お盆の語らい

お盆ですね。

ご先祖様 亡くなられてしまった方々との 語らいや その人にまつわる人たちとの 集いなどで皆さん時を過ごしているのではないでしょうか。

 

亡くなった大切な人との縁があって 繋がってゆく人たちというのが この時期には集うものですよね。

 

できれば その繋がりの人たちとの時間を 和気藹々と過ごせたら 亡くなられた方の供養につながるのかな そこから ちょっとした平和の輪、世界の和が広がるのではないかな・・・ と 父の3回忌 そんな風に 意識して過ごしてみました。

お盆の空気 故人をおもい 和をねがう。

 

見渡してみると

先日 自分に合った方法でしか ものごとはうまく運ばないのではないか? といった内容のことを述べさせていただきました。

部屋ひとつとっても  いや 部屋に一番 個性が映しだされるのかなぁと思ったりする。

スタイリッシュな部屋や、ものを外に一切置かない状態を好む人からみたときに

わたしが落ち着く部屋は ピエロの住む部屋のように滑稽なのかもしれない。

部屋を見渡しながら また もう一つ気づいたことがある。

自分の暮らす部屋は いただいたもの 気が付くと自分の手元に来ていたモノたちが 70%以上を占めている。

気が付くと 集まってきたランプたち。 気が付くと 実家やトンプソンの家からやってきた家具。 手作りの棚やサイドテーブルはいつのまにか手元に残った。 あるときは もうちょっと かっこいい北欧スタイルとかいいのになぁと憧れたりもしたが わたしには自分の主張を押し通すほどの 確固たる好みというものが実はないのだ・・・ということに気づく。

自分の周りにやってきてくれた 人やモノを大切にする生き方のほうが 自分には合ってるのかもしれない・・・と 物を眺める時がある。

自分に適した方法

お子さんたちの 試験の準備をみるにあたって もしや これは・・・と感じていることがある。

試験に合格するにあたって そりゃ 出来る出来ないということが大きく勝敗を分けるのだろうけれど。

それぞれの個性が 自分の勉強の仕方を分かって それにのっとりリズムをつくって 乗り越えてゆくかってことなのかなぁ と思ったりする。

例えば じっくり型のB君が ピカピカ電光のようなA君の真似をして挑んでも うまくいくわけがない。 じっくりB君は じっくりとしたペースで トランプのカードが次々と開かれていくような展開がくる波をじっと待つ・・・ そして 結果を出す。

ふんふんあれねこれね と 空気を泳ぐように 分かったつもりになりがちな Cちゃんは それはそれの良さがあるのだから なんども泳ぐように反復したら 点数につながる。

その個性が悪いわけではなく 自分の勉強の仕方 リズムを掴まないことが もったいのないことだったのだ・・・ と この年になってそうか そうだったのかと分かることが出来た。

考えてみたら 何に関してもそうだ。

人と交渉をしてゆくときにだって 自分のスタイル 自分に合った方法がある。 誰かのモノマネをしたところで それは 相手の心に響くわけがない。 交渉 交渉と 言ったところで 相手が人間である以上、まずは第一に自分という人間に合った方法スタイルで、相手と向き合い決着点にむけて話し合ってゆく。この面倒なことへの対処の仕方というのも 自分スタイルを 早いうちに見出すことも必要なのだと心から思う。

片付けの仕方、料理の仕方 なんの仕方も 自分に合う方法を見出そうというように進歩していくことって可能なのかな・・と 競争社会に身をおいたことのない自分はそんな流暢なことを考えている。

そんな流暢な戯れ言をいうと 飲み友達の おじさん達に 「普通の社会はね あつこさん 競争ってものがあるんですよ」とちくりと諭される。

私の台所

私の台所 と 沢村貞子さんの名作のタイトルのようですが

私は この台所 とても気に入っているのです。

中古で買った家だから 20年ほどの古さです。

なぜに HPで 自慢したいほど気に入っているか・・・というと

5年の間 ほぼ毎日のように立って 料理し続けた唯一の台所だから

愛着も湧いてきます。

それまでは 何かと理由をつけて 外をフラフラすることの多かった自分が ひっそりと身を隠すように この台所でなんつーか・・・心と向き合うことの出来た場所だったからでしょうか。

