もうすぐお引越し

気が付くと もう3月がそこまで・・・

引っ越し です。

 

人様のご厚意というのは 特別なものだと ことを終える度に思うものです。 あたたかいお気持ちというのは 大変稀有な ありがたいものではある故に お受けすると 驚きのほうが勝る 今日このごろです。

ずいぶん 人間がすれてしまったのか・・・ それとも 当たり前レベルに追いついてきたのか。

いづれにしても まだまだ 50にして天命を知る には 程遠く。

それにしても 寒いですね。 いつ 春の訪れが 北にはやってくるのでしょうか。

暖かくするように 気をつけて お過ごしください。

妄想→野心→青写真

この数ヶ月間、実家へと毎月引っ越しのための片付けに通っていた。

先日は、力仕事も必要とトンプソンも一緒に おおいに働いたと思う。

で。片付けに精を出しながらも切手とか 外貨とか 記念貨幣とか テレカとか お宝も頂戴することを忘れない右手に 林真理子さんの30年以上前の作品も数冊手にとった。

札幌で夜寝しなに読む本にピッタリで面白く、読ませてもらった。

それにしても あの尖っていた時代の林さんの書いたものを改めて読んでみたら。

あたしなど この人の筆にかかったら こてんこてんに馬鹿にされて書き捨てられるくらいの対象だったろーなー。いや ネタにもされないかな・・・と 苦笑いしながら その当時の空気感を読んでいた。

野心 野望 上昇志向 ピカピカのマーブル 毎夜のように イタリアン ふぐ フーディ(新しい英語らしく グルメの意味)なレストランに行きたがる傾向。

あれから30年弱。そのどれもが いまの時代に そぐわなくなっている。

平和 循環型社会 癒やし 精神性 心の時代 無垢材 健康食 家ごはん 毎日を丁寧に。

けれども なぜだか 林さんの書いた文章は 時代遅れの要素を持ちながらも 面白く読めるのは 青写真を持つ 持ちなさい! という普遍のメッセージが漲っているからなんだな。と 思う。

野心を持ちすぎて 潰れてしまうことは多々あるけれど。 青写真を持たない生活に希望は薄い ってのも なんとなく分かるような年になった。 もっと早いうちに持っておけばいいものを。この年になってやっと分かるのが 成功者と 一般人の差なのね・・・と。

と、ここのところの 一般人のこの私の青写真は。

18年ほど お世話になった いまの場所を出るにあたって 現状回復義務を果たさなければならない可能性が高くなってきた。 正直いうと8ヶ月前に描いていた 居抜きのまま次の人が引き継いで敷金はほぼ返ってくるという 自作のシナリオとは違ってきてしまうのだ。 理由は、オーナーさんが次の人には 家賃の値上げをするということから。それまでいた希望者も恐れおののき、辞退してゆく。

当然 私の憤懣 不満は 出て行くものに対しての態度など どうでもよいというよーな管理会社に向けられた。

2年半前に辞めてしまった担当の人の印象が良かったせいで、いまの人たちに辛口の態度になってしまう私の印象も 相当よくないだろーけど。

なんだか や〜〜〜な印象を管理会社に持ったのはそれは事実、 でも いい時もあったのだから。まっ もう いいや 流そう 抗うのはやめよう 放っておけと 今日思った。 これが いまの 自分の次の青写真である。 淡々と なるべく 価格のおさえた業者さんに スケルトン工事をお願いし。 期日通りに さっさと 出る。 嫌味のひとつやふたつを言いたいところを その我儘をひっこめて お別れしよう。

お金は 敷金だけじゃ足りなくて かき集めなければならないだろーけど その流れならその流れにのることだ。 それだけの ちっちゃな青写真が出来るまでに

まず 亡くなった父のことを思った。 父ならどういうか・ あと 自分が かねてから すごい人だなぁと 尊敬している女性がいる。 その人は 私より1つか2つしか上じゃないはずなのに 何かあったときに 自分は 彼女ならどうするかということを 思う時が多い。 年が近いから 自分が恥ずかしい真似をしそうになるときに すごく参考になる。 その方は いま 一年中旅をして暮らしているような身の上を楽しんではいる。が、 あるとき ポツリと こんなことを言った。「裁判所にも2回か3回足を運ばなければならない、いやあな経験もしたけれど あれも いま考えれば とてもいい経験だったわ」と。 色々とあるんだろうなぁ 彼女のような大きなお金に関係のある人なら 人の嫌な部分とも付き合わなければならないこと 多々あったのだろうなと 推察できる。 でも それを 乗り越えた彼女は とても優しく 人を許せる 大きな包容力で 人生を大きくエンジョイしている。 私のようなレベルのことを 彼女なら どう操縦するのだろう どう 切り替えて 対応していくのだろうか と、器は違っても人生行路の指針はその人の考え方に向いてしまう。

