エレガント 

エレガントとはなんぞや・・・と、フランスにまつわる本なんかに出てきそうな課題であります。

このエレガントという言葉をなぞっている時は、どういうわけかわたくしの場合、インターネットで中古物件を観覧している場合に多いのです。

この中古物件、特に家具などが置かれていて 生活がありありと伝わってくるようなものを見るのが すごく好きであります。

それらをみながら、ううむ エレガントとは お金だけでは買えないもので また お金とうまい具合に相乗しながら鍛えられていくものでもあるのだな。と 強く思うのです。

1億円以上の物件の中には 頭をふりたくなるほど エレガントなものもあるし。こんなん・・・くれる。と言われても 欲しくないなぁというような 悪趣味の家もあるし。はたまた 何の記憶も残さないような 住まい方もある。と。

その逆で 2800万円くらいの値のついた物件で、住まい手のエレガントな暮らしぶりが 毎日の空気の粒子の中あちこちに美しく残された家もあります。

使い手によりそった形でカスタマイズされた台所。ここにこんな工夫をしたら暮らしやすいだろう。と金づちと釘で作った棚や、心地よく配置された趣味の良い家具。そして優し気に扱われた諸々の形。ときには小さな庭と出入りの出来る扉が台所からの動線に美しく設置されたりしている。

そして 2億円以上のものの中で、おそらく音楽関係の仕事の人の家だろうか。中目黒という洗練された街に建つその家には防音装置のついたオフィスめいた部屋が地下にあり、エレベーターがついていた。西洋式(トイレ、洗面台と共になった)のバスルームも各階につくられた個人部屋に其々設けられ、最上階のリビングルームには目の覚めるようなブルーのゆったりとした長いソファが曲線を描くように置かれ、それをピリリと引き締めるように幾何学模様のクッションがすてきなアクセントととして散りばめられていた。壁面はセンスの良い写真や絵で飾られ、ここで この家の人たちは 本当に寛いでいることが伝わってきた。きっと きちんとした出で立ちで。

そしてリビングルームの階下には食事室があった。食事室と呼ぶのに相応しいような作りなのだ。 台所は 対面式でもなんでもなく 料理をするためのオープンな部屋であり、そして 食事をするテーブルは 食事をいただくためにある。といった具合だった。 洗濯室や、なんとメイドルームというものまであった。 室内から床と同レベルのウッドデッキをつけた半室内ともいえる庭(バルコニー)に出れるのだ。その箱庭が えらく美しかった。

この洗練された エレガントな家は、色々なものを見聞きし それを仕事にし経験し、大きなお金に縁を持てた人が住んでいるものであるのは インターネットの画像からも伝わってきた。

美しいなぁ・・・とため息が出た。

残念ながら 私がこの人のインテリアの何か一部を真似したところで、まったく このようなエレガントな空間は作り出せないことは一目瞭然であり。 私には私にしか出来ない暮らしを コツコツと積み上げてゆくしかないことを 思い知るだけなのだ。

けれど

精一杯の衛生管理と、少しずつ少しずつでも 美しいものに向かって 生きてゆこうとする姿勢の中でエレガントという言葉はもしかすると宿ってくれるのかもしれない。と 思えた。

10万円を出して 一人かけのソファでも それは 素敵なものもたくさんあるし 高級品の部類だと思うが・・・なぜか ビビビッとくるものはないように思うのは私だけだろうか。

私は 私が20代の時に買った 店じまいセールで買い求めた28000円のソファが 死ぬほど好きであり、買った当時から表情のある家具だなぁと愛しく思っている。

この一人掛のソファは私の体の一部と言っても良いくらい。一緒に色々なところに行ったし、生地を張り替えたりして大切に使っているもので死ぬまで使おうと決めていたものである。

が、なぜに ここで 過去形を使ってしまうかというと。

いま このソファをぜひ交換してくれないか?とある人に請われているのである。北欧家具の Hans.J.Wegnerとかいう人のデザインしたレザーの一人掛用のフォルムのきれいなソファで・・・。実は上記の10万円くらいのよくあるタイプだったら 即NON! と言えるのだけれど。さすがに 有名なデザイナーさんの作った椅子だけあって 美しいし 座り心地もまるで宙を仰ぐように気持ちが良い。 ううむ 悩ましく いま 毎日 葛藤しながら 悩んでいる・・・。

