The Spring in Hokkaido

厳しい冬がようやく北海道から、終わっていってくれそうです。

どんなに厳しい冬でも終わりが来るのなら、いま現実に起こっている、この惨事も 早く 早く

終わりを告げてくれますように…毎日願うばかりです。

ニセコでの一枚です。

私たち夫婦にとって、これが北海道の春です。

桜だなんて、夢のまた夢です。

それでも、この冷たい空気の中でも春の匂いに幸せを感じることが出来るのですから、厳しい冬を乗り越えた体というのも、ありがたいものだなと、ここ数年春の遅さに不満を覚えなくなった自分がいます。

読書の利点

鍼灸の先生に言われた通り なるべく早寝早起きを意識して。

9時くらいに ベッドへ勇んで向かう毎日です。

そうはいっても 9時から パタリと眠れるわけがなく。

少し本を読む元気も出てきたので 眠るまで 本を読むのも楽しみで 寝室へと向かいます。

最近 はまっているのが あさのあつこさんの おいちシリーズ。

医者の父のもとで 健気に 志たかく 江戸の毎日を生ききる 主人公の姿に 胸打たれ、 物語も面白く ワクワクと 読み進みながら も 程よく 10時ちょっとすぎあたりで 良い感じに眠りにつける そんな タッチの ストーリーテラー あさのあつこさんの世界は 私の 程よい 睡眠導入剤 という感じです。

そして 昨夜 林真理子さんの書下ろし作品 話題に上っている 奇跡 という一冊を読み始めました。

実話 実名で 綴られている その物語は 歌舞伎役者の妻・・・ いわゆる梨園の妻であった方と ある世界的に有名な写真家の 恋の物語。不倫の恋で始まりながらも、添い遂げることの出来た幸運なお二人の 良い時も そして悪い時も含めての 決意の瞬間。 強さのあり方。 諸々の出来事が書かれてありました。

きっと多くの読み手の心を捉える印象的な言葉は、主人公である博子さんの

「私ほど愛された女はいないと思う。私たちほど愛し合った男と女はいないと思う」

・・・ではないだろうか。

林真理子さんに言わせると 恋の貴族 と 庶民 というものがあり 皆が皆

こんな発言が出来るわけではない。 という点は、私も同感である。

で、あるが故・・・本を読むことの良さは 自分が 体験しなくとも ああ こういう世界もあるのだ。と 違う世界を知れることにある。と、思うのです。それが例え、絵空事であったとしても。

この主人公の博子さんという方は きっと 人生の その都度を 一生懸命全力で投球することの出来る人だったのだと思いました。

体力も務めてつけられたのだろうと思う。その体力に気力が繋がり、自分を信じる自信が生まれ。その自信を ひとつひとつ 繋ぎ合わせてゆくことで この 恋にも繋がってゆくことが出来た。

それに伴う美貌にも恵まれた 幸運な人だっただと思います。

彼女の 上記の言葉とは 間逆の「私は 夫が外に女をつくって 帰ってこない妻として、世間にどう思われているかを気にしながら いつも生きてきた。 私の人生は そんな様な気持ちの上で いつも 生活をしている 毎日だった」と90歳になっても 常に なんというか・・・愚痴と不平と 猜疑心とに・・・言っては申し訳ないが イケていない事象にのみ老いても こう・・・彩られてしまっている叔母がいます。

あの叔母は 本を読む人だったのだろうか・・・? と ふと 疑問がわいたので 母に尋ねてみましたら

いや 読まない。 とのことで。

叔母さんさ・・・ なにも あの主人公のような セリフを言えるような人生に恵まれなかったとしてもよ・・・

こんな生き方もあるんだ。 そうなんだ って 色々な人の人生が 垣間見える本を読んでいたら もうちょっと 総合的に見て大きな宿命は変えられなくても、何かが違ったのではないかな。

本当に良い本は その時の 主人公の 捉え方 決断の仕方 それが 伝わってくるんだよ。そこを 叔母さん 本からでも 掬い取ることが出来たのならさ 叔母さん もうちょっと イケてる方に少しは向かうことが出来たのではないか。な。

例えば 例えばよ 妾さんのところへ行ったきりになって帰ってこなかった夫でも、しっかりと生活費は払い続けてくれたわけでしょ。しかも結構経営が安定している会社社長レベルの。 その時に 生活は約束されているわけで ・・・ そういう時代じゃなかったということを差し引いても なにか自分の次につながること出来たような そんな 発想の刺激になるようなことって 意外と本の中にあったりするわけで。

