スタートしています!

帰ってきたら、木の葉が金色になり始めています。 暑いようでいても秋はもうやってきているのですね。

 

この度、念願のNYに寄ってきました。

NYは 素敵な街でした。 短い間の滞在でしたから、そう思えたのかもしれませんが。

色々なことがあった街の人々は、Happyな人もいれば もちろん Unhappyな人もいました。が、Happyな人の割合が多いように見受けられました。 気取った表現を許してもらえるのであれば、シャガールの1枚の絵のような街角がたくさん集まっているような街。そんな印象を受けました。

そこに暮らす人達がNYを愛している。という気持ちが伝わってきて、観光客の心をとても和ませてくれました。

エドワード ホッパーの絵も、NYで観ると 全く別のものにみえました。

お盆休み13日〜21日

お盆のお休みは 8月13日〜21日までいただいております。

24日まで 受付、わたくし受付担当の水上までも・・・カナダでの法要のために留守にしております。

そのような理由にて

22、23、24日まで 限られたレッスンのみOPENというイレギュラーなスケジュールでのご協力を皆様大変ありがとうございました。

また もしもお問合せをいただいても 24日まで受付音信不通になるご無礼をどうか、どうかお許し下さい。

8月25日より  心あらたに 毎日を磨いていくように皆様がレッスンにおみえになることを、通常のリズムでお待ちしています。

何卒 よろしくお願い申し上げます。

・・・私事ではありますが 先日 父の一周忌を終えました。

親戚の多くが集まり、遠方関西、東京方面から従兄弟の子供たちの代まで連れて来てくれ法要とはいえ、3ジェネレーションとても楽しい時間を過ごすことが出来ました。

お墓に行った際には、お墓は磨かれお花が飾られ 遠目からも輝いてみえました。 この お墓の前で、不良少女Aの14歳位だった私に父は最後の通告というような厳しい気持ちをもって、考えるということを知らなかった人間に、考えさせる機会をもたせるような重みで話してくれたことを、そんなことを回想しながらお墓の前におりました。

お墓参りをすると良いことがある・・・とか 巷では語られていますが・・・ 色々な人が集まり 水で清められ 美しいお花が飾られた お墓は キラキラと輝き 父が 本当に喜んでいるように感じました。

こうなると 生きている私達自身に、よいことがあるとか ないとかよりも 故人が喜んでいる・・・ その喜びだけで 十分ではないか。と 思えた そんな刻でした。

今度は カナダのオンタリオ州オタワにある トンプソンの母のお墓に行ってまいります。

よいお盆の時季をお過ごしください。

 

Laura Knight

雑誌から切り抜いた、1枚の絵を写したページ。

好きだなぁ と 感動して 額に入れて自分の眠る部屋に置いてある。

画家の名前は Laura Knight イギリスの女性画家。1877年から1970年まで生きた方らしい。

こんな 絵を描けるのなら 画家である意味も見いだせるよ。すごいよ。と感じた。

大らかな タッチで 正確な描写 ちょっと着古したサマーセーターの苺のシミまでも 感じるような一枚。

この絵と同じように、玄関アプローチにしても、まるで 本当に 意図をもたなかったように自然な様子で人を迎え入れてくれるような家ってあるのだろうな・・・と 想像をしていた。

コチャコチャとしていなくて 狙いがなくて おおらかに自然に 立派さを誇示するようでもなく 楽しげで やわらかい そんな玄関に この絵は きっと 似合うだろうな。 いやいや 英国を代表する画家の1枚 どこで この絵をみることができるのだろう・・・ 一度でいいから観てみたい。

 

夏の女の子

夏の女の子たちは 皆 それぞれに魅力的だけれど。

個人的には余分なものが何もくっついていない様子に惹かれてしまう。

おもわず 後ろを追いたくなるほど。(変な人ですね)

先日、そんな様子の女の子が ある下着屋さんにいて。

一回目に接客してくれた時は、他にも店員さんがいたから、思わず出てしまいそうな言葉を控えたけれど。

二回目に訪ねた時には その彼女が一人で接客してくれたので。

思わず 口をついて出てしまった言葉が

「前は 他にも人がいたから言えなかったけれど。 ・・・すごく おきれいですね」と 伝えたら

このピンクのバラのように ピンク色に頬を染めて 「そんな! とんでもないです! ・・・でも ありがとうございます」とすごく それまた 奥ゆかしく 控えめでありながら 純粋なその様子が また好ましく思えてしまった。

