい、重たく感じてしまうのは私だけでしょうか。

そうかといって すべて 新品ピカピカ 最新のものだけで構成された空間も 落ち着かないものになってしまい。

服装でも 同じことがいえるようで。

アンティックとも呼べる50年前にお母様がテーラーメイドで仕立てた新婚旅行の時のツーピースのスカートを少し手直しして、15年位前に自分が結構背伸びして買ったエルメスのベルトをしめ、トップは真っ白い新品のシャツがしっくり、ピッタリと合う。

そんな装いがとても新鮮に感じたとしたのなら・・・

古さと新しさが ちょうど うまくブレンドされた黄金バランスを身体で服装で表現できているということなのかもしれないですね。

何でも捨ててしまおう・・・という乱暴な気持ちを抑えて もう少し慎重にものを見る目を養ってゆきたいと思うこの頃です。

十人十色

この秋の英検。皆様おつかれさまでした。

10人位の方が それぞれの 力試しをしているのを想像していた日曜日 試験を受けていない自分も なぜか 頭がぐるぐるとしていました。

それぞれの 個性を思い浮かべながら。

宿題をやってこない G君に 「G君! なんで宿題やってこないの!」と 投げかけたら

「宿題 やるのめんどくさい・・・」 「めんどくさい・・・って あんた そんなことゆったって 学校の宿題とかは どーしてんの? 高校で出されるっしょ」「 学校の宿題は やっている人のを見せてもらう。皆 そうしてる」「えっ・・・ まぁ・・ 水上さんもG君のような学生だったから その気持ちよーーーーく分かるけどさ。 分かるけど。 今回のこの試験に関しては 誰も助けてくれない 自分の力を頼る気持ち まず 持ってみ。誰もいない。自分一人しかいないって気持ちを 試すのも試験だしさ」・・・・と 3度めの準2級を受けている。大丈夫だろうか。でも 本当にこの1年弱で 変わったよなぁ。顔がしっかりとしてきたG君 よく あきらめずに がんばったよなぁ がんばれ がんばれ。

と・・・5級から一度も試験に落ちることなく 準1級まで突き進んできた Aちゃん。

「あああ! どうしよう 今回のテストは落ちます!ぜったいに落ちます!」 と あまりにも 騒ぎ立てるので。

「そんなに悲観することないよ。 よく構文も読めているしさ。あとは単語 単語 やろ」と 「それに。なんで そんなに 悲壮感抱えてるのか 私には理解できない。 高校2年で準1なんて 大したもんだし。今回落ちてもいいじゃん。次は十分な力で合格するよ」と 駿台予備校あたりの先生が聞いたら 立腹するような私の発言。

「わたしの学校で・・・(東西南北のひとつ)すっごい 性格の悪いグループがいるんですよっ 人を蹴落とすのがあたりまえ。というような 彼女たちが2級を受けるんですよ。それでですよ! それで今回私が落ちて 彼女たちが受かったら 次は同じ土俵に立つってことですよ! ・・・そんな屈辱もう・・・耐えられないっ」

「は・・・・ へ? そういう気持ちは 水上さんには 理解の及ばないところだけれど そういう Driving force 機動力っての? そういうのが Aの これまでの 人生支えてきたんだしさ。今回も その気張りで突破できんじゃないかい」 と ぼんやりと受け答えると。

「水上さん・・・水上さんには分からないかもしれないけれど。すごいんですよ あの根性の悪さはもう尋常じゃないんですから!」

「いや・・・あなたも それに対等なセンいってる故に避けられない摩擦ってあるのではないの?^^;。それにさ 戦いの後に気づく悟りの境地ってものが いわゆる Aちゃん達に課せられているのだろーしね」

「でも いい人達って・・・ あまり勉強ができない」

「おいおい(汗) それを、頭悪くていい人でもない私に言うか? でもさ オトナになると 頭の良い人は  更に高みをめざしてよい人格をつくっていかなきゃいけない義務があるように 見受けられるよ。 頭よくて 邪悪な性質っていうのが 一番 恐ろしいコンビネーションなんだろうしね。さっ! まずは やろっ」