 

 

パジャマ

すっかりと ツモリチサトさんのパジャマの大ファンになってしまった。

この 優しい着心地。そして夢のある模様など。死の床でもこのパジャマを着ていたいなぁ。着れるものなら。

これまで シルクのナイティがベストなもの。と 思い込んでいたけれど。

記憶を辿ってみたら 私が小学生くらいの時に愛用していた リンゴ模様のパジャマと質感が良く似ているではないか。

着ぐるみに包まれて すやすやと眠っている赤ちゃんのように 眠れるのではないか?と このパジャマはそんな魔法をかけてくれる。

それが ツモリチサトの世界。 この良さが分かってくるのも 昔の自分に出会い始める ある年齢を越えた醍醐味だろう。

 

Manage (ment)

この Manage どうにかする うまくする 愚かにもする そして 時間をなんとか都合する 処理する 都合をつける。という英語 自分は Money(通貨、交換の媒介物)から 語源はきていると信じているのですが、どうなのでしょう。

・・・これぞ林真理子氏の真骨頂。と、思える本「最高のおばはん」の中で

あるフードライターという職業を持つ30代後半の女性が、20代後半くらいから ずっと ずるずると妻子持ちの人と不倫をしている。おおよそ10年以上のその腐れ縁の相手に、300万円程貸してもらえないか?と頼まれる。その相手は一応そこそこの商社に勤め、部長職であり。持ち家のマンションはあり、一人娘も大学を卒業をしているのに なぜ?と思いながらも これまたずるずると

彼女は父親からの遺産の中からその金額を借用書もなく、銀行を通すと分かってしまうという理由から、その相手に現金で渡した。(恐ろしいことに)

それから一年たつが お金は戻ってこなく。段々と会う回数も減っていく。自分は騙されたのだろうか・・・10年以上の仲なのに・・・と 父親からの遺産がなければ こんなお金のことで嫌な目にも合わなかったのに・・・と タイアップもダメになったような仕事で、キャンセルにするべきであったようなパリの街で、偶然に出会った主人公であるハルコに、上記のようなことを相談してしまう。

すると主人公のハルコ52歳は、こう答える。

「その男のことはどうでもいいけど、300万円は惜しいね」と。

「え?」と驚く彼女に

「私が 300万円は勉強代だったと思って、その男のことはさっさと忘れなさい。とでも言うと思った? 冗談じゃないわよ。300万円貯めるってことがどれだけ大変なことか、よく知っているわよ。最初に事業を起こしたときなんか 別れた亭主に 泣いてお金の打診をした あの屈辱は忘れはしないわ」というような感じのことをセリフにしていたと思う。

そして、彼女はその30代の女性にこう指示する。

日本に帰ったら まず その男のところに請求書を送り、それもきちんとした書式にのっとったやつ。何の感情も入らないやつ。それをとにかく送り付け、そして相手の様子をみるように。と。

もう少し待ってくれ と言われたらどうするんですか? の質問に 「期限をつくる。そうね、今月中にしなさい。払えないって言ったら、マチ金から借りてでも返せ、って言うのよ」と。

そして 彼女は日本に帰り、ハルコから言われたとおりにした。

案の定、もう少し待ってくれと泣きついてきたので、マチ金から借りて返してくれと言い、それから期日までに払ってくれない時は、家庭か会社に話すって言ったんです。そうしたら思わぬ展開になりました。

と すでにパリから日本に戻っているハルコに電話で

なんと 奥さんが利息をつけて借金を返済に来てくれた。その理由は その不倫相手には、ハルコの睨んだ通り、もう一人女がいて、性質の悪い女でうしろにいた男の人が あれこれとせびっていたようです。それでにっちもさっちもいかなくなって、奥さんに泣きついたらしんです。との報告に・・・