夏に ポッ と 出現する それこそ デビューする 美しい存在の女の子は 決まって 余分なものが カラリと 何もついていない様子なのだ。 それでも水分が たっぷりとあって、身体の機能全てが うまく循環していて バラでいうなら、よい状態にした土の中で、肥料もうまく行き渡り、根がきっちりとついてくれたそんな元気なバラたちと重なる。

さっぱりとした身なりと、状態のよい身体と、そして なによりも かによりも 意地悪でない心持ちの子は 本当に きれいだなぁ と 夏の女の子は このバラのイメージだ。

少しいじわるなくらいが 魅力に思える人もいるかもしれない。

少し毒々しいくらいの 雰囲気が あっている人もいるかもしれない。

 

でも 私の目には、夏にきれいにみえる女の子たちは みな きまって こざっぱりとしている。

野苺

今年は野苺が実をつけるの、約一月ほど遅かったようです。

散々 実をとってしまってから。 あ 写真。と思って撮ったから

もう ほとんどありません。

今年は ブルーベリーも近場のホーマックで買ってきて植えました。

早速、実をつけてくれているので、いそいそとラズベリーと一緒に毎朝採って ヨーグルトに入れてます。

庭仕事の効用は 意外とあるのかな。と 思うことは。

これ 年齢のせいかもしれないけれど。 ストレスが ここ最近軽減している。ここ最近。 も少しはあったほうがいいんじゃないの? と 思いながらも

翻訳仕事の期日を守ろうと思ってるくらいのストレスで・・・ ほんと見当たらないのだ。

30代 あんなに 肩に力入っていたら そりゃ 疲れたわなぁ・・・と 20年後の自分は振り返る。 生きてみるもんだなぁ と 感慨深く思う。

以前、何かの雑誌で記憶に残る人がいた。特に有名人というわけではなく。人形作家さんか何かだったかと記憶している。

その人が、嫌いな人は 作らないようにしている。 と 言ってらしたのが すごく 印象的だった。 穏やかな こんな 表情の人でも 嫌いな人は作らないようにしている と 意識をされて 気をつけているのだ。 と、いうことは その 行為は 意識の下で 成り立つということなんだな。 と ハッ と させられたのだ。

その心構えを 意識してもつようにしてから 少し 本当に 少しずつ楽になったのかなぁと・・・ 思ったり。

それでも 生活の中で 反対勢力ではないけれど 自分たちの希望を阻む意見の人や できるだけ 関わりたくない人というのは 必ずいるわけで。 その時の 気持ちの整理法は。

考え方の違う人であるのだから 仕方がない。

と それ以上は あまり もう考えないようになってしまった。

だから 成長があまりないのだろうか。

でも いいの バラと 実ものの 庭があれば と思ってしまうのが 庭の効用であります。

 

 

食生活改善

色々、年齢と共に 変えていったほうがいいこともあるようで。

夕食は 軽く、そして 出来れば 夜7時ころにはありつきたいもの。とそれを 一週間のうち数日はめざしてます。 最近。

朝は しっかりと 昼もしっかりと そして 夜は軽めに・・・で いこうか。と、ところで 皆様 お仕事されている方って

お昼はどうされているのですか?

お昼って お弁当だと 自分の作るお弁当は どうにも 余り物の詰め合わせ感が強くなり 食後も 味気ないのですよ。

で、美味しいものを! と 思っても ランチに 1500円以上 月のうち 毎日となると それが 一人ならまだしも ×二人となると う〜〜〜む と なるし。 ましてや、この 円山地区では 美味しいランチで評判のところは 満席のことが多い。

かといって コンビニのものは あまり 食指がわかず。

サンドウィッチ または おにぎり屋さん・・・となるのかなぁ。

この お昼を 充実したものにするための皆様の工夫を知りたいくらい。難しい。

一番の理想は 会社食堂 ではないけれど 仕事場に 簡易型キッチンがあり、そこで お味噌汁だけでも作れるとかできたら いいのになぁ・・・と 思ったり。

そうだ 先日 面白いな 真似しようと思ったのが

トラネコボンボンの料理本 の お弁当編に なんでも おかずいっぱい おにぎり というものが紹介されていて。 1枚の ピッカピカの大判の海苔の上に ごはんを のせて そこに 冷蔵庫の副食 きんぴらごぼうとか 佃煮とか 汁気のないものを ちょこちょこと 置いて また ごはんを軽くかけて それを 海苔で 包んだもの。

