Updating routine days.

よく 同居人に、君は Champagne taste, beer budget の典型だねぇ と笑われます。

身の程知らず・・・ ってところでしょうか。

ジェット機に乗って プライベートアイランドへ とは 望まなくとも

こんな感じって どんなものなのだろーか? という思いで

宮の森の豪邸ストリートにある お気に入りのお宅を 遠くから眺めている 怪しい人であったりもします。

そのお宅が好きで、以前はよく 外観を眺めてはため息をつき そして 悲しいことや落ち込むことがあるとそのお宅の前に なぜか 座れるような場所があるので そこに座り コーヒーを飲みながら ボンヤリしたり。

とにかく それくらい そのお宅の持つ 雰囲気とか アプローチが好きであったのだと思います。

きっと それを眼に焼き付けておいて 青写真にしようと思っていたのでしょうか。

人生は 青写真を持たねばならぬ と 私は ある時から信じるようになっていたのだと思います。

先日 そのお宅の前を 数年ぶりに通りました。

すっかりと荒れ果てて・・・ いまは 誰も住んでいない様子です。

数年前 そのお宅が 数億円で売りに出ていたのは知っていたので・・・きっと 今頃 次の住人が 愛でるように暮らしているのだとばかり想像をしていた私は、ショックでした。

もったいない・・・ と心から思いました。

それくらい、趣味のよいお宅だなぁと感心していたので

今度は 私にもしも お金があったらこの家を救いたい。という 気持ちで そこのお宅の前に佇んでおりました。

でも それは敵うわけもなく。

ただただ 家をみてかわいそうに・・・と思うばかりでした。

つつましい造りの我が家に帰り、できる限りのことは ここにしてあげよう。という視線が久しぶりに宿っていました。

庭のテーブルとして購入したはよいけれど、結局 蚊が多くて 外で過ごすのは無理だとなり 行き場を失ったガーデンテーブルを台所へ移して、食事時の 盛り付け待機のお皿たちのために使おうと決めました。

そして バラたちも 嬉しそうにしているのを 眺める 台所からのこの景色も 自分は とても好きなことを発見しました。

小さな幸せ・・・って やつですか。

この小さな幸せってものを感じるためには どこかで 思い切ったことをしてみる必要もあるってことを知りながら

それがどんな様子をしているのかわからずにもおります。

結局 私は 私のレベルで幸せになるしか方法がなく。他のどんな世界も知りません。

が、ひとつだけ 確かなことは 自分の身のまわりのことを、物でも 人でも 大切にすること そして 自分が幸せに思えることを 一つでも 多く持てること それが 小さな幸せなのかな・・・と 思ったりします。

あの 空き家になった おうちも いい人と出会えますように。

そして また 豊かな時間を持って 辺りに 幸せを 与えられますように。

あのおうちには その 役割があるように 私には 思えて仕方ないのです。

 

 

 

Button and Rose

バラの季節になりました。 家のバラたちも少しずつ咲き始めてます。

5年目についに病気がついてしまったバラ木2本の枝を、ばさりっと下から剪定し、どうかな・・と思ったけれど 元気にシュートを持ち始めぐんぐんと生き返り始め、他の元気なバラたちに追いつこうとしています。きっと来年にはまた元気な花をつけることでしょう。

バラは西洋の花であるのだなと思うのはそんな様を見るとき。

華やかで、主張がはっきりとしていて、そしてちょっと弱いくせに逞しい。

そんな大好きなバラではあるけれど庭がバラの花だけだったら、きっとうるさく感じるのだろうな・・・と最近 和の楚々とした花にも目がゆくようにもなり、少しずつ少しずつ静かな空気を保てるものも増やしてみようと思っております。