台が必要なところに 手作り台を自分たちでつけたり 七輪で焼き物したり、夏は蚊取り線香を外に置いたりと

この台所と出会えてよかったと思います。

きっと これからも 大切にして 傷んだ場所や 改善したいところを修理しながら できるだけ 毎日 毎日 ここに立ち続けたいなぁと

私の台所 と呼べる場所を初めて持てたそんな場所です。

手仕事 Handwork

芸能人で手で人を魅了しているな。と 思う人は 近藤真彦。

あの人は おそらく 自分の手が 多くの人を魅了する事を知っていて

決まって 写真のポーズは手を顔のあたりにおいてる1枚がある。

ああなってしまうと 芸能人だから仕方がないにしても いやらしーなと ちょっと笑ってしまうけれど。

自分にも 男の人の手の好みがあり、

ペンより重いものを持ったことのない人の手には全く関心がなく。

口で 論で 稼ぐ人の手 トランプ大統領のよーな手は まず みとれることがない。

かといって 身体を酷使している方の手は 思わず あまりムリしないでねと マッサージをしてあげたくなってしまうし。

ふと みとれてしまう人の手は 職人さんの手なのかな・・・と 先日思った。 自分の手の行く先がわかっている手先。 美しいね・・・と 思う。

手先の美しい人の手 白魚のような手にも憧れるけれど

動く 所作の できてる手 は みていて 惚れぼれとすることがたまにある。

そうそう 先日 長年の夢だった ミーレの食洗機を自宅にとりつけた。 3年越しの夢が実現した。が、 そうか・・・と愕然としたことがあった。 食洗機に頼ってしまうと 料理の質が違うものになる気がした。 どこか 無機質な感じを受けた。

料理をしながら こまめに洗い物をしてゆく その動作が 料理に弾みをつけてくれるのに 食洗機にどうやって容れてゆこうかを念頭に置きすぎてしまうと 日本の家庭料理の 良さが消えてしまうような気がした。

食後のお皿は 機械に頼るにしても 調理の間は なるべく手を使おうか・・・と

雑巾がけ 糠味噌をつける手 洗い物をする手 自分の手は

そうだ 誰かが こう言ったことがある。

身体に似合わず 労働者の (あ いえいえ と焦って 訂正し) 働き者の手なんですね。

ずっと コンプレックスだった そんな手も 今年は 肌荒れが少なく済んでホッとしているところです。 それも 美容好きの義妹が 安い化粧水でいいから 必ず 水仕事のあとには つける習慣を持つといいですよ。 と 教えてくれたから。

大好きなものをいただいた

先ほど 20年ほどお付き合いをさせていただいているステキな女性が 颯爽と赤い車を走らせておみえになった。

大きな袋を持っていらして なにかと思ったら

落ち着いた頃かと思って〜〜 と 軽やかな声音で

ナパに行ってきた時に 美味しかったシャンパン と あっちゃんの好きなポプリのもの そして このあいだ 一人でハワイでゆっくりしてきたんだけれど そこのホテルのコーヒーねちょっとだけれど と お花 お引越し開店おめでとうございます♪

と・・・

いつも いつも 彼女の洒脱さには 脱帽するしかなくて・・・

あたしゃ・・・ 今朝 野苺摘みながら ジンセー基本のきに帰ろうねと思ってて。

でも 彼女のよーな 生きる上級選手のような お手本のような人が身のまわりに いてくださることに 感謝しながら これからは 基本を省みながら 少し 背伸びして ああいう人になりたいなぁ というお手本の真似もできたら と あああ 生きているうちには もう 無理かも 次回 生まれたら ああなりたい というような人と この世で もう少し 会って 死にたいな。 そんなふうにも思えた 本日の午後 あ 曇り空・・・ また 雨かな・・・

棚卸し

今年は 庭のラズベリーの実がつくのに 通年より2週間ほど遅かったかと思います。

各地で大変な災害にあっている方々を思うと、寒いとかなんとか 文句は慎むべきと・・・そんな中、遅くはありながらも 赤い実のなる木をみて嬉しくなりました。

遅くても 自然の摂理で 実がなれば 花が咲けば それは幸せ と

あれることの幸せを深く思いました。

数十年前 自分がまだ20代であった頃に きれいな花束をみながら

深い溜息とともに 「咲かない花っていうのも あるんですよねぇ・・・」 と 蕾のままに終わってしまう花もあるんだよなぁ とポロリと口から出たことがあります。

それを隣で聞いていた 自分より年配の女性が 大笑いしました。おかしくておかしくて 仕様がない といった様子で。

いま 思うと あれは わたしが 自分の様子に その咲かない花をみたてて ふと 吐露した言葉に 彼女はなんともいえないおかしみを感じたのだと思います。

その頃の自分は きっと 咲きたくて咲きたくて仕方のない なにかの花だったのかもしれません。 けれど 咲き方が分からず なにをどうして どうやったら うまくいくのか分からずに もしかすると 自分は 花をつけることもなく終わってゆくかもしれないなぁという焦りを抱えながら 生きていた ただ ただ 上をみて。 下を足元をみることを知らない そんな22歳だったと思います。

野苺も 生きてさえいれば いつか遅くても実をつけるってもんです。

それで いいんじゃないかなぁと 野苺をみながら思います。

今朝 野苺を ひとつひとつ 摘みながら

これからの自分に必要なのは 自分を棚卸しして これまで 足りなかったことのひとつでも 改善していけたらよいな・・・と 庭の片隅で思いました。

例えば 小さな遅刻を 少しでもなくして 時間通りの人になりたいな。(小刻みに 3分 5分と 遅刻してしまう人は なぜか 自分の周りの 幸せそうな人 または お金と楽しく付き合っているような方々の中にはいないことに 気づいてしまったのです・・・)

例えば 払うべきお金は 出船のように 待ってましたとばかりに きれいに出すようにしたいなぁ ( これは 自分は プライベートビジネスの方々には意識して努めていますが 税金だけは どうしても ぎりぎり いや 期日をちょっとすぎて支払ってしまう あかんところがあります。 これを 改めないとあかんなと思います)

