手仕事 Handwork

芸能人で手で人を魅了しているな。と 思う人は 近藤真彦。

あの人は おそらく 自分の手が 多くの人を魅了する事を知っていて

決まって 写真のポーズは手を顔のあたりにおいてる1枚がある。

ああなってしまうと 芸能人だから仕方がないにしても いやらしーなと ちょっと笑ってしまうけれど。

自分にも 男の人の手の好みがあり、

ペンより重いものを持ったことのない人の手には全く関心がなく。

口で 論で 稼ぐ人の手 トランプ大統領のよーな手は まず みとれることがない。

かといって 身体を酷使している方の手は 思わず あまりムリしないでねと マッサージをしてあげたくなってしまうし。

ふと みとれてしまう人の手は 職人さんの手なのかな・・・と 先日思った。 自分の手の行く先がわかっている手先。 美しいね・・・と 思う。

手先の美しい人の手 白魚のような手にも憧れるけれど

動く 所作の できてる手 は みていて 惚れぼれとすることがたまにある。

そうそう 先日 長年の夢だった ミーレの食洗機を自宅にとりつけた。 3年越しの夢が実現した。が、 そうか・・・と愕然としたことがあった。 食洗機に頼ってしまうと 料理の質が違うものになる気がした。 どこか 無機質な感じを受けた。

料理をしながら こまめに洗い物をしてゆく その動作が 料理に弾みをつけてくれるのに 食洗機にどうやって容れてゆこうかを念頭に置きすぎてしまうと 日本の家庭料理の 良さが消えてしまうような気がした。

食後のお皿は 機械に頼るにしても 調理の間は なるべく手を使おうか・・・と

雑巾がけ 糠味噌をつける手 洗い物をする手 自分の手は

そうだ 誰かが こう言ったことがある。

身体に似合わず 労働者の (あ いえいえ と焦って 訂正し) 働き者の手なんですね。

ずっと コンプレックスだった そんな手も 今年は 肌荒れが少なく済んでホッとしているところです。 それも 美容好きの義妹が 安い化粧水でいいから 必ず 水仕事のあとには つける習慣を持つといいですよ。 と 教えてくれたから。

大好きなものをいただいた

先ほど 20年ほどお付き合いをさせていただいているステキな女性が 颯爽と赤い車を走らせておみえになった。

大きな袋を持っていらして なにかと思ったら

落ち着いた頃かと思って〜〜 と 軽やかな声音で

ナパに行ってきた時に 美味しかったシャンパン と あっちゃんの好きなポプリのもの そして このあいだ 一人でハワイでゆっくりしてきたんだけれど そこのホテルのコーヒーねちょっとだけれど と お花 お引越し開店おめでとうございます♪

と・・・

いつも いつも 彼女の洒脱さには 脱帽するしかなくて・・・

あたしゃ・・・ 今朝 野苺摘みながら ジンセー基本のきに帰ろうねと思ってて。

でも 彼女のよーな 生きる上級選手のような お手本のような人が身のまわりに いてくださることに 感謝しながら これからは 基本を省みながら 少し 背伸びして ああいう人になりたいなぁ というお手本の真似もできたら と あああ 生きているうちには もう 無理かも 次回 生まれたら ああなりたい というような人と この世で もう少し 会って 死にたいな。 そんなふうにも思えた 本日の午後 あ 曇り空・・・ また 雨かな・・・

棚卸し

今年は 庭のラズベリーの実がつくのに 通年より2週間ほど遅かったかと思います。

各地で大変な災害にあっている方々を思うと、寒いとかなんとか 文句は慎むべきと・・・そんな中、遅くはありながらも 赤い実のなる木をみて嬉しくなりました。

遅くても 自然の摂理で 実がなれば 花が咲けば それは幸せ と

あれることの幸せを深く思いました。

数十年前 自分がまだ20代であった頃に きれいな花束をみながら

深い溜息とともに 「咲かない花っていうのも あるんですよねぇ・・・」 と 蕾のままに終わってしまう花もあるんだよなぁ とポロリと口から出たことがあります。

それを隣で聞いていた 自分より年配の女性が 大笑いしました。おかしくておかしくて 仕様がない といった様子で。

いま 思うと あれは わたしが 自分の様子に その咲かない花をみたてて ふと 吐露した言葉に 彼女はなんともいえないおかしみを感じたのだと思います。

その頃の自分は きっと 咲きたくて咲きたくて仕方のない なにかの花だったのかもしれません。 けれど 咲き方が分からず なにをどうして どうやったら うまくいくのか分からずに もしかすると 自分は 花をつけることもなく終わってゆくかもしれないなぁという焦りを抱えながら 生きていた ただ ただ 上をみて。 下を足元をみることを知らない そんな22歳だったと思います。