と、話は変わりながら

ある時から 衣服を整理し、これからは自分がこれと思ったものを集めてゆこうと決心をしたのです。

その時の記念にエイッという気持ちであるフランスブランドのシャツブラウスを求めました。

エイッ!としたのは それほど 慎重にワードローブを企てて服を揃えてゆきたく思ったから。

着ながら育ててゆける洋服って どういうものだろうか・・・と 恐る恐る始めてみた中で

その一枚に関して、5年経ち、感想をもったことは

シャツでもブラウスでも一番上のボタンは、留める穴(ボタンをいれる切れ目のこと)が必ず、大体は横につけていることを皆さん、ご存じだったでしょうか。2番目からは縦になっていても上は必ず横になっているかと思います。

そうでないと、だんだんと ボタンのおさまりが悪くなってくるという理由らしいのです。

洋裁をされる方なら、きっと常識なのでしょう。

ですがわたしの求めたその一枚は、一番上のボタンも縦のボタン穴がついています。 デザイン性からなのかと思いながらも、ボタンがみえないようなデザインにしていることから、どうもそれが理由ではなさそうです。

と、いうことは、この洋服を知り尽くした人たちの中にも その常識を知らないという人がいたのだろうか?ということです。

その一枚を身に着けると 確かに 気持ちはあがります。 シンプルなのに華やかな気持ちにさせてくれる一枚って さすがは 世界的に有名なお店のものなのだな・・・と思います。

が、あまり袖を通す機会に恵まれないのは、白だしちょっと気の張る一枚ということもありますが、私は このボタンの感触が問題なのではないか?と 思っています。

このボタンは、服を知り尽くした人たちの遊び心なのか・・・それとも ただのぼんやりだったのか・・・

それは推し量られながらも、着用に若干の居心地の悪さを感じさせるとしたら、残念ながら この購入は失敗だったのかな・・・それでもまだ可能性を持たせてくれる何かがその洋服には宿っていて。いつか もっと年をとったときに、自分で洗濯をじゃぶじゃぶして この一枚を 洗いざらしのジーンズに合わせてる。その時は 上のボタンももしかすると 横に自分で穴を開けているのかな・・・という思いを馳せてその一枚を眺めていると、これは もしや作り手の遊び心からのものだったのかもしれないと思えてきたり。

華やかで、主張が強くて、そうかと思えば 脆くって 手に負えないかと思えば意外とタフ。

フランスを代表するブランドの一着と、バラの存在は どこか似ている。

そんなバラばかりでは疲れてくるから庭にグリーンと静かな花との組み合わせを求めるように

ワードローブも、地味でも作りのしっかりとした間違えのない洋服は、なぜか日本人が作る衣服に多くあるように感じる。

Arts and Scienceの服は 地味さの中に普遍性と魅せるを持っていて、作りは間違えがないな・・・と感心することが多い。

Artsの服は 庭でいうなら おそらく グリーンあたりの位置づけなのかなと思ったり。こちらの写真は生徒さんのお庭の素敵なバラたち。彼女の素敵なバラをみると やはりバラが一番好き♪と思ってしまいます。

 

 

 

 

Book keeping

今年は家計簿 book keeping を継続できていて。

信じられないことに これをしないと 歯を磨かないで寝るような感じで 気持ちが落ち着かないレベルにまでなってしまっています。

10年前の 私には 想像のできない いまの自分。

こうなると 10年後は いったい どのように景色が変わっているのだろうか。・・・と 元号が変わり 時代はどのように変化してゆくのだろうか。

震災 災害 もしかすると 想像をしたくないが 何かゆゆしきことに巻き込まれ 家計簿?それどころではない!というほどの状況で活きているのかもしれない。

そうおもうと どうか手遅れにならないうちに 世界が 循環よく この 家計簿をつけたときに ぴったりかんかーん!となるときのような 流れで 滞ることなく ゆっくりとでも 明るいほうに回り始めればよいのに。と、切に願う。

別に家計簿をつけたからったお金が増えるわけでもないけれど ただ 流れがわかると すっきりとして 何か それまでみえなかったものが、浮き彫りにされ・・・ まぁ 自分の身の丈を 数字で知る。 といっただけのことだけど。