と・・・ 色々な 個性が 自分のCalibration 目盛りをあげてゆく そんな勉強の仕方で いいのではないかなぁ と 競争社会を知らない 私などは 思ってしまうが それじゃ だめなのかな・・・

と、でも 自分の目盛り Calibrationを知るって 私は 勉強と同じくらい大切なことだと 心ひそかに思っております。

例えば この 写真の干した大根。 これは 先日の日曜日 皆が試験を受けている時間に 干し始めたものです。

やっと今夜あたりに ハリハリ漬けに出来るかなぁ と楽しみであります。

自分の目盛りはこの辺りなのですよ。 NYに行って違う空間に身を置いたとしても ちょっと 勉強して もしも知識が広がれたとしても

家のことが 整っていたり ハリハリ漬けが美味しく出来上がったり 家のことを 循環よく繰り回しができる毎日を失ったら 私の生きる意味はなくなるし。勉強したいと願う気持ちもなくなるような気がするのですよ。

私の目盛りは この辺り。 それを そばにおいていると 自分の場合はですよ。 もう 身の丈を忘れた上昇志向もなくなってきてしまった最近では

心の目が 少しずつ開いてくるように感じる 今日このごろであります。

 

盤渓ビレッジの野菜売場

盤渓スキー場の夏。11月始めまで 長沼町からやってくる野菜が新鮮でしかも安い。

朝の11時ころに到着して5時に店じまいだから。

昼時に車をとばして買いにゆく。

先日なんか 20個以上は入ったようなトマトの箱に 350円と書いてあった。 あれは買っておけばよかった>< と また 今度・・・などと言っていても その今度がなかなかない。

トマトは 玉ねぎとニンニクのみじん切りにブーケガルニと塩少々で蒸らし炒めしたものに 私は そのまま ザクザクと皮のままトマトの乱切りを入れて また蓋をしてソースにしてゆく。少し砂糖と塩を加える。

それだけの ソースを冷凍しておくと 本当に便利で助かる。

常にあるとよい冷凍モノは トマトソース 出汁 スープストック それらがあると 食事作りがホントに楽になる。

 

生き方上手なお手本

わたくしどもの暮らしている家のおとなりに 90代のご婦人がいらっしゃいます。

とても良い方で、学ぶところがたくさんある人です。

美味しいお稲荷さんや、天ぷら、粕漬けなど 真似のできない味をつくれる方でもあります。

私は ある時 その方に感心を込めて、こう言ったことがあります。

「Mさんは 生き方が上手な方だと思う。学びたいなぁと思うけれど とうてい 辿り着けそうもありません。 あっちにぶつかりこっちにぶつかりしている 私にとっては 憧れです」

と 伝えたら 彼女は はにかんだ表情で それでも 嬉しそうに

「奥さん (←わたしのこと)。わたしね ひとつだけ 自慢できることがあってね。 生まれてからね 人と争ったことがないの」

と。

 

それって すごいことだと思いますよ。 争いをしないですむ 93年の人生って 意志の力が相当働いていると思います。 あっぱれ。

争いが嫌い・・・とか 平和主義とか 言いながらもですね 生きてりゃ 人と摩擦の起きることなんか あちこちに待っているこの世の中でですよ・・・ Mさんは 母一人だけで 息子さんを育て上げながら 色々 声を荒げたいこともあったかと思うのに。 そんな人が 人と争ったことがない。と 言う言葉に 嘘はないだろうな と 信じられるのは。 私の知っている Mさんは 本当にそういう人だから。そういう人だから 93歳になったいまも 人に好かれて 可愛がられて 楽しそうに暮らしていらっしゃる。

生き方の上手な人 に 習いたいものだ・・・と Mさんレベルは 無理だとしても。 人のことを 必要以上に好きになることはないけれども 必要以上に嫌いな人をつくってしまう 人生も つまんないもんだろうな。と 最近思うようになった。

嫌いな人を 必要以上につくらないのって。簡単なようで これも けっこう 意志の力がいるよ~な気がします。