レモンケーキ 🍋

なぜか 金曜日の午後は突然にお菓子を作りたくなります。

火曜日 木曜日 そして土曜日の3日間がが比較的スクールは忙しくて 水と金は ゆったりと時間が流れます。

ゆったりとする水曜日は 掃除(スクールと母の家と両方)や 打ち合わせとか 他 外の用事 そして マーケティング等に使い。

金曜日は ゆったりとした時間に身を任せるにしても・・・ 何か  しなきゃ。となると お菓子作りに手が伸びてしまう。 そうなると 金曜日の夕方に来る中学生たちは いつも当たりが良いです。

それか土曜日(金曜日の翌日)におみえになる方も。・・・残り具合によりますけれど:m:。

 

レモンケーキ いつもアイシングの粉砂糖を少なく求めすぎて レモン液とのバランスでアイシングが固まらなく・・・ そこは ご愛敬で。

私のレモンケーキ 結構 評判良いんですよ。

体には慎重なくらいで丁度よい。かも。

4月に入り 点滴打ちに病院に通いながら生活してました。

NTT病院の先生からは 入院するかい? と 軽い調子で聞きはするものの けっこうしんどい状態だったのだな。

と今になると あ~~~ しんどかった・・・・ と 思います。

 

今回のことで 学んだことは あ・・・怪しいな と 思ったら お互いの関係を結んでいるような主治医であれば別ですが とりあえずの診断は受けずに、大きな病院で連携プレーをとるところに行った方が、病は時間との戦いですから、早い措置であればあるほど どのような病気でも悪化せずにいてくれる訳ですから、 大きな視野でみてくれるところ。自分の街に 大きな病院があるのであれば 初診料が多くかかっても 直行しよう。と思いました。

一番良いのは 自分の体に耳を傾けながら 注意深く(あまり神経質すぎるのもよくありませんが)まいりましょう。

皆様 季節の変わり目 お身体 くれぐれも大切に お過ごしください。

 

Thank you

春。 お別れもあります。が、永遠の別れではなく・・・節目としての

お別れは春の喜びを感じます。

東京の大学に教授として転勤される女性。 英語での 90分にわたる講義を英語で成功された興奮を一緒に分かち合ったあの日が昨日の様。12年以上時間をご一緒できたそんな方から 東京にいかれてもオンラインレッスン継続をいただきながらも 節目としてのご挨拶を、昨日ちょうだいしました。

東京の大学に出発してゆく子たちも 夏休みや冬休みの短期講習のリクエストと また あちらで よい英語の指導者に出会えなければ よろしくお願いします。また いつか・・・

と、本当はもうお会い出来ない可能性が大なのに、名残惜しく どこかでまた・・・の余韻の残る春のお別れは感慨深いものがあります。

仕事はビジネスライクに・・・と 肩ひじ張っていた時期もありました。が、 自分自身がビジネスライクな人ではないのに その姿勢は 借りてきたなんとか のようで 不釣り合いです。 馴れ合いはよくありませんが、いつの頃からか お付き合いしたい また出来る方々とは、ご縁を大切にしたいな・・・と思う様になりました。

よく

祖母が言っていた言葉があります。

お客様とのお別れは いかなることがあっても 名残惜し気に・・・に気を付ける。 その姿勢を徹底していた人でした。

人間の不十分な私にはその真似は簡単に出来ることではないながらも、

最近 その言葉の意味が 少しずつ理解できるようになりました。

いい出会いには いい別れ またどこかでお会いしましょうの・・・余韻を残す。たとえそれが 現実にはならなくとも。

そして ご縁がなかった出会いにも どこか余白を残すように の心がけの中には 日本の商人としての知恵があったのだな。と思います。

 

 