そういえば 家計簿をつけてみるとですね。 計算間違えをしてしまう 売り手さんが 意外と多いことに気づかされます。 間違えに気づいてしまったとき、 間違えはみなあるもの。と心にとめながら その都度、お勘定 なにか ちょいとずれがあったようです そちらでもお確かめいただけると幸いです。と お伝えさせていただいてます。

そういった 不明にならない利点は あるのかな・・・毎日の収支をつけるのには。

それまでのどんぶり勘定で生活してきた私のような人を いまの私がみたら

お互いの交通整理のためにも 自己管理しっかりしたほうがええよ・・・と ケチにはならない程度に言いたくなってしまうのかも しれません。

Happy Valentine ♡

今日はバレンタインのようですね。小学生の男の子たちは チョコレートもらえたかな?

2月くらいになってくると 私は やたらと チューリップが恋しくなります。

チューリップって 母くらいの年代からは ちょっと ひいきにされていないようですが

いまのチューリップは ゆっくりと 衰えてゆきますよ。 バサッと花が落ちるというよりも

枯れてゆき、その枯れ方も また 風情があるような。

私は この花 とてもエネルギーの強い花のように思います。

だんだんと 空気の中に エネルギーが高まってくるこの季節。

それと同時に 人々の 心が エネルギーが右往左往と せわしなくなってくるのが 2月というようにみています。

その空気の忙しない流れに なぜか チューリップは よく合うように思います。

それは この花自体が とても強い花で そういったエネルギーを受け止める力があるからと 自分はそのように納得しているのですが。

 

あと もう一つ 2月の空気に 一番あう 歌声は Ella Fitzgerald チューリップと彼女の歌声があると

2月の ゆらゆらと 揺れ動く 2月も 心沈めてくれるから不思議です。

Plain food… not gourmet kind.

こうやって 写真に写してみると まったくもって雑な仕上がりの食卓ですが。

けっこー ここまで作るのも てんやわんやなのですよ。

ご飯は冷凍をレンジでチンで あらよっ!という仕上がりであったりしますが、

にらのおひたしは 生姜のおろしたのに ちょっと砂糖を入れて 醤油でといたものに浸し。

わかめは細かく刻んで 二杯酢というものにつけて ねぎをちらし。

牡蠣は、平鍋で 水分を抽出して取り出し、その抽出液をそのまま火にかけ 鍋にはりつくまで じっと待ったところで お酒をふり そこに醤油を風味程度に注す。そして また 牡蠣を戻し 液をからめたものをオリーブオイルに漬ける。といったもの。

そして 昨夜の鯵の酢締めの残りを焼いたものと。

お味噌汁は 昨日の夜の出汁に味噌をとき、トマトとピーマンをはなったもの。

この1年、野菜を宅配でとりよせることになり。 選ぶことができないので とにかく 使い切ることを考えてメニューを組むと こんな感じの 素食仕上がりになるのです。

おとといは、大根の葉がもったいないなぁ と思い、低温油で 水分を抜くように からりと揚げ、そこに塩をパラリとかけた 一品を食卓にあげましたら

今夜の料理の中で これが 一番おいしい と カナダ人の夫が言いました。

驚きです。

素食続きの我が家ですが 地味でも もしかすると 自分の料理の腕は 前よりましになっているのではないか? と 思えた 瞬間でした。 カナダ人に 大根の葉を旨いと言わせた! これは 得も言われぬ達成感でした。

Year end cleaning!

一年最後の月が始まりましたね。

今日から 忙しさに拍車のかかる方も多いかと思います。

思えば 一年の中で 最も暗い(日の暮れるのが早い)一か月、忙しくしてないとやりきれないですよね。

パーティ 大掃除 お正月を迎えるにあたり 年賀状書きなどなど。

大掃除をするほどのことでもない・・・というほど 普段からきれいにされている方でも年末の掃除は、気持ちの入りが違うのではないでしょうか?