野苺も 生きてさえいれば いつか遅くても実をつけるってもんです。

それで いいんじゃないかなぁと 野苺をみながら思います。

今朝 野苺を ひとつひとつ 摘みながら

これからの自分に必要なのは 自分を棚卸しして これまで 足りなかったことのひとつでも 改善していけたらよいな・・・と 庭の片隅で思いました。

例えば 小さな遅刻を 少しでもなくして 時間通りの人になりたいな。(小刻みに 3分 5分と 遅刻してしまう人は なぜか 自分の周りの 幸せそうな人 または お金と楽しく付き合っているような方々の中にはいないことに 気づいてしまったのです・・・)

例えば 払うべきお金は 出船のように 待ってましたとばかりに きれいに出すようにしたいなぁ ( これは 自分は プライベートビジネスの方々には意識して努めていますが 税金だけは どうしても ぎりぎり いや 期日をちょっとすぎて支払ってしまう あかんところがあります。 これを 改めないとあかんなと思います)

明治生まれの 商売人の鏡のような曾おばあちゃんが言っていた言葉のなかに。

「お金は生き金を支払う気持ちが大切だ。人間っていうのは きれいにお金を払ってくれるところには いい品を持って行きたいって思うもんだよ。払わなければならないお金は 出船が待ってましたと出るように払うもんだ。 そうすれば お金持ちにはなれなくてもな お金に見放された生き方はしなくてすむ」 というのがあった。

自分は そんな祖先の言葉を どれだけ 実践できているのかと

出来ていないことだらけじゃないか・・・ と 苺をつみながら涙ぐんでしまった。

上をむいて むいて 咲かない花があると焦っていた あの日から

野苺を摘みながら 足元をみて 出来ていないことの棚卸しをして、これからは 少しでもましにしてみようかと 思えたそんな朝でした。

ふと・・・

ふと・・・ 思うことなのだけれど

生きてるうちは 元気いっぱい それこそ ポジティブに 生きたホーがいいに決まってる。

なのに それが できないのって なんなのだろーか?

身体がしんどいから・・・

がっくりするよーな ことも 生きてりゃあるから・・・か?

それでも  生き惜しみしないような人っていたりするから 不思議だ。

先日 カレーを囲んで 集える方たちで 雨の晴れ間にお集まり会をしました。

パーティと呼べるようなものではなく おかまいできませんが まあまぁ 食べていってください♪ というような。

それでも また 次回 お集まりいただける方 お集まりください^^

次回は 鶏のローストを囲んで を テーマにしようと思ってます。

雨の日は靴を選んで それなりに 過ごしたいものです。

しかし 新しい場所の自分の机から 雨の降る眺め 雰囲気 悪いものではないなぁ と しとしと 落ちてくる雨模様。

先ほど Andrewのレッスンが終わり 新しいHPの為に

写真を撮り合いました。

新しいスクール 新しいHP そして また 月日は流れて

雨の日も雪の日も そして 最高にお天気に恵まれる一日も やってきて。 私達の時間は 流れてゆきます。

英語って なかなか なかなか 苦しいくらいに 進歩に時間のかかるものですね。 もちろん 才能に恵まれた人は たくさんいて あちらで 暮らした方もいらっしゃるから 一概にはいえませんが。

私は 本当に 苦労 苦しいです。 英語が好きなら もっと もっと 進歩しているかと思いますが 自分の得手ではないのでしょうね。 好きな人は もっと もっと 有利に進歩が早いはずです。

先日 もう 自分には無理だから 止めてしまおうか・・・と通訳学校に行くことを やめようかと 思いました。

3年も通っていれば 少しは進級してしまうのですが・・・ 先日 少し負荷をかけようという試みからか かなり 難しい地球温暖化と金融政策について・・・ コンビを組んだ方が 振替で 上級クラスから出席していたのだと思います。 あまりにも 自分の出来なさに 自分が劣っているということに 情けなく 悔しく・・・ もう 心が折れそうでした。

また・・・ 自分は通訳学校には通っているが 通訳者には絶対になれないしなるべきではないと 決心しているのです。 向いていないのです。 でも その練習は トンプソンの家族のために役立つということから始めたことでした。

しかし・・・ そのような志の低さで 身を置けるような場所ではないなここは・・・と 前回は 自分を追い詰めてしまいこのように落ち込みました。

とはいえ悔しいから 家に帰って 真剣に反復 復習をしてみたわけですよ。 復習をしてみると いやはや まいった こんな難しい話し方 内容を ある人は 瞬時にわかり また ある人は 理解する力を養っている理由から、短く理解に繋がるのですよ。