と 偉そうに・・・ 90になる叔母の女の一生を 指摘する 姪の私といえば・・・

この物語の主人公からは 全力で物事に向き合える集中力を養いたい。 そうよ 物事に集中して向き合う力があったのなら 私の一生は もうちっと 輝けたような気がするのよ。 と 一人つぶやいていたら

母が、横で、 でもさ…集中する力があったって応えてくれる相手がいなければ、その人は一体どうなるんだろう。と 変なことを言うので思わず吹き出してました。

そうなんだよなぁ 世の中って不公平なんだよ。それが世の中。 それは本だけではない 色々なことが教えてくれるけど。・・・と、涙交じりに笑いが止まりませんでした。

 

 

 

平和と健康であれることのありがたさ・・・

世界は平和への危機で 恐々としている。

そして わたくし 個人単位では 健康に対する不安感で 恐る恐るということろであります。

漢方 鍼灸 寝かせ玄米 発酵食品 等を いまや 生活に取り込み 体力の充電にと・・・

世界単位では 戦火を必死に生きている人たちが、たくさんいらっしゃるというのに。

この 健康に自信がなくなっている ということも 平和な国で暮らす一人間にとっては、至極、重大な問題であることは、間違いなく。

ここ数年、原因不明、病名がつかない…大きな病院の耳鼻咽喉科で 眼で見た限りの悲惨さに、これは 先生も重篤な病気に違いないだろうと、血液検査等 他の科にもまわされ精密検査で出てきた結果は なんら 病名もつけることが出来ずに、 最終的に下された精一杯の病名が 口内炎が喉に広範囲にできてしまった。免疫力低下に伴う口内炎。 それでも本人としては、痛みに耐えられず 先生~~~~ なんとか抗生物質とか こう バシッ!と効くような薬処方してださい~~~ と泣いてすがったところでも いや 君の検査結果に従うと、どーしても 頓服とトローチくらいしか出せんのだよ・・・オレとしても。でも どーする? 今日は点滴うってくか? と 先生も 私がうったえればうったえるほど 笑うしかないといった、半病人扱いで。 実際そうなのでしょうが 本人は真剣に 死について考えてしまっていたりするほどの痛み。

・・・で、そんな症状にみまわれたのは 去年の日記によると 3月4月 そして 11月と12月。

去年の12月は ほんと あまりの痛みに スクールが冬休みに入り・・・ 奈良へ予定していた旅行を取り消そうとしていたところ・・・ 旅行狂の夫が 家のベッドにいても 苦しみは同じだよ。 行こう!と 引きずられるように 飛行機へ。 飛行機の中で 唾を呑むのも悲鳴をあげるほどの苦しさに・・・ もう 飛行機事故が あっても いいよ・・・ いい 楽になるなら 死ぬのもあり・・・。 とまで 思うほど弱まりきっておりました。

で・・・ 辛いんですよ ほんと おそるおそる 呼吸して 時を過ごすように それでも 東大寺 唐招提寺 そして 興福寺・・・ へと、ずるりずるりと足を運び 興福寺の薬師如来像を前にした時。