と、ハヤシマリコさんの 作家としての野望、華やかな人生風景の青写真と 比べてみると 私の青写真は いつも そんなところどまりである。 自分のエゴ、欲、我儘 そのあたりと どう付き合ってゆくの?と・・・ そんなレベルなのであります。

本音を言うと ハヤシさん羨ましいです。

 

和食

家人から今日は 簡単な和食でいいよ。 と 言われると 分かってないなぁ・・・と ちょっとムカっときてしまう。

 

簡単な和食など あるわけがないだろう。 と ただトマトを切ってお皿に盛るとか。納豆をかき混ぜてご飯と出すとか。豆腐にネギをのせたものばかりで 構成できるのならいいけど。それじゃあ 成り立たないのが和食なんで・す・よ! と 怒るくらいなら作らなきゃいいのに。

魚屋さんに行った。 「皮をぱりっと焼けそうな白身の切り身 今日は何がお薦め?」 と 「銀だら いいよ」と 二切れ買って出ようとしたときに 視界に飛び込んできた ものがあった。 「金目鯛のあら」 と書いてある。 キレイだなぁ 美味しそうだ と 食べたいと それこそ 食指が動いた。 「これ 買ってく。 どうやって食べるの?」「ん? アラ煮 だな。 アラ煮 うまいよ」 「そうか わかった 本みてやってみる」

煮立ったお湯で まず サッと湯がき 臭みをとって 冷たい水で洗う。 そして 割合でいうと 水1 酒1 みりん1 醤油1 に従って 魚の煮付けをする量を 目分量で合わせる。 一匹分のアラならば半カップずつの割合でよかったかな と思う。 それに生姜の薄切りにしたものを好みな分入れて まず 強火で煮立ててから  少しずつ 魚のアラを 煮立ったものに入れてゆく。ポイントは 入れた瞬間に 魚の色が サッと変わるように。 そして 全部入れ終わったら 中火(中の弱)にして 落し蓋に蓋をして 魚に味がしみるくらい煮る。 時間でいうなら 30分もいらないかもしれない。昨日は 一回目は魚のアラ煮と豆腐を昆布出汁で茹でたものを 合わせて食べた美味しかった。 今日は そこに 昨日から 茹でた大根を入れて炊いたものが 一皿になる。

銀だらの切り身を焼いたの。 南瓜のグリルにオリーブオイルをかけたもの。 サラダ。 湯豆腐に金目鯛のアラを添えたもの。 つけもの ご飯。 チーズと海苔。 お皿が 1つずつ 違う。 一緒くたにできない。 これが 和食のつらいところ。

でも 和食は 美味しいなぁと つくづく思う。 いや 和食だけじゃなくて 適切な手間をかけてあげなきゃ 食べ物は うまくなってくれないんだ・・・と 最近は わかるぶん。 わかってしまうぶん 手が動いてしまうし。 また・・・ 美味しそうだ と 思うものを 前よりキャッチするようになってしまったと 思う。

いまは どんな魚も 美味しいといえば 美味しいですが。 金目鯛のアラ 美味しかったぁ。

先輩からの言葉

ジンセーの先輩にあたる人が お正月が明けて ご挨拶に行った時に

世間話の中で こんなことをおっしゃった。

「お金を追い求めるだけの生き方は、なかなか 芯が出来にくい」 と。

その言葉が えらく 心にひっかかった。

94歳。

戦争も経験し 多くのことを経験した人が いう言葉の中には たくさんの真実があると思う。

お金を追い求めて 忙しくしていても 自分の中に芯が出来てこない求めかたなら たとえ 金銭的に満たされても 空虚だろうな・・・ いつまでも不安が残ったまま もっともっとと 飢える輪からは抜け出せないのだろうなと 漠然とながらもわかっていた。