自分の掃除方法は コーナー コーナーで攻めてゆく方法です。

下駄箱は 大体夏のうちに大掃除をするのですが、いつもの掃除にそれを付け加える。

窓は春先に磨きながら その時に夏用の網戸を入れます。カーテンなども 大体夏の乾きの早い時に洗ってしまい。 雪がちらついてから 網戸を全部外してシャボンで洗いシャワーで流し 納戸にしまい、来年の春先までさよならです。その時に 窓周りを拭くので 窓ふきは年に2回と少ないほうかもしれませんが、山なせいか、まぁこんなとこでいいかなと思います。

クローゼットも衣替えのついでに ちょちょっと掃除してしまっているので そこは放っておいて。

やはり 年末の掃除は 台所と洗濯機周り トイレ お風呂場 に集中することになってしまいます。

台所 いるものといらないものの 見直しをはかりながら いると決めたものたちを磨き上げてゆく感覚。この感覚が自分にとってのYear end cleaningの醍醐味なように思う。時間がないとできないことなので やはり 休み中に限る。

お皿も グラスも なにもかも 使わないと だんだんと 濁ってくる感じがして。かといって 多くの食器をまんべんなく使うというのも難しい。 となると 春先と 年末に 年2回、季節のお皿の入れ替えをしがてら 洗ったり 磨いたり 漆器なら糠入りのやわらかい布で拭いたりとすると いい感じになるから 手入れって本当に大切なんだなぁとそういうものを見るたびに思う。

いつかは プラスチックの食器 または点滴を目にしながら 時を過ごさなければならなくても

生きている間のこの時間に感謝しながら、 一年が終わる。

 

 

Inheriting family antiques

 断捨離イズムが、あちこちで行われている いま。 また 世代的に モノを増やさない心構えを持ち始めなければいけない歳だというのに。

 私達夫婦のところに この2年間 ドッ! とものが流れてきた。
いらない いらない! と 抗っても 抗っても 父が亡くなり、一人になった母が札幌にやってくるにあたり、実家の仕分け 処理を手伝うのは 兄弟の中で 自分しかいなく
いくら いただけるものは 紙の軽いもの(¥)だけで けっこー。 と宣言してみせたところで。 「これは 大切にしてきたものだから オマエがもっていって」と 言われると 弱く 引き取っているうちに まず そこで ひとかたまり。

 更に 先日の月曜日 カナダのトンプソンの実家から 荷物が押し寄せた。
トンプソンの母も 私の父と同じ 2年前の8月に亡くなった。 して、トンプソンの父親は家を売り ケアつきハウスへ移り住んだ。

 その際に 大体の家がそうなように 多くのものを整理しなければならなく 

 私はいらない。 頼むから 頼むから カナダのものはカナダでなんとか始末して。お姉さんもいることだし。
と 何度も話し合ったが
トンプソンは お母さんの思い出のあるものを 傍においておきたい。と 頑として譲らず・・・ 

 高い運送料を かけて トンプソン家のアンティークたちがやってきた。

 今年いっぱい荷解きと整理に追われると 覚悟しながら

 昨夜 家に帰ってみて ソファで 一息ついて 辺りを見まわしてみると 第一段階、紐解いたもの中のものが まわりにあった。
なんだか 周囲が トンプソンのお母さん色に染まっていた。

 私なら 使わないような ピンクのリネン・・・ 洗うのが面倒だし 手入れも大変なものを なぜ 所有し 使わなければならないのか・・・ 正直 理解できなかった自分がいた。

 が・・・ こやって 眺めてみると いいもんだなぁ と思った。
お義母さんの 優しげなコレクションたち・・・・ 銀の食器なんて いま時代 使う人なんかいないよ・・・ ましてや 私達の暮らしぶりに そんなものがあったって 埃集めるだけなのに・・・ と 思っていたけれど、ある以上は やってきてしまった以上は使うしか ないじゃないか。と 思った。