自分には その力は おおよそ足りないのだ・・・ と 分かるしかないのですよ。 芸能ニュース 料理とか そういった 話に関心の高い私には 到底、金融政策、はたまた 惑星とのからみで地球温暖化が進んでいるなどと まった〜〜〜く ちんぷんかんぷんな糸口のないお話となってしまうのです。

少し 落ち着いたら 落ち込みとともに 仕方ないじゃん・・・と開き直ってきて・・・ どうやったら 続けられるか それには 周囲に迷惑がかからない程度に 自分のペースを持つことだな・・・と 思うことにしました。 周囲に迷惑がかからない程度 というのは 予習よりも復習をしっかりとして わからないことをわかるのを喜びとしていく図々しさをもつことだ。と。

Thompson Internationalも これから 終わりの日までどのように変わっていくのかなぁ と 思った時に、国家予算の話を通訳するとかそういったクラスは 到底 持つことは ここには なくても、そういった話を 読み理解するクラスは 設けたいなと 思っています。

そういった話を理解し もっと 欲をいうと それについて意見を書けるようになると そういった 会話が 表面上には出てこなくても 会話をする時に ものすごく 役立ってくれると思います。

それが 次の10年の目標なのかもしれないな・・・ と

こんな自分もなんとか めげずに やっております。 それを みなさんとも 分かち合えたら 幸いです。

 

 

風薫

風の薫る季節がやってきました。

6月に神社のお祭がある頃に ようやく札幌には夏が訪れ8月の末にはもう秋の風が漂うのですから、これからの毎日が本当に本当に北海道の私たちには貴重に思えます。

その薫りの中で 先日 お茶の先生に 「とても爽やかなお点前をされるようになりましたね」と お褒めの言葉をいただけたのです。

風が気持ちよいことも手伝ってくれたのですが、おそらく その前に

英文の読み書きの練習をお願いしている H先生に ようやく ようやく 1年と半年経過して 突き返されずに済むものを提出でき、思わず信じられずにえっ!?と確認をした出来事がありました。

その嬉しさが お点前にも映ったのであろうと思います。

自信・・・って 自分を信じるって こんな 点 点 という具合に繋がり ちょっとした幸せを生むのだろうか。と お点前をしながら感じました。

ふと 今朝 山の自宅の庭の景色を眺めながら、この景色を 風の薫りをあと何回 感じることができるのだろうか・・・。と 西城秀樹さんの訃報を耳にし感傷的なことを朝から思ってました。

続けても 続けても 結果の出来てこない自分に嫌気がさし、かといって 昔みたいに勢いをつけて見栄のために何かを得るといったよーな気力も体力もなくなり。じゃあ どーすんの? といったら 続ける以外ないっしょ・・・と なにもかもが 混沌とした中で 時には 諸事情が発生し 集中したいことに集中できない 言い訳をみつけてはイライラして。

そんな 中途経過の一コマにそんな瞬間が、風薫と共に訪れました。

これから 札幌はとてもよい気候に包まれますね。

みなさま ひとつ ひとつを 大切にお過ごしください。

オープンDay

先週の土曜日は急に春めきました。🌸

お花 お菓子 やお気持ちをいただいた方へ向け 感謝を込めて ワンパターンのバナナケーキを焼き、コーヒー やワインなどのお飲み物を用意して 開けていました。

クラフトコーナーも ありの。

皆さま 和やかな時間を持っていただけましたでしょうか。

人がたくさんいた時に 写真を写す余裕がなく。 最後の片付けのときに 手伝っていただいた方々と  おにぎりやお菓子を食べながら写真を数枚とる始末。

よい時間をありがとうございました。

Thank you

なんとか 移転先に落ち着きました。

色々とあり、移転が一週間早まり 嵐のような 数にちを過ごしている間に お花 チョコレート スゥイート なぜか ワインなどが 届き そして なによりも 皆さまの笑顔が届くことが 一番の喜びでした。

諦めも受け容れることの大切さを知りつつあると 人様の ご厚意 ありがたい笑顔 やさしさが 身にしみてきます。

 

ありがとうございます。

皆さまの お役にたてるように 務めてまいります。

今後共よろしくお願い申し上げます。

もうすぐお引越し

気が付くと もう3月がそこまで・・・

引っ越し です。

 

人様のご厚意というのは 特別なものだと ことを終える度に思うものです。 あたたかいお気持ちというのは 大変稀有な ありがたいものではある故に お受けすると 驚きのほうが勝る 今日このごろです。