そんな風に 感じていた頃 ある二人の男の人の存在が クローズアップされてきた。

一人は 10年位 髪を切ってもらっている 強面のYさん。

お年は61歳になったと言っていた。 髪切師である。職人である。 腕一本で 奥さんも 美容師。一人息子も美容師になったと言ってた。 家は賃貸 美容室も持たず 面貸しといわれる場所で お客さんを一日4人と決めて 「いまが絶好調に幸せ」と 怖い顔から 幸せ という言葉が発せられる。

 

もう一人は 我の師と仰いでいる H先生である。

御年65歳なのに なぜか 若い。 常に 頭を動かしている 指導者である。 自分の脳力、能力一本で 人にへつらうことなく ムスッと生きてる。が、心はあたたかいから 先生がいるというだけで 私など安心して先生の指導に身を置く。 一匹狼という言葉がふさわしいと思う。 自分の頭脳を研鑽し それを 人に与える。 指導する。2018年のモットーは「死に物狂いで働き、徹底的に楽しむ」とおっしゃっていた。

二人に 共通していることは 他人のふんどしで相撲をとらなくてもいい何かを もっているということ。

私も 彼らのようになりたい と 心から願うようになったのは いつからだったのだろうか。 先生と出会えたのも その希望が 結びつけてくれたのだと思う。

一歩 から 一歩からでも 気がついたら 翻訳の仕事が 出来るようになってきた 仕事が いつとはなしに 増えてきた 張り合いが出てきた そして 不思議な事に その仕事をしている間は お金のことよりも その一瞬一瞬の充実感に満たされている。

そして お金が後についてくる・・・ ありがとう よかったよ という言葉がついている時など 踊りたいくらい 嬉しい。

201801241315

2018年 こんなに経っていたのですね@o@;!

2018年も 23日が経っていたとは!

 

皆さま 遅れながら 今年も一年 よき時を共に刻むことが出来ますように、よろしくお願い申し上げます。

 

先日 新しい場所の 上棟打合せを無事に終えました。

これまで事故もなく このまま 無事にゆけば 4月の移転に間に合うことと思います。

当日は 簡易ストーブが どういうわけか 点火せずに 体感温度マイナス5度以上であった場所で 2時間にわたる打合せ 体の芯まで冷えきりましたが これくらいの 事態は 仕合せのうちと 事故なく 滞り無く ありがたや ありがたや・・・です。

また 冷えきった体に その夜の家族でのすき焼きは 私の味付けはともかくとして 美味しいなぁと 思えた一皿でした。 すき焼きは 冷えた体に しみるもの。 と これから すき焼きを食べる時の教訓としたいところです。

Merry Christmas

先日 現在の場所では最後になるクリスマス会を楽しみました。

17年間の たくさんのことに ありがとう と Merry を申し上げます。

 

Merry Christmas  and Happy New Year.

悔い改めよ・・ならず・喰い改めよ

 思うところあり、ここ10日ほど 健康的な生活繰り返してます。

 まずお酒は飲まずに 青物 酵素 梅干し そして 玄米もとりいれ 甘い砂糖の入ったもの、バター、小麦粉は完全カット。 そんな、らしくないことも・・・やってみるものですね。

 身体の具合が 遠い昔にあったかもしれない 感覚に戻ってるような気がします。

 お酒を完全カットしてみて どうなるのかなぁと思っていたら 意外にも 一番口にしたい衝動に襲われたのは、黒砂糖の入っている蒸しパンでした。

 ・・・で ここまで ストイックさに偏った 食事を続けてみると

 やはり じっくりと時間をかけて作った牛すじのスープから作る美味しいお肉の煮込みとか チーズ バターたっぷりのガーリックトーストとか それに 冷えた白ワイン。そーゆー お楽しみがなくて 何の生命体なのよ? と いう意見には変わりません。

 かといって オイシックスさんレベルの料理を 毎日 毎日 摂取し続けるのも おかしいのかもしれない。と 気付かされました。 そこに ちょっと疲れたから 甘いものと美味しいお菓子や、今日も1日 ご苦労様(何にご苦労様なのかわからなくてもご苦労様)と ワインを2杯ほど毎日じゃ・・・ 病院ではまったく問題なし。と 言われても ミクロな部分で 身体がなにか おかしいと 言ってきても不思議はなかったです。

 美味しいものは 美味しい お楽しみで 週に1回 くらいで いや 10日に1回くらいでも 十分かもしれません。 現代人は 栄養 過多と言われても仕方ないくらい 私も これまで 栄養 栄養 と やりすぎていたのかもなぁ と 思いました。