おかげさまで面接テスト通過できました。

一次試験合格するはずもない。と インターネットで合否結果を確認することもなく 日常を過ごしていたところへ

一次通過の通知が届き。 まったく 面接試験の練習などと念頭にもなく過ごしていました。

そこへ テスト日一週間後というお知らせが。

一週間で 練習をする人もいるのでしょうが。 私は もう 下手に何かをしても ダメだ。と見切りました。

何もせず 裸状態のまま試験会場へ。

そして 面接会場に行き ある現実に愕然としました。

一室に 19名が 待機。 黒板に19という番号がふってあったのでこれは確かだと思います。

その19名の中 私と同じ世代 もしくは社会人になって長そうな人は 私の他に男性一人。

他 70代くらいの男性が二人。 ・・・と 残り 15名ほどは 学生か または 学生に毛の生えたような・・・20代でした。

その現実に テストを受けて あまり いや 苦労のないとは言わないけれど 勢いのある年頃というのがあるのだろうな・・・と

これまでの自分の数年を思い出しました。

じっと 静かな時間の中で 老いてゆく自分の 脳。 そして 気力 そういったものを伴にしながら 勉強をただただ 諦めずに 机に向かい続けた 夏の午後。

けれども あの時間が 一番 私は 人生の中で忘れられないな。 と 思えたのです。

受かったらああしたい とか こうしたい とかではなくて 少しずつでも 何かを分かってゆくことの楽しさ。

もちろん 自分の残り時間に対する焦りは ありましたが。 でも どこかで 受からなくても この時間が楽しいと 思い始めていた自分がいました。

3人ずつ 呼ばれて 外で少し待ち時間があり 一人ずつ 中に通されます。

中には 英語圏と日本人の面接員が二人座り タイムキーパーが一人後ろにいます。

まず 挨拶から始まり あなたのことを教えてください。と いう流れになります。それから なにげない会話で

次に 5つ テーマを渡され その中から ひとつ 選んで 2分間スピーチとなります。

そのスピーチが終わると その関連に対しての質問 と 計10分くらいの面接でした。

私は 当日は 先進国は石油等の化石燃料を使用することから脱することはできるだろうか? というようなことを選びました。

もっと 簡単に話せそうなこともありましたが この内容は どこかで エッセイで書いたことがあるな。と 思ったので これにしました。

会話等の流れ 構築力は 8割 流暢さ発音等で 9割 そして 私の弱い文法は6割と 今回もまた 一次試験の時の様に なにか得意というか 点数をとれたもので 助けられた感がありました。

これで よいのかなぁ・・・感を残しながらも でも

英検をもう受けなくても良い。 のは正直 嬉しいです。

まだまだ足りないことの知ることの出来た そんな試験でした。 次の目標に進みます。

今度も 自分なりのペースではありますが でも 諦めずに 真直ぐに 仕合せに向かってゆきたいと願っております。

そして この小さなスクールThompson Internationalで ネイティブ講師のかげで、少しでも 皆さんのお役に立てるように がんばります。よろしくお願いいたします。

友情とはなんぞや?

・・・年明けて あっ! という間に 昨日はお雛様。

2021年4月からの学生さんたちのスケジュールを

親御さんたちに渡したり していたら もう 3月かぁ・・・

ちなみに 4月からの子供さん高校生までのグループレッスンは

火曜日 4時 小学生、中 高学年クラス。 5時30分 中学生・高校生クラス

木曜日 4時 小学生、中 高学年クラス  5時30分 中学生フレッシュクラス

金曜日 4時 小学生 低 中学年クラス  5時00分   中学生フレッシュクラス

土曜日 4時30分 中学生・高校生クラス

以上となります。

限られたクラス編成ではありますが、Thompson Internationalに縁をいただけたら 必ず力をつけて卒業していただけるよう努めてまいります。

・・・と。

先日 なぜか 突如 友情とはなんぞや? などと ちょっと考えちゃったりしました。

わたしにとっての 友情 とは いや 友達と呼ばせてもらえる人とは お互いの純粋な部分を分かち合えた相手。 と いうところだろうか・・・ と 思った。

お互いの欠点も 足りない部分も 承知しながら それでも 純粋な部分をお互いに掬い取ることができて 幸運にも続けられた昔からの友達との友情は 間違えなく 代え難いものであり。 しかし 大人になってからの友情は なかなか難しい・・・などとは 思う必要はない。と 最近思う様になった。 大人になったら 喧嘩をして 色々なことを乗り越えての友情は難しいから そこを言うのかもしれないけれど。 大人になってからの友情は 自分に対して原則を持てば 必ずある。のだろ~~~な。 と 大人になってから出来た友人の顔をみて 思う。