明治生まれの 商売人の鏡のような曾おばあちゃんが言っていた言葉のなかに。

「お金は生き金を支払う気持ちが大切だ。人間っていうのは きれいにお金を払ってくれるところには いい品を持って行きたいって思うもんだよ。払わなければならないお金は 出船が待ってましたと出るように払うもんだ。 そうすれば お金持ちにはなれなくてもな お金に見放された生き方はしなくてすむ」 というのがあった。

自分は そんな祖先の言葉を どれだけ 実践できているのかと

出来ていないことだらけじゃないか・・・ と 苺をつみながら涙ぐんでしまった。

上をむいて むいて 咲かない花があると焦っていた あの日から

野苺を摘みながら 足元をみて 出来ていないことの棚卸しをして、これからは 少しでもましにしてみようかと 思えたそんな朝でした。

ふと・・・

ふと・・・ 思うことなのだけれど

生きてるうちは 元気いっぱい それこそ ポジティブに 生きたホーがいいに決まってる。

なのに それが できないのって なんなのだろーか?

身体がしんどいから・・・

がっくりするよーな ことも 生きてりゃあるから・・・か?

それでも  生き惜しみしないような人っていたりするから 不思議だ。

先日 カレーを囲んで 集える方たちで 雨の晴れ間にお集まり会をしました。

パーティと呼べるようなものではなく おかまいできませんが まあまぁ 食べていってください♪ というような。

それでも また 次回 お集まりいただける方 お集まりください^^

次回は 鶏のローストを囲んで を テーマにしようと思ってます。

雨の日は靴を選んで それなりに 過ごしたいものです。

しかし 新しい場所の自分の机から 雨の降る眺め 雰囲気 悪いものではないなぁ と しとしと 落ちてくる雨模様。

先ほど Andrewのレッスンが終わり 新しいHPの為に

写真を撮り合いました。

新しいスクール 新しいHP そして また 月日は流れて

雨の日も雪の日も そして 最高にお天気に恵まれる一日も やってきて。 私達の時間は 流れてゆきます。

英語って なかなか なかなか 苦しいくらいに 進歩に時間のかかるものですね。 もちろん 才能に恵まれた人は たくさんいて あちらで 暮らした方もいらっしゃるから 一概にはいえませんが。

私は 本当に 苦労 苦しいです。 英語が好きなら もっと もっと 進歩しているかと思いますが 自分の得手ではないのでしょうね。 好きな人は もっと もっと 有利に進歩が早いはずです。

先日 もう 自分には無理だから 止めてしまおうか・・・と通訳学校に行くことを やめようかと 思いました。

3年も通っていれば 少しは進級してしまうのですが・・・ 先日 少し負荷をかけようという試みからか かなり 難しいことをされました。地球温暖化と金融政策について・・・ コンビを組んだ方が 振替で 上級クラスから出席していたのだと思います。 あまりにも 自分の出来なさに 自分が劣っているということに 情けなく 悔しく・・・ もう 心が折れそうでした。

また・・・ 自分は通訳学校には通っているが 通訳者には絶対になれないしなるべきではないと 決心しているのです。 向いていないのです。 でも その練習は トンプソンの家族のために役立つということから始めたことでした。

しかし・・・ そのような志の低さで 身を置けるような場所ではないなここは・・・と 前回は 自分を追い詰めてしまいこのように落ち込みました。

とはいえ悔しいから 家に帰って 真剣に反復 復習をしてみたわけですよ。 復習をしてみると いやはや まいった こんな難しい話し方 内容を ある人は 瞬時にわかり また ある人は 理解する力を養っている理由から、短く理解に繋がるのですよ。

自分には その力は おおよそ足りないのだ・・・ と 分かるしかないのですよ。 芸能ニュース 料理とか そういった 話に関心の高い私には 到底、金融政策、はたまた 惑星とのからみで地球温暖化が進んでいるなどと まった〜〜〜く ちんぷんかんぷんな糸口のないお話となってしまうのです。

少し 落ち着いたら 落ち込みとともに 仕方ないじゃん・・・と開き直ってきて・・・ どうやったら 続けられるか それには 周囲に迷惑がかからない程度に 自分のペースを持つことだな・・・と 思うことにしました。 周囲に迷惑がかからない程度 というのは 予習よりも復習をしっかりとして わからないことをわかるのを喜びとしていく図々しさをもつことだ。と。

Thompson Internationalも これから 終わりの日までどのように変わっていくのかなぁ と 思った時に、国家予算の話を通訳するとかそういったクラスは 到底 持つことは ここには なくても、そういった話を 読み理解するクラスは 設けたいなと 思っています。

そういった話を理解し もっと 欲をいうと それについて意見を書けるようになると そういった 会話が 表面上には出てこなくても 会話をする時に ものすごく 役立ってくれると思います。

それが 次の10年の目標なのかもしれないな・・・ と

こんな自分もなんとか めげずに やっております。 それを みなさんとも 分かち合えたら 幸いです。