気働き

この気働きのまったく出来なかった(現在も・・・おそらくその傾向あり)自分が言うのもいかがなものかと思うけど。

女の子は、多くのことが例え出来たとしても、この気働きの全く利かない子は、あかん。と 思う。

気働き、気を働かす。 ということ。 なぜに これが 出来ん? と 自分に問いかけてみながら これまで生きてきたけれど。

ほんと・・・ 若いころから これが 出来ている人は、違うのよ。違うの 色々なことが。

一度 ほんと―に 気働きが もう少し出来るようになれないものかと 夜のホステスさんとかに弟子入りしようか。とまで、思ったくらい。 きっと あちらから断られたかとも思うけど。

灰皿持ってきて。と 言われたら ライターも 一緒に持ってくるのは今時、時流ではないにしても、書くものある? と言われたら 当たり前のように 紙とペンを差し出すとか。 石田光成じゃないけど お茶は最初の一杯は少しぬるめに、次は熱く。とか 何かしていただいたら まず最初のありがとう。そして 次に会った際にも その節は・・・とありがとう。と 記憶に留める。とか、あるお茶のお家元の 娘さんは、 お母さんから どなたかに偶然にでも会った際には、その方に何か お世話になったことはないか? と まず 一目散に 考えるように。それから挨拶と 教えられた。とか。

これは 家庭環境が ものを言うのだな・・・と 思ったときに 随分 我儘放題に また いくら親が教えてくれたとしても 聞く耳を持てなかった 私は 自分の失敗からしか学ぶことが出来ない。という 随分 遠回りで損な生き方をしてしまっている。と、思う。

そんな風に思っている中。

昨夜 小学校6年生の女の子を 窓際のカウンターで 読み書きを教えていた時に。

今 この寒中、外で仕事をなさっている方々がいて、その中に毎日、道路に立ち棒や旗を振って頑張っている女の子がいる。

その娘さんが、昨夜 5時近く(もはや暗い中) スクールの前の窓は大きい。外から 棒を振るようにみえたが あれは単に手を振ってくれていたのだろう。 私と 教えているRちゃんは 「なんだ?なんだ?」と 彼女に それでも 手を振り返す。すると彼女が近くに寄ってきて 手袋をスクールの前で拾ってくれたのだろう その手袋を 私たちの方にみせてくれた。 するとRちゃんが 「・・・あ・・あたしのだ」と呟いたきり、 動こうともしない。

私は  すかさず 立ち上がり、 Rちゃんの首、襟元を(お母様には申し訳ないが、昔の 猫をつかむような形で) ガシッとつかみ。

「Rちゃん! そういうときは まず 立つ! そして自ら近寄り、お礼を 言うもんだよ。 拾ってくれた人が なんで あんた(お母様には 怒られてしまうかもしれないが 幼稚園から来てくれている 彼女には どうしても 他人事とは思えないなにかを感じてしまった)の方に 歩み寄って持ってきてくれなきゃいけないの! そういうときは まず 自分から行く! そして まず ありがとうございます! そして 外で寒い思いして仕事をされている人には 寒い中 ご苦労様です! と言うんだよ。さあ 行くよ!」と すっかり大きくなった体を引きづるようにして 外に出て お礼を 二人 頭を下げた。

・・・と なぜに この子は 体が パッ! と動かんの? と 私はしばらく 不思議に思っていたが。

きっと 自分もこの子のような少女だったんだろうな。と 思いながらも いや 昭和は もう少し 子供も 大人に混じって こうしなきゃ ああしなきゃ。とか考える 環境があったようにも 信じたいが。どうだったのだろう・・・。

いま この時代、親が厳しく躾けたい。とか思っていても 社会が色々面倒をみてくれるようになってしまっているのだろうか。

社会の雰囲気が なんつーか 人を鈍感にさせてしまっているのではないか?

私はある 光景を思い出した。

10年くらい前だろうか 東京で地下鉄に乗っていた時に、乗車してきた女の子のバッグが扉に挟まってしまった。

女の子は叫んだ。 私は何かと思って ハッ! とそちらを見た瞬間、その中で すぐに体を動かしその子を助けた男の人が一人いた。 なんと 扉を力ずくで開き バックを中に入れてくれた スーパーマンだった。 その人が誰だか 私にはすぐに分かった。

なぜかというと その人が乗車してきたとき、 とても原始的な表情をした 目つきの鋭い人で ちょっと  怖かったからだ。

しかし その人は 実は 感度の優れた人だったのだ。 ・・・驚いたことに、信じられなかったが・・・彼以外の 他の男の人たちは その出来事が起こった瞬間、後にも、 スマホ(その当時は携帯?いや スマホかな?)をみながら ずっと下を向いていた。

その光景をみたときに ゾッとしたのを、今回の出来事とはちょっと違うけれど 少し重なって 思い出した。

鈍感になりすぎている 自分を振り返ってみる価値は この時代 重要だと 思った。