原則・・・ かたい言葉だけれど。 やはり 大人になっても純粋な 思いで相手に接することが出来る人とは お友達になりたいな・・・って 思う。 マナーブックとおりの 受け答えをしてくれて そつのない人を 目指すより(あまりにも我の世界すぎる人も困るが) 何かまっすぐに打ち込めるものを持っていたり 相手に対してとか 物に対して 自分の周りにあるものに対して純粋な気持ちを持つことが自然にある人は いいなぁ って 思う。

実用英語試験1級一次試験なんとか合格

この実用英語検定1級・・・正直辛かった。

なぜに 約30年くらい前、1997年に準1級 勢いで合格することが出来たのか?あれは幻覚だったのか?と 思ったほど。受かんないんだもの。

父が亡くなった4年前から 一念発起して受けるようになった この試験。

去年はコロナ騒ぎで受験できずにいたけれど ほんっと・・・ もう一歩のところで受からないの繰り返し。 そのうち 目の衰えと気力がもたない現実が襲ってきたりと 時間との戦いにするよりも こりゃ・・・実力150パーセントなみなみで挑まなければ日の目はみないだろうと腹をきめていた。

先月のテスト 受けてきて 一番よかったときで1点少なくて落ちた素点より5点もReadingとListeningが足りないんだから これまた だめか・・・と インターネットで合否速報も観覧することなく毎日過ごしていた。昨日ポストに通知が投函されていたのも びりびりと封筒やぶって みてみたら 合格の前の不の字がみえない。まさか?と思って もう一回確認したら 合格 と書いている。 驚きすぎて腰を抜かしそうになりました。

あんなにぼろぼろだったのに? なぜ? と 技能別正答数をみてみたら Writingで95パーセントとれていた・・・らしい。

でも こんな流れになると思っていないので 面接試験の準備なにもしていない。 試験は来週らしい。 どうしよう・・・ まぁ 今回落ちても 2回チャンスがあるというから 一回目は 様子をつかみに行ってきます。

今回のこの試験。勉強する楽しさを コツコツと重ねてゆく中で 時間の流れが違ってみえました。 若かったとき ガツガツと見栄や勢いで勉強したときとは違う景色がみれました。 この感覚を一生忘れないで 死ぬまで ずっと 勉強を続けてゆきたいです。そして 皆さんのお役に少しでも立てるように精進してまいります。

私は 読むことの楽しさを、希望される方に伝えてゆきたい。そして 読み書きのなかで 豊かな想像力を養って 楽しい人生を送っていける そのお手伝いが出来たら 今回の人生では それで 十分です。 どうかよろしくお願い申し上げます。

 

エレガント 

エレガントとはなんぞや・・・と、フランスにまつわる本なんかに出てきそうな課題であります。

このエレガントという言葉をなぞっている時は、どういうわけかわたくしの場合、インターネットで中古物件を観覧している場合に多いのです。

この中古物件、特に家具などが置かれていて 生活がありありと伝わってくるようなものを見るのが すごく好きであります。

それらをみながら、ううむ エレガントとは お金だけでは買えないもので また お金とうまい具合に相乗しながら鍛えられていくものでもあるのだな。と 強く思うのです。

1億円以上の物件の中には 頭をふりたくなるほど エレガントなものもあるし。こんなん・・・くれる。と言われても 欲しくないなぁというような 悪趣味の家もあるし。はたまた 何の記憶も残さないような 住まい方もある。と。