それを 家から持ってきて 具沢山のお味噌汁でも 仕事場で作れたらいいのになぁ・・・と。  仕事場をなんだと 思っているのか と 怒られそうだけれど。 理想だなぁ・・・

あ。 でも いまは 接点はないけれど、存じあげたことのある方で

美術商のお仕事をされている方がいました。 その方は 数人従業員のいるようなオフィスに きちんとキッチンを作り そこに 腕のよい料理人と契約を結び 週のうち 会社にいるときは そこで料理を作ってもらって お昼をとる。と おっしゃっていました。

斬新的ではあるけれど 理にかなった 発想だと感心した記憶があります。

皆がタモリさんになれないかな。

タモリさんという人は、35年間生放送を続けた芸人さんですよね。すごい人ですね。

平日の昼だから 週5日は 出社しつづけるんですよね。間違いなく。

そういうことが出来たのは、あの人の性格に由来すると 知っている人は言われるそうですね。

あまり ものごとに執着のない人。だとか。

こうでなければいけない。とか、いちいち 怒らないのだそうですよ。

すごい人ですね。すごいなぁ〜〜〜 と 思いながらも。

皆が皆、タモリさんになっちゃったら 困るよね。とも思ったり。

あの人がそうゆう人であれたのは、先天的なものもあるでしょうけれど。 周りが仕切り 彼という 商品を売り出す お膳立て 企画というものを ちゃーーーん と してくれたからだと思うし。

この 自分が もしも 執着をなくし。自我をすべて 打ち消し。流れるままに なったのならば ものごとが 運びませんな・・・と。

何かを しようとするときに そこに向かって 行動を進めますね。

そのときに 自分の 置かれてる立場って あるんだろーなー と。

シャカシャカと 連絡をとったり 段取りしたり なんだりしたりとしなきゃいけない立場の人なのに 大きく構えていては 何も始まらないようで。

でも・・・ 傍から見ている人にとって 自分の目的にしゃかりきになって相手の都合より 自分を優先させる様は、非常に幼稚にみえるということも分かっていたほうがいいのだろーね・・・きっとね・・・と、自分を反省することもあるのですよ。

しかし、わたしは タモリさんの真似もできないし。しては いけない人。と 割り切りながら

実現化のために、ことを進めていく時に スピードや ゴリ押しや 希望や 要望 を あちこちに 散りばめながら タモリさん的心構えを 持っていたほーが、人に 嫌気は与えないだろうね。きっと・・・と 俯瞰したものも 持つように最近は、心がけてます。なかなか うまくいきませんが。

バラを植えた理由

そうか そういうことだったのか。・・・と、それまで花を育てたことなど皆無だった自分が 何かに誘われるように 神の計らい(図らい)に従うかのように 中古で買った家の 砂利を敷き詰めているだけのまるで工事現場だったような箇所に 8立米の土を運んでもらいトンプソンと二人土を移動して、バラの苗を買って植えたのが 4年前。

なぜに 自分が庭で雑草を抜いているのか よく分からないながらも 土を触っていると 気持ちが癒やされていくのが気持ちよくて。そうしているうちに 味もそっけもなかったところに 庭が出来て 鳥の餌やりBOXなど設置したぐらいにして 天気の良い日は 朝にバラを切りトンプソンのおかあさんの写真の隣に 飾る。

するとおかあさんが とても喜んでいるような光が 差し込む。

そうか・・・ そういうことだったのか と その光を見ながら 神の図らいっていうか そーゆーものが 世の中にあるとしたのなら。

4年前 なぜか わからんけど バラを植え始めたのは このためだったのかもしれない。と 思い始めてきたりして。

ときどき 年を重ねるにつれて 思うことがあって。

自分の意志とか なんとかよりも なにか 目に見えない力によって 自分が動き その時を 繋いでいるだけのように 感じたり。

そう 思えるようになってから なんだろう あまり ものごとに執着をしない方がよいのだろーなー とか。 そこに留まらない 癖っつーか そういう ように 流れていって はい お終い。 って ならないものだろうか なんて。 思ったり。