 私の生活に リネンと銀という 負担が介入してきた。 しかし 持った以上は きれいに 活かしきって 次の世代に 渡してゆくしかない。

 時代がミニマリズム 断捨離に 向かっているというのに なぜ 自分は いま これらのものを 受け取るのだろうか 

 もしかすると
 私には 子供がいない けれど これを しっかりと 手入れよく 活かしきって 次の世代 トンプソン家の誰かに バトンタッチして 渡したとする・・・
その時に 時代は 2050年位の どこかの時間で 「これはね 日本にわたって 英語学校を開いていた 日本人と結婚した あの おじさんがね くださったのよ。 そうそう あの日本人のおばさんが 送ってくれたのよね」 と 私のちょっとした役割もそこにあるかもしれない。

 古いもの と 言えば それまでかもしれない が 200年前の ピアノの椅子 細工の美しいワゴン  銀食器に刻まれた1900年という数字 
 
 昨夜は お義母さんのエレガントな世界というものに 身を置くことで 代々受け継がれる物の意味なるものを 考えてみた。

 

 


  

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私たちは 理由があり 78歳の母の部屋に5日ほど取り付けた後に、違うものにしたのです。なぜかと 申しますと、 母には スタイリッシュすぎた(苦笑)

秋休み終わりました。

9月の最後の週 今年は思い切って お休みをいただきました。

年間48週を開けるように これまで やってまいりましたが

他校さんに 派遣レッスンの仕事をさせていただくうちに

年間 大体41から43週のオープンで 行われているところが多いのだなぁということがわかってまいり、 今年は 思い切って46週で挑んでみました。 が、^m^ 結局は 忙しくてレッスンをとりづらい個人レッスンの方や 地震で行えなかった分などを 調整しながら 一日 数時間、開けるといった具合で ボチボチとやっておりました。

しかし その中でも  気持ちにゆとりが生まれるせいか したかったことも 出来たり 彼岸のお墓参りにも行けたり お友達と ゆっくりとした時間を持てたり すごく 充実した時間を持つことができました。

夏のお盆休みは トンプソンも 私も 家族 親戚などの行事がまだ重なるときで 忙しなく 終わってしまうのですが

秋の この 時間の静まりに 閑をいただけることは 幸せでした。 ありがとうございました。

また 雪の降り始める 北海道を楽しめるように 皆様も 気力体力 十分 整えられることができますように 応援しております。

 

逸見さん 阿部さんより 作っていただいた ステンドグラス ライトも 自分たちで 配線工事をして つけることもできました。

本当は 電気の配線は プロの頼まなければならないので いけないのですが 自分の家だから いいよね! と 秋のある日に 天井に穴を開けて 天井裏にコードを通すのが 一番 大変だった。

 

あとは 秋の夜長 少し 贅沢な空間で 楽しいひとときを持つこともできました。

見渡してみると

先日 自分に合った方法でしか ものごとはうまく運ばないのではないか? といった内容のことを述べさせていただきました。

部屋ひとつとっても  いや 部屋に一番 個性が映しだされるのかなぁと思ったりする。

スタイリッシュな部屋や、ものを外に一切置かない状態を好む人からみたときに

わたしが落ち着く部屋は ピエロの住む部屋のように滑稽なのかもしれない。

部屋を見渡しながら また もう一つ気づいたことがある。

自分の暮らす部屋は いただいたもの 気が付くと自分の手元に来ていたモノたちが 70%以上を占めている。

気が付くと 集まってきたランプたち。 気が付くと 実家やトンプソンの家からやってきた家具。 手作りの棚やサイドテーブルはいつのまにか手元に残った。 あるときは もうちょっと かっこいい北欧スタイルとかいいのになぁと憧れたりもしたが わたしには自分の主張を押し通すほどの 確固たる好みというものが実はないのだ・・・ということに気づく。

自分の周りにやってきてくれた 人やモノを大切にする生き方のほうが 自分には合ってるのかもしれない・・・と 物を眺める時がある。