 ちょっと 粗食 というか 青物中心 タンパク質は魚介類、玄米 お酒なし というのは 確かに 身体には よいよーです。 その生活を 7割くらいにして これまでの普段の食生活を残りの3割 その割合くらいが 長持ちする身体になるのかもしれません。
 

青空に柿の色

トンプソンの20年来の友人を訪ねて静岡に行ってまいりました。

50そこそこだったKenさんは70歳になり、40前だったトンプソンは60歳になりました。 それでも いつまでたっても 二人は嬉しそうに 友達です。
国が違っても 時を隔てても 友情を持てるということは 幸せなことですね。

こちらのお宅に行くと いつも心が洗われるような気がするのです。

奥様のみさ子さんは、Kenさんと同じ年の70歳。 20年前の時には パーキンソン病にかかっていたKenさんのお母様、みさ子さんにとっては義理のお母さんを気負わずとても自然な様子で介護されていた姿を思い出します。

温かな介護に包まれながら10年以上前に見送られ それから 二人で 海外へ旅に行かれたりするような時間も生まれました。 お二人の長男さんは あの 世界で活躍している「がまるちょば」の赤いモヒカンの人で 彼らのステージをみにヨーロッパによく行かれてました。

そして それも落ち着いた いまは 母屋の離れにある 以前 Kenさんのお母さんが暮らしていたおうちに みさ子さんの98歳のお母さんが暮らし、皆で支えて一日 一日を 大切に暮らしている様子が また とても 自然で・・・ Kenさん曰く、自分の母親の時には みさ子に本当に世話になった。感謝しているから当然のこと。と 肩にまったく力がはいっていなくって。

 青空に柿の色が とても映える 秋の風景に、こんな 日本の姿をなくすことはないよ。と 私にはない 老後の姿ではありますが。 でも 母のことを思うときに 日本のよき姿・・・ 少し 親孝行したいものだよなぁなんて 明日には消し忘れているようなことを一瞬、思えたりもしました。

 それでも
 これからの 自分の生き方というものを 考えさせられる そんな 訪問の時間を持てました。

 旅は 移動は 好きではないけれど でも このような 貴重な時間は 転地療養と同等なくらい 目線を変えると 日常に慣れきった心にじんわりと何かが効いてきます。

 Kenさんのお家は 昔からの和風のおうち。 台所を中心に 家族が 暮らしています。 こういうおうちが 理想なのは きっと 20年くらい前に 初めて訪れた ここのお宅が 自分の心に残っているからだと思います。

 

かっこいいと思う人

かっこいいなと思う人。男でも女でも あ この人かっこいいな 自分も少しはそうなれたらな・・・と思うような人の 共通点があることが このたび わかった。

それは・・・

これだった。

損してもいいと、どこかで思ってる人。
または 自分はここれで充分にたりている。と思ってる人。

はたまた
損のないジンセーなどあるわけがない。と わかっている人。

そういう人たちを 人は大人と呼ぶのだなぁと思う。

食事

 玄米食が身体に良いと、いくらいっても それが 毎食というのも何か違うような気がするのは自分だけでしょうか。

 月曜日は何を食しただろうか。 記憶を辿ると、夕食は 地鎮祭の鯛を昆布締めにしたものを オリーブオイルでソテーしたものに 大根おろしすりおろしたものとみょうがを添えて そこに ブロッコリーやオクラなどのサラダと これもまた 地鎮祭の供え物の 人参 牛蒡などで じっくりとつくった味噌汁。それにああ! ここに 残りの鯛の部分で鯛めしを作ったんだ。

そして 火曜日は なにだったろうか・・・ なにだったろう。あ 豚肉をソテーしたものに 昨晩と同じような内容で それにこの時は玄米。

と 過ごしているうちに 昨夜は 
 マッシュルームとエシャロットを使っての生クリームたっぷりのビーフストロガノフ と バターとパセリのショートパスタ にセロリやミョウガ レタスのシャリッとサラダで 身体が とても 嬉しくなった。

 やはり 自分の身体は こーゆーのが必要なのだと しみじみと思う。

 一緒に生活している トンプソンさんも 食に関しては同じような リズムを持っているから 不思議だ。 共に生活するって 食生活を共にするってことでもあるんだよなぁと そのあたりの一致は必須だと感じたりする。