ありがとうございます。

あるとき私は、大いに真面目でありながら冗談めいた口調で

「Yさんなら きっと原価率30%までが鉄則の飲食業で70%以上は素材に遣っているような気がする。それくらいのバランスだと思う」

彼女 Yさんは 自嘲気味に でも笑いながら「アツコさん・・実はそうかもしれない・・・」と告白されていました。

これは 彼女が飲食業だけではないことからも収入を得ているから出来ることであって・・・一本だけなら それは 商売として成り立たないってことくらいは いくら世間知らずの私でも 分かるようにはなってきました。

札幌って 都会なんだなぁと ときどき そんなお店に出会うときに思います。

人が集まっても 歴史がないと 時間がかからないと 実現しない豊かさがあるかと 思います。

彼女の場合は受け継がれてきた贅の中で培うことの出来た彼女の感性や資産を、いち 消費者である私に その 内容を 鷹揚に提供してくれているんだなぁ ありがたいものだなぁ と その空間や 美味しい一皿に 感謝しながら 私は 時に そこにいることがあります。

一方では、ゼロから築いても一生懸命身体をつかうことと、ピッカピカの笑顔とよい気を配ることで 商売繁盛させようとしている人には 必ず応援団がつくものだなぁ・・・と 感心することもあります。

 

先日、大変こじんまりとしたパーティをスクールでした時に、私達のスクールが できることは 限られていることかもしれないけれど

16年前の あの時よりは いまのほうが 豊かにはなっているかも・・・しれないな。と、思えたことでした。

すごい利益が出た。だな〜〜〜んてことは まず 私達のこの業種ではないことですが。 でも、なんだろう 時の中で 出会いがあり 別れがあり あるときは 人と和解できないこともあったでしょうし。 また あるときは 人との結びつきに感動したり。 そんな時間を繰り返し 繰り返し 繋げてきた 結果である。まるでご褒美のような、時の豊かな厚みを感じたのです。

そんなことを 考えていた 今日の午後。

11年前に うちで フランス語を教えてくれていた ベルギー出身のジェロームが 奥さんと子どもとで札幌に10日間帰ってきていると、おみやげを持って顔を出してくれました。

ハンサムな24歳だった彼も35歳のパパさんで。 ベルギーでは 乗客を運ぶ飛行機のパイロットの仕事に就いて7年目になり、今度は家族でカナダに移住を考えているらしい。

いろいろな人と 出会い 別れの摂理・・・それでいいんだよな・・・ 私達の仕事は いかに どのように 人と気持よく 別れてゆくか。それが 仕事であるように思える。 いい人と出会い、そして 別れてゆくことが 私達の最高の財産なのかもしれないと思うようになってきました。それゆえに 先日のある夏の パーティの時間に そんな方々のあたたかさや気持ちを感じたのかもしれないです。でも それを感じれるようになるのに わたしにとっては これくらいの時間が必要だったんだな・・・と これまで続けることのできた幸運と出会いに 頭が下がるような気持ちになりました。

ありがとうございます。

 

豊かさ

7月1日 夏のパーティに参加いただいた皆様 大変ありがとうございました。

いい時間を私達もいただき 感謝申し上げます!

パーティ費用 1500円をいただいておきながらも 色々と作ったり 頼んだりしているうちに 予算大幅オーバーになってしまい 皆様に300円の寄付をお願いのご協力を 重ねてお礼申し上げます。

 

親に言われ続けたことがありまして。 自分たちの本業以外のことには儲けをいっさい考えるな。と パーティなどお楽しみ会はその最たるものということでした。

最初はその教えの意味がよく理解できずにいましたが、重ねているうちにその通りと思ってきました。 利益を介さない良さは 自分たちも楽しめるから その方が楽しいのです。

でも 酔っぱらい状態の 私とあと約もう一名。ご無礼な点がありましたら どうかお許し下さい。

 

美味しいお料理を頼んだ 円山山草の熊木さんのプロの味。おとなりのおばあちゃまの熟練の味。そして 私のアマチュアの味。 3つの特色で お食事は皆様 楽しんでいただけたでしょうか。

また 次回はクリスマスあたり になるのかな 楽しみにしています。

Thank you!