その逆で 2800万円くらいの値のついた物件で、住まい手のエレガントな暮らしぶりが 毎日の空気の粒子の中あちこちに美しく残された家もあります。

使い手によりそった形でカスタマイズされた台所。ここにこんな工夫をしたら暮らしやすいだろう。と金づちと釘で作った棚や、心地よく配置された趣味の良い家具。そして優し気に扱われた諸々の形。ときには小さな庭と出入りの出来る扉が台所からの動線に美しく設置されたりしている。

そして 2億円以上のものの中で、おそらく音楽関係の仕事の人の家だろうか。中目黒という洗練された街に建つその家には防音装置のついたオフィスめいた部屋が地下にあり、エレベーターがついていた。西洋式(トイレ、洗面台と共になった)のバスルームも各階につくられた個人部屋に其々設けられ、最上階のリビングルームには目の覚めるようなブルーのゆったりとした長いソファが曲線を描くように置かれ、それをピリリと引き締めるように幾何学模様のクッションがすてきなアクセントととして散りばめられていた。壁面はセンスの良い写真や絵で飾られ、ここで この家の人たちは 本当に寛いでいることが伝わってきた。きっと きちんとした出で立ちで。

そしてリビングルームの階下には食事室があった。食事室と呼ぶのに相応しいような作りなのだ。 台所は 対面式でもなんでもなく 料理をするためのオープンな部屋であり、そして 食事をするテーブルは 食事をいただくためにある。といった具合だった。 洗濯室や、なんとメイドルームというものまであった。 室内から床と同レベルのウッドデッキをつけた半室内ともいえる庭(バルコニー)に出れるのだ。その箱庭が えらく美しかった。

この洗練された エレガントな家は、色々なものを見聞きし それを仕事にし経験し、大きなお金に縁を持てた人が住んでいるものであるのは インターネットの画像からも伝わってきた。

美しいなぁ・・・とため息が出た。

残念ながら 私がこの人のインテリアの何か一部を真似したところで、まったく このようなエレガントな空間は作り出せないことは一目瞭然であり。 私には私にしか出来ない暮らしを コツコツと積み上げてゆくしかないことを 思い知るだけなのだ。

けれど

精一杯の衛生管理と、少しずつ少しずつでも 美しいものに向かって 生きてゆこうとする姿勢の中でエレガントという言葉はもしかすると宿ってくれるのかもしれない。と 思えた。

10万円を出して 一人かけのソファでも それは 素敵なものもたくさんあるし 高級品の部類だと思うが・・・なぜか ビビビッとくるものはないように思うのは私だけだろうか。

私は 私が20代の時に買った 店じまいセールで買い求めた28000円のソファが 死ぬほど好きであり、買った当時から表情のある家具だなぁと愛しく思っている。

この一人掛のソファは私の体の一部と言っても良いくらい。一緒に色々なところに行ったし、生地を張り替えたりして大切に使っているもので死ぬまで使おうと決めていたものである。

が、なぜに ここで 過去形を使ってしまうかというと。

いま このソファをぜひ交換してくれないか?とある人に請われているのである。北欧家具の Hans.J.Wegnerとかいう人のデザインしたレザーの一人掛用のフォルムのきれいなソファで・・・。実は上記の10万円くらいのよくあるタイプだったら 即NON! と言えるのだけれど。さすがに 有名なデザイナーさんの作った椅子だけあって 美しいし 座り心地もまるで宙を仰ぐように気持ちが良い。 ううむ 悩ましく いま 毎日 葛藤しながら 悩んでいる・・・。

 

 

パジャマ

すっかりと ツモリチサトさんのパジャマの大ファンになってしまった。

この 優しい着心地。そして夢のある模様など。死の床でもこのパジャマを着ていたいなぁ。着れるものなら。

これまで シルクのナイティがベストなもの。と 思い込んでいたけれど。

記憶を辿ってみたら 私が小学生くらいの時に愛用していた リンゴ模様のパジャマと質感が良く似ているではないか。

着ぐるみに包まれて すやすやと眠っている赤ちゃんのように 眠れるのではないか?と このパジャマはそんな魔法をかけてくれる。

それが ツモリチサトの世界。 この良さが分かってくるのも 昔の自分に出会い始める ある年齢を越えた醍醐味だろう。

 