心から癒されてゆく そんな気持ちになったのです。

古の人々が 奈良の大仏様に 何を望んだのか・・・ その視線をみたときに

健康で生き続けることを 望んだのではなく

成仏 あの世にいけることの仕合せを 幸せを 大仏様の中にみようとしていたのではないか? と思えたのです。

その時のわたしの心は 身体は 眉目きりりと逞しい、阿修羅像よりも 弱り切っている 僧侶の像とか そういう方にばかりに目がいくのです。

奈良を後にするあたりの日には 少し食事も喉を通るようになり 体力がついてきて 気を少し取り戻すところまではまいりました。

と 2022年になりましたら 今度は その喉の広範囲にわたる口内炎の痛みから解放されたのは

次なる 蕁麻疹とやらが 頭部と耳の後ろ等に発症したからなのです。

まるで もぐら叩きです。 こちらが治まると あちらが顔を出す。

耳の後ろと 耳の穴 そして 身体の穴 粘膜の弱いところに 蕁麻疹が出来るという症状に見舞われました。

こちらも 皮膚科に通いながらも なかなか よくならず 先生が塗り薬の他に 飲み薬を処方してくれました。

すると その飲み薬の副作用で 体中に 湿疹があらわれるという もう あがけばあがくほど

むははは! この俺様から逃げられると思うなよ~~~ と いう感じで なにか 身体のバリアが 破壊されていくような感覚です。

その痒みや痛みで また夜も眠れないといった 最悪のパターンに陥る日々が続く中で・・・

自分の場合・・・ 漢方薬と 鍼灸 そして やはり食事の見直し 眠ることへのリズムづくりも見直そう。それには 規則正しく まず 何があっても 朝は日曜でも 決まった時間に起きて、足りない睡眠は昼寝で補う。 呼吸法も本に書いてあるものの通りですが じんわりとやってみてます。

奈良の薬師如来像は

身体を前に戻そうと戦うな・・・ いまの身体に寄り添え 自分のいまに寄り添い 身体の声を聴き そして 戦わず 癒し あの世へと繋がるような 老いを認めた生き方をせよ。 と 2021年の暮に わたしは 大仏様の前で はい・・・ と もう降参・・・ と 降参旗をあげましたが・・・

でも ウクライナは そういうわけにはいかんのでしょう・・・。

どんなことでも・・・戦うということは 甚大なことです。

お雛様と 花束と

この季節 英検合格のニュースも届き、また 合格に伴う 花束などいただいたりして・・・

雪雲の暗い一日の中に❤️ポッ と 暖かな色をいただきました。

英検 確かに2級を合格するのは 教わる方も 教えさせてもらう方も やった感があります。

この勉強の過程に 実り多きものもありますし。 そして 手前味噌ですが

Thompson Internaitonalで コツコツコツコツ 2級くらいまで積み上げてきた子たちは そこで終わりではなく 必ず 準1に進もうとしてくれることです。 また 試しに問題を解いてみて 本人たちは これはいけるかも・・・と感じるようです。 それだけ のりしろが多い状態で 通過しているということだと思います。

私も 準一級くらいになると 教えさせてもらうのに 用意する中で自分の力がつき、本当にありがたいです。

この春 どんな子たちがやってきてくれるのかな・・・と 楽しみにしています。

あと どのくらいThompson Internationalを続けられるのかと 最近ぼんやり考えることがあるのですが

この2月でちょうど20年経ちました。 あと 10年くらい 多くの学生さんが 多くの力をつけて、大きな世界へ 自分を信じる力をもって飛び立ってゆくことや 大人の方への英語のお役に立てることに関わってゆけたら本望です。

バッグについて考えてみた。

女性が 高級バッグを持っていて 誰かに とても素敵ね 似合っていますね。 と 言われたら

素直に受け取ってよいと思う。

似合っていなかったら あまり 褒められることのない アイテム、それは バッグだと思うのですよ。

知り合いの方で、ロエベ シャネル セリーヌ はたまた エルメスといった バッグたちが 嫌味なく とても似合う人がいる。なぜだろう その人が持つと そういったバッグたちが 普通の人が持つよりもとても素直に光を放ち、側にいる私などが 素敵だなぁ と口からポロリと出てしまう。

バッグだけが悪目立ちすることなく その人も輝いて映るから、その言葉は出てくるのですよ。

私は ある時 「なぜか ***さんが 持つと CHANEL と 大きな字で書いた バッグも 素敵にみえる。普通そういう人は滅多にいないと思う」 と スパッと言ったのです。

「あたし バッグがすごく 好きなのよ~」 と 笑って 嬉しそうに言う彼女を見て

それが 絶対の理由なんだ。と 感心しました。

これは 皆さんに 信じてもらいたいのですが 自分が素敵というときは 心からそう思っているときのみです。

それも きっと 彼女に伝わったのだと思います。 色々な話をしてくれて 彼女のバッグ熱がすごく伝わってきました。

はた・・・ と そうか・・・ と自分が持っていて 褒められることの重なるバッグは この写真にある

この変哲のないバッグ。黒く 中身まるみえの このバッグ。 このバッグは、なぜだか褒められる。

Arts and Science の もので 味も素っ気もない

5年くらいのもので 最近 自分の身体の一部のようになり 自分も愛着を感じるようになってきた一品。

別に褒められたくて持っているわけではないといいながらも、ちょっと ハイエンドなバッグを持っていても 褒められたことはこれまで一度もなく、そして これからもないような気がしている。