ずいぶん 人間がすれてしまったのか・・・ それとも 当たり前レベルに追いついてきたのか。

いづれにしても まだまだ 50にして天命を知る には 程遠く。

それにしても 寒いですね。 いつ 春の訪れが 北にはやってくるのでしょうか。

暖かくするように 気をつけて お過ごしください。

妄想→野心→青写真

この数ヶ月間、実家へと毎月引っ越しのための片付けに通っていた。

先日は、力仕事も必要とトンプソンも一緒に おおいに働いたと思う。

で。片付けに精を出しながらも切手とか 外貨とか 記念貨幣とか テレカとか お宝も頂戴することを忘れない右手に 林真理子さんの30年以上前の作品も数冊手にとった。

札幌で夜寝しなに読む本にピッタリで面白く、読ませてもらった。

それにしても あの尖っていた時代の林さんの書いたものを改めて読んでみたら。

あたしなど この人の筆にかかったら こてんこてんに馬鹿にされて書き捨てられるくらいの対象だったろーなー。いや ネタにもされないかな・・・と 苦笑いしながら その当時の空気感を読んでいた。

野心 野望 上昇志向 ピカピカのマーブル 毎夜のように イタリアン ふぐ フーディ(新しい英語らしく グルメの意味)なレストランに行きたがる傾向。

あれから30年弱。そのどれもが いまの時代に そぐわなくなっている。

平和 循環型社会 癒やし 精神性 心の時代 無垢材 健康食 家ごはん 毎日を丁寧に。

けれども なぜだか 林さんの書いた文章は 時代遅れの要素を持ちながらも 面白く読めるのは 青写真を持つ 持ちなさい! という普遍のメッセージが漲っているからなんだな。と 思う。

野心を持ちすぎて 潰れてしまうことは多々あるけれど。 青写真を持たない生活に希望は薄い ってのも なんとなく分かるような年になった。 もっと早いうちに持っておけばいいものを。この年になってやっと分かるのが 成功者と 一般人の差なのね・・・と。

と、ここのところの 一般人のこの私の青写真は。

18年ほど お世話になった いまの場所を出るにあたって 現状回復義務を果たさなければならない可能性が高くなってきた。 正直いうと8ヶ月前に描いていた 居抜きのまま次の人が引き継いで敷金はほぼ返ってくるという 自作のシナリオとは違ってきてしまうのだ。 理由は、オーナーさんが次の人には 家賃の値上げをするということから。それまでいた希望者も恐れおののき、辞退してゆく。

当然 私の憤懣 不満は 出て行くものに対しての態度など どうでもよいというよーな管理会社に向けられた。

2年半前に辞めてしまった担当の人の印象が良かったせいで、いまの人たちに辛口の態度になってしまう私の印象も 相当よくないだろーけど。

なんだか や〜〜〜な印象を管理会社に持ったのはそれは事実、 でも いい時もあったのだから。まっ もう いいや 流そう 抗うのはやめよう 放っておけと 今日思った。 これが いまの 自分の次の青写真である。 淡々と なるべく 価格のおさえた業者さんに スケルトン工事をお願いし。 期日通りに さっさと 出る。 嫌味のひとつやふたつを言いたいところを その我儘をひっこめて お別れしよう。

お金は 敷金だけじゃ足りなくて かき集めなければならないだろーけど その流れならその流れにのることだ。 それだけの ちっちゃな青写真が出来るまでに

まず 亡くなった父のことを思った。 父ならどういうか・ あと 自分が かねてから すごい人だなぁと 尊敬している女性がいる。 その人は 私より1つか2つしか上じゃないはずなのに 何かあったときに 自分は 彼女ならどうするかということを 思う時が多い。 年が近いから 自分が恥ずかしい真似をしそうになるときに すごく参考になる。 その方は いま 一年中旅をして暮らしているような身の上を楽しんではいる。が、 あるとき ポツリと こんなことを言った。「裁判所にも2回か3回足を運ばなければならない、いやあな経験もしたけれど あれも いま考えれば とてもいい経験だったわ」と。 色々とあるんだろうなぁ 彼女のような大きなお金に関係のある人なら 人の嫌な部分とも付き合わなければならないこと 多々あったのだろうなと 推察できる。 でも それを 乗り越えた彼女は とても優しく 人を許せる 大きな包容力で 人生を大きくエンジョイしている。 私のようなレベルのことを 彼女なら どう操縦するのだろう どう 切り替えて 対応していくのだろうか と、器は違っても人生行路の指針はその人の考え方に向いてしまう。

と、ハヤシマリコさんの 作家としての野望、華やかな人生風景の青写真と 比べてみると 私の青写真は いつも そんなところどまりである。 自分のエゴ、欲、我儘 そのあたりと どう付き合ってゆくの?と・・・ そんなレベルなのであります。

本音を言うと ハヤシさん羨ましいです。