Manage (ment)

この Manage どうにかする うまくする 愚かにもする そして 時間をなんとか都合する 処理する 都合をつける。という英語 自分は Money(通貨、交換の媒介物)から 語源はきていると信じているのですが、どうなのでしょう。

・・・これぞ林真理子氏の真骨頂。と、思える本「最高のおばはん」の中で

あるフードライターという職業を持つ30代後半の女性が、20代後半くらいから ずっと ずるずると妻子持ちの人と不倫をしている。おおよそ10年以上のその腐れ縁の相手に、300万円程貸してもらえないか?と頼まれる。その相手は一応そこそこの商社に勤め、部長職であり。持ち家のマンションはあり、一人娘も大学を卒業をしているのに なぜ?と思いながらも これまたずるずると

彼女は父親からの遺産の中からその金額を借用書もなく、銀行を通すと分かってしまうという理由から、その相手に現金で渡した。(恐ろしいことに)

それから一年たつが お金は戻ってこなく。段々と会う回数も減っていく。自分は騙されたのだろうか・・・10年以上の仲なのに・・・と 父親からの遺産がなければ こんなお金のことで嫌な目にも合わなかったのに・・・と タイアップもダメになったような仕事で、キャンセルにするべきであったようなパリの街で、偶然に出会った主人公であるハルコに、上記のようなことを相談してしまう。

すると主人公のハルコ52歳は、こう答える。

「その男のことはどうでもいいけど、300万円は惜しいね」と。

「え?」と驚く彼女に

「私が 300万円は勉強代だったと思って、その男のことはさっさと忘れなさい。とでも言うと思った? 冗談じゃないわよ。300万円貯めるってことがどれだけ大変なことか、よく知っているわよ。最初に事業を起こしたときなんか 別れた亭主に 泣いてお金の打診をした あの屈辱は忘れはしないわ」というような感じのことをセリフにしていたと思う。

そして、彼女はその30代の女性にこう指示する。

日本に帰ったら まず その男のところに請求書を送り、それもきちんとした書式にのっとったやつ。何の感情も入らないやつ。それをとにかく送り付け、そして相手の様子をみるように。と。

もう少し待ってくれ と言われたらどうするんですか? の質問に 「期限をつくる。そうね、今月中にしなさい。払えないって言ったら、マチ金から借りてでも返せ、って言うのよ」と。

そして 彼女は日本に帰り、ハルコから言われたとおりにした。

案の定、もう少し待ってくれと泣きついてきたので、マチ金から借りて返してくれと言い、それから期日までに払ってくれない時は、家庭か会社に話すって言ったんです。そうしたら思わぬ展開になりました。

と すでにパリから日本に戻っているハルコに電話で

なんと 奥さんが利息をつけて借金を返済に来てくれた。その理由は その不倫相手には、ハルコの睨んだ通り、もう一人女がいて、性質の悪い女でうしろにいた男の人が あれこれとせびっていたようです。それでにっちもさっちもいかなくなって、奥さんに泣きついたらしんです。との報告に・・・