それは おそらく 上記の 愛着・・・という情熱が バッグに対してはそんな熱意が足りないからなのかもしれない。いいものなど持っていても 照れや あれだけ 投資したのに 使いにくいなあ とか どこかで けち臭いことを ネガティブに考えているからだと思う。

大体 清水の舞台から飛び降りた気持ちで求めたバッグの4つのうち3つには裏切られる。

だから バッグを求めることに対しては 至極 消極的である。

それに比べて 彼女のバッグに対する愛情とか熱意は 豊かだし おおらかだ。

経済的余裕も 関係あるといえばそうでもあるし

バッグ は 靴と比べて 慎重になり これまでの経験がいうことを効かない買い物と。

一種 ギャンブル性を持っているもの。

25パーセントしか うまく いかないものに対して どこまで 投資する価値があるのか・・・

そう いつも うじうじと捉えているから 輝かない かわいそうな 私のバッグ。

日曜日に出来ること

日曜日 お休みには 普段できない根気仕事をしたりすることが、時々あります。。

先日の日曜日は 鱈のブイヤベース を作ってみました。

今度スクールの方でも カンパーニュパンと一緒にお昼に お出しできる日をもうけます^^

お知らせしますので ぜひ おみえください。

まず 煮干しを頭と身にわけて 鰓とはらわたを取り除きます。

こちらたちを 別々に乾煎りしていきます。 20分くらいはかかります。

乾煎りしたものを すり鉢で このように あまりきれいな粉末にせずともよいと思います。

そして 当日使う分量(スプーン大3杯)を残し 水カップ3をいれます。その出汁と 昆布とシイタケの出汁をこれまた別々に 少し煮だしてゆきます。

 

鱈の湯引きしたものを 氷水 レモンをいれて 生臭さをとります。

野菜たちを切ってゆきます。

にんにくをいれて香りが出るまで

香味の効いた野菜セロリやニンジンや玉ねぎ ネギ とそこにジャガイモ メークインを入れて炒めてゆきます。

かなり魚屋さんで おまけいただいたので 鱈の良さげな部分は 昆布締めにして 後日食します。

こんなんで ちょっと 湯気がみづらくて

でも 味は おいしかったです。

2022年 改めて思うこと

こちらを書いている者は どちらかというと服が好きなほーだと思います。

大体の服好きは いくらオンラインショッピングが主流に代ろうとしても、心通い合う相手から 袖を通すものを求めたい。と、強く願っていると思うのです。

先日、 Cariner Mikiの みきさんのところで ピンクのセーターを求めてきました。

円山にある 彼女のお店で 旬のものや柄物、そして華やかな色合いや ワンピースなどを色々とアドバイスをもらい 手に入れると、まず 間違いなく 生き生きと活躍し続けてくれる服たちなのです。

そんな彼女から、お誕生日祝いに。と、興味深い絵本と、まぁ なんとも セクシーなランジェリーをいただきました。 54歳の誕生日が とても艶やかなものに 勘違い 錯覚するほどの 素敵なものでした。

みきさん ありがとう。

これを機に ますます 身に着けるものは人から 更に申せば 好きな相手から 買い求めるスタンスを 人生の終わりころまで持ち続けたいと願うのでした。 その環境が存在し続けることを 願うばかりです。

札幌のロロピアーナさんが、今月で札幌店を閉めるとのこと。

この22年間、特別な数着しか求めることは出来なかったけれど、最後に店員さんたちにお別れ兼ねて できれば何か記念にと、年明けて足を運んでみました。

ロロさんの皆さん、本当にいい方たちだなぁと よく できた人たちだなぁと 感心することの多い方たちでした。

最後に何か 記念に求めたいのですが 本当にそうしたいのですが 残念ながら この店頭で私が 欲しいと心から思えた一品は あの紺色の変哲もない  しかし 価格が度肝を抜くような・・・ あの ジャケットしかなく。

泣く泣く お金ではなく、言葉だけ置いてくるような・・・店員さんにとっては いらないお客となりました。

でも 本当に 彼女たちから何かを求めたかった気持ちは 分かってほしいな と思います。

服は 好きな相手から買う。

そうすると 服も嬉しそう。自分も嬉しそう。

お国柄?人柄?