ハルコは一言、こう言い放つ。

「今度の場合は、奥さんが向こうからやってきた。しかも下手(したで)に出てるお金っていうのはこういう時に利用したいもんね

夫が借金してなかったら、奥さんはあなたを上から見て嫌味をさんざん口にしたはずよ」

私はこの件を読んだときに、これぞ・・・林真理子だよなぁ・・・となぜだか妙に・・・感心したのをおぼえている。

最近、年を重ねるごとに この・・・お金っていうのはこういう時に利用したいものね。という言葉を自分に・・・ときどき 投げかけながら行動するときがある。

ひじょーに 日常的なことすぎて お話にもならないかもしれないが。先日、こんなことがあった。

ある対面式のお肉屋さんにて、ずっと 買いたかった 牛のもも肉が置いてあった。

いつもいく大金さんにはなくて、ある商店に入っている精肉店にあったのだ。

私は嬉しくなって「このモモ肉、焼き肉にするくらいの薄さで250グラムほどください~~~」と頼んだ。

すると そこのご店主は「これは 塊でしか売れません。それに 牛のモモ肉は薄く切っても使えないですよ。料理になりませんよ」と バシッ!と言い切る。

私は「なんだかね メキシカンの エンチラータとかっていうレシピがあってね。それに 牛モモの薄切りって書いてあったから 作りたいなぁと思って・・・そうなんだぁ この モモ肉って 塊でしか売れないんだ」

と そこのご店主は、原則に従ってといえばそうだし。頑固っていうとまたそうだし。まぁ 柔軟な対応は望めないだろーなーと 分かりながらも 私はその肉をずっと みつめてみた。 3048円。 グラム300円と書いてあるから 1キロくらいかぁ どうだろ。 そのエンチラータで250グラム使って あとは ローストビーフ? それでも 二人でローストビーフ500グラム以上食べるのきついなぁ・・・ あ 食べさせてもらうの大好きっていつも言っている あの人・・・母でも呼ぶか。で、残りの250グラムは カレーか煮込みにする。

っよし!買お! と 頑なに(流されまいと) 背中をみせている そのご店主に

「こちら いただいていくわぁ🌷」と つややかな声で呼びかける。

このつややかな声音の中には どこか 勝ち誇った印象もあるのか。

店主は えっ?と 少しひきつった表情で 私を見返す。そして おどおどと 「すみませんね・・・ お客さんの要望に応えられなくって」と なぜだか 謝りの言葉を述べる。

それに対して 目が笑っていたかどうか不安だが、にっこりと 「いえいえ、これって やっぱり ローストビーフが適切なのかしらね 料理には」と尋ねると「ええ、ローストビーフが一番だと 思いますよ」と 急にてきぱきと答える。 きっと ローストビーフとして使ってもらいたい一心で、この人、この品を店頭に出したのかな?と思うほど。

「じゃあ ちょっとそれにも挑戦してみますね」と ☻塊肉を手にし、その場を離れながら 私は こう思った。

・・・お金っつーのは かく使いたいもんだなぁ・・・ ああ 私に余りあるほどのお金がもし、あったのなら こんな使い方いつもしたい~~~~~! と 心で叫んでいた。

ごちゃごちゃ、しみったれたことを言わずに、金持ち喧嘩せず。言葉は悪いが お金で 多くのことは解決できる。

残念ながら いまの私には お肉単位でのことでしか その快感を得ることは出来ないが。

常に 念頭に このハルコさんの名文句 お金っていうのはこういう時に利用したいもんね を、置きながら 自問しながら生きていくように心がけたいと どこかで 思っている。そうでないと なぜだか お金があるのにお金の苦労をしている親戚のおばさんの様になってしまうのではないか? と、申し訳ないが悪い例で彼女のことを思う時がある。

その叔母は、妾さんのところに行ったきり帰ってくることのなかった夫の死後 多額の遺産が入っても それまで お金は使うものではなく、節約に節約を重ねて、少しでも貯めるものとしか考えなかった故に、使い方がわからないのだ。   人をみると お金が目当てで寄ってくると疑心を抱き。娘たちからは 税金でもっていかれないために 一年に何回か名義変更を強制的にさせられる。と、その娘たちからの攻撃に ただただうちひしがれる 毎日。って・・・ 私は思う。 おばさん。 妾さんのところに行ったきりの夫から 食い扶持を与えられるように 受け取っていたお金から 多くのことを学べと 言われても 時代が許さなかったのかもしれないけれど。

けれど なければないで嘆き、あればあったで苦しみの種にもなりえるもの。が もし お金の正体だとしたのなら。

お金に対する ハルコさんの意気込みは、日常単位からも持ちたいものだと。最近、よく 思う。