ハルコは一言、こう言い放つ。

「今度の場合は、奥さんが向こうからやってきた。しかも下手(したで)に出てるお金っていうのはこういう時に利用したいもんね

夫が借金してなかったら、奥さんはあなたを上から見て嫌味をさんざん口にしたはずよ」

私はこの件を読んだときに、これぞ・・・林真理子だよなぁ・・・となぜだか妙に・・・感心したのをおぼえている。

最近、年を重ねるごとに この・・・お金っていうのはこういう時に利用したいものね。という言葉を自分に・・・ときどき 投げかけながら行動するときがある。

ひじょーに 日常的なことすぎて お話にもならないかもしれないが。先日、こんなことがあった。

ある対面式のお肉屋さんにて、ずっと 買いたかった 牛のもも肉が置いてあった。

いつもいく大金さんにはなくて、ある商店に入っている精肉店にあったのだ。

私は嬉しくなって「このモモ肉、焼き肉にするくらいの薄さで250グラムほどください~~~」と頼んだ。

すると そこのご店主は「これは 塊でしか売れません。それに 牛のモモ肉は薄く切っても使えないですよ。料理になりませんよ」と バシッ!と言い切る。

私は「なんだかね メキシカンの エンチラータとかっていうレシピがあってね。それに 牛モモの薄切りって書いてあったから 作りたいなぁと思って・・・そうなんだぁ この モモ肉って 塊でしか売れないんだ」

と そこのご店主は、原則に従ってといえばそうだし。頑固っていうとまたそうだし。まぁ 柔軟な対応は望めないだろーなーと 分かりながらも 私はその肉をずっと みつめてみた。 3048円。 グラム300円と書いてあるから 1キロくらいかぁ どうだろ。 そのエンチラータで250グラム使って あとは ローストビーフ? それでも 二人でローストビーフ500グラム以上食べるのきついなぁ・・・ あ 食べさせてもらうの大好きっていつも言っている あの人・・・母でも呼ぶか。で、残りの250グラムは カレーか煮込みにする。

っよし!買お! と 頑なに(流されまいと) 背中をみせている そのご店主に

「こちら いただいていくわぁ🌷」と つややかな声で呼びかける。

このつややかな声音の中には どこか 勝ち誇った印象もあるのか。

店主は えっ?と 少しひきつった表情で 私を見返す。そして おどおどと 「すみませんね・・・ お客さんの要望に応えられなくって」と なぜだか 謝りの言葉を述べる。

それに対して 目が笑っていたかどうか不安だが、にっこりと 「いえいえ、これって やっぱり ローストビーフが適切なのかしらね 料理には」と尋ねると「ええ、ローストビーフが一番だと 思いますよ」と 急にてきぱきと答える。 きっと ローストビーフとして使ってもらいたい一心で、この人、この品を店頭に出したのかな?と思うほど。

「じゃあ ちょっとそれにも挑戦してみますね」と ☻塊肉を手にし、その場を離れながら 私は こう思った。

・・・お金っつーのは かく使いたいもんだなぁ・・・ ああ 私に余りあるほどのお金がもし、あったのなら こんな使い方いつもしたい~~~~~! と 心で叫んでいた。

ごちゃごちゃ、しみったれたことを言わずに、金持ち喧嘩せず。言葉は悪いが お金で 多くのことは解決できる。

残念ながら いまの私には お肉単位でのことでしか その快感を得ることは出来ないが。

常に 念頭に このハルコさんの名文句 お金っていうのはこういう時に利用したいもんね を、置きながら 自問しながら生きていくように心がけたいと どこかで 思っている。そうでないと なぜだか お金があるのにお金の苦労をしている親戚のおばさんの様になってしまうのではないか? と、申し訳ないが悪い例で彼女のことを思う時がある。

その叔母は、妾さんのところに行ったきり帰ってくることのなかった夫の死後 多額の遺産が入っても それまで お金は使うものではなく、節約に節約を重ねて、少しでも貯めるものとしか考えなかった故に、使い方がわからないのだ。   人をみると お金が目当てで寄ってくると疑心を抱き。娘たちからは 税金でもっていかれないために 一年に何回か名義変更を強制的にさせられる。と、その娘たちからの攻撃に ただただうちひしがれる 毎日。って・・・ 私は思う。 おばさん。 妾さんのところに行ったきりの夫から 食い扶持を与えられるように 受け取っていたお金から 多くのことを学べと 言われても 時代が許さなかったのかもしれないけれど。

けれど なければないで嘆き、あればあったで苦しみの種にもなりえるもの。が もし お金の正体だとしたのなら。

お金に対する ハルコさんの意気込みは、日常単位からも持ちたいものだと。最近、よく 思う。