流暢に 丁々発止と 英語は駆使できないながらも、自分には 英語を話す人間と渡り合ってゆく力はある。と勝手に思い込んでおります。

北アメリカの人は往々にして、主張の強い人たちが多いです。

例をあげるなら きりがないですが、自分が違う と思ったものは 権利を最後まで貫こうとします。 それが たとえ1000円くらいのものだとしても。 逆に 自分の行いが間違っていると判断した時は 実にフェアですが。

それは 個人相手から一企業、はては国税局相手でも その勢いで 戦おうとするような人たちも中にはいたりします。自分が納得するということが一番大切なポイントらしいです。

交渉事に挑む間 相手を納得させたい という闘志に燃える それが楽しい という人たちの多くが 人間稼業はっていけるお国柄 それが 北アメリカの多くを占めているのだな。と 私は思っています。

そういう性質を ひ弱ながらも どこかに秘めている夫をはじめ また アメリカからの 討論大好きなタイプから 少しやわらかめでも根底にあるのはアメリカ気質のスタッフたちと 一緒に仕事をしていると 彼らの主張もわかるし また 彼らが憤慨するあたりの 曲がり角ってやつも体で憶えてくるし。 そして なにかあったときの いわゆる 気の進まない話というのも出来るようになってきているかな・・・と 自負してはいるのですが・・・。

と、先日 こんなことがありました。

10年乗った フォードとお別れをして 今度は スバルのフォーレスターにしようということになったのです。

で 11月でフォードの車検がきれるので、そのスバルを待っていたのですが いま、コロナの影響でか、車が納期どおりに入荷されないのだそーです。

で、スクールがスタートして以来なぜかつながりのある、とある企業の営業担当者K君(当初は玄関マットなど扱う衛生商品リース部門の営業だったのが 同会社の車関係部門に配属)はじめ スバルのディーラー店の人たちが 色々と奔走してくれて 結果として 2か月近くかかってしまうその車体の入荷まで スバルディーラーのお店が 代替車を無料で用意してくれることになったのです。

フォーレスターのそのクラスをレンタルするとなると 相当な金額になってしまうので、苦肉の策だったのでしょうが スズキ車のあのかわいいジェミニとかいう軽自動車が やってきたのです。

私は単純に あらかわいい。嬉しいわ と思いました。 その空白の数か月間、無料でレンタルとなるわけだし ありがたいな とさえ思いましたよ。

トンプソンとアメリカ人講師が 雑談で 「今日 本当の車が来るまで代替車がくるんだ」とトンプソンが嬉しそうに

それに対し アメリカ人講師が「どんな車がくるんだ?」

トンプソンが 「おそらく フォーレスターのなんかだろ」と返事しているところに

私が 「あ それがね あのスズキのジェミニとかいうのみたいよ」と言うと

二人 口をあけて 驚愕の表情。すかさず アメリカ人講師が 「なんで あつこ そんなありえないこと受け入れるんだ? 遅れるのは あっちの落ち度だろ 自分たちはフォーレスタに乗る契約を交わしているわけだろ? 俺だったら そんなこと認めないよ。同じクラスの車を持ってこいとつっぱねるけどね」と まるで自分のことのように怒る。

すると 彼のその言葉に相乗された トンプソンが

「そうだよ あっちゃんは いつもそうなんだ 付き合いの長い営業の人とかに甘いんだから だから あっちゃんは甘く見られれるんだよ」 と 便乗してくる。

「いいんでしょ ジェミニかわいいよ。それに 自分が リース代払っているっていうのなら 納得はできないけれど、 まだ料金も発生していないのに 自分の権利を主張するのはおかしいよ」 という 私の言葉に

「でもさ もし 君が いかつい強面の男だったら、きっと あっちも緊張して そんな対応にはでないはずだよ」と 他力本願のくせに この日本国では どうしても 私が采配をふるってしまうという そのストレスを こういうよーに 弱腰にぶつけてくる。

わたしは こう言い放った。

「そうかもしんないけどさ。 けどだよ 私 たとえ 私が日本人の夫を持っていたとしてもよ。 そーんな程度の低い自分の見栄や虚栄のために自分の権利主張を 相手を威嚇してでも 通す 男は 好きになれないし 尊敬できないわ」 と  内心 よっしゃと。

そうしたら 夫も そこで納得した。

「その通りだね わかった」と。

このレベルではありますが 日本には日本のお国柄 やりかたってものもあるんです。

 

家周り、外周り

 

京都の人で一軒家に住んでいる人の多くは、 朝起きたら 室内の掃除より まず 外周りを箒で掃くようにと 母親から躾けられると、聞いたことがある。

 

京都に限らず、城下町、古い歴史のある土地の人たちは、きっとそのように言われているのだろうな。というくらいに

多くの家の外がピシッとしていて、雑草はあまりみあたらなく 初夏のころなど クレマチス系の花が 涼やかに玄関先に這わされ、目に心地がよい。暑苦しくない。

家の中より 家の外を重視するこのあり方は、歴史のある町に住む人の、知恵なのだろうな、と、自分も時々 思い出しては 実行する日もあったり なかったり。 真似はしたいと思っている。

立派な家ほど 雑草をとったり 家周りを掃き清めなければ、悪目立ちしてしまう印象を受けるのに、札幌の高級住宅街であっても 家の外までピシッとしている家は意外と少ないことに気づかれる人も多いのではないか。立派な家に住むというのも苦労なことなのだな・・・ と雑草が家の前の石畳から飛び出している邸宅を横目に ちょっとひねくれた気持ちの自分がいたり。

に、しても その理由は雪国のせだろうか・・・とも思いながら・・・ いや きっと親から口やかましく言われる文化がないからだろうか。と思ったり。

口うるさく言われて やっと 身につくのが習慣なのだろうな・・・とつくづく 時々思い立っては 実行する自分が偉そうに言えないが。 外周りは 意識して きれいにした方が得策だと 代々と続く知恵に敬意を感じる。

家周りを 一応 整えておくと、 実情はどうであれ、一見 その家は 成功しているようにみえる。みえることが 段々と 内実に追いついていくという具合。

内容が充実してから 家周りをきれいにしよう ではなく まずはなにはともあれ 箒と ちりとりをもって 家周りをはく 玄関周りをきれいにする。

それは 口やかましく言われることはなかったけれど 母親が それこそ思い出したように 言うことがあった。

そして お隣の方も 私にそう教えてくれた。

箒ではくのは なんとか できても 自分の場合、雪かきが 苦痛であるが。

見かけって大事よ・・・ まずは 朝起きたら いの一番は 外の掃除 と 私に教えてくれた人は 実母とおとなりの96歳の女性 その二人だけだったが・・・ これは真実だな と 思う。なかなか習慣にできないことだけれど、なんとか習慣にしたいことの TOP LIST であります。

靴は 流行が出るから Updateした方がよいと、そう思っている方もいるのかな・・・

自分は 違うタイプかもしれないな・・・と シューケースをみながら思っている。

逆に、靴は 時代性を求めて買うと もろに もろに 時代遅れになってしまうものかもしれないな。と思っている派かな・・・

一足あたり結構な値段のするものだから 流行は追いかけない方が無難なもの。 それが靴なのだろうな。

流行を求めるよりも 求めるツボは 自分の好きな靴 自分が心動かされる靴。 それを 徹底して 手入れして 履いて 手入れしてを繰り返し甲斐のある一足を求めることなのかもしれない。 と 自分の手元(足元)に残ってくれている靴たちを 愛しく眺めている。気味悪いかも。

冬靴はほとんど10年選手。 茶色のひも靴と 黒のショートブーツは おそらく10年以上と 10年くらいだと思う。 右のはまだ6~7年くらいかな。 これらの靴を長持ちさせるコツは 自分で磨くことも大切でありながらも それよりも 季節が終わると ドライクリーニングのお店に靴のクリーニングに出すと、すっきりと生き返ったように戻ってくる。そして また 季節を待って履き始めるうちに 10年以上が経ってしまった。

白いレザーのウォーキングは これは まだ新しいので 靴ひもを自分で洗って(シューレースの差し込み方が不安なので 一本ずつ外して洗い、片方の見本をみながらいれるという不器用さ) 今年はシュークリームで磨いて 冬の間はお休みしてもらう。 自分の見立てでは おそらくこの靴は 自分が70代も生きていたら 履いているはずの靴である。そういうつもりで思い切って買った。

靴は面白い。 普遍性を追った方が間違えなく 長持ちするけれど あまり 優等生な トラッド一本やりなデザインも その普遍性に裏切られることもあり、流行遅れな感じにみえたりする。

買うときに 普遍性 または 流行うんぬんよりも 靴が自分を呼んでいるような 招いているような 美しいなぁ 履きたいなあ と思うものは、なぜだか 自分に寄り添ってくれる。 そして かなり長い間、側にいてくれる。

靴は 買い物の中で 一番面白いし 好きなアイテムであります。