縁 繋がり そして 運

昨日、ある方の葬儀に参列させていただいた。

お別れに行きたいと思わせる、そういう方だった。

冷静に考えると、前のスクールの内装の解体工事をお願いしたことが基本にある間柄でしかないことから言えば、告別式に伺うほどの濃さでもないように捉えられるけど、縁のある方で、そして、とても後味の良い気風の方だった。

スクールの荷物を、自分のとこのトラックだしてやるよ。と、空っぽのトラックに荷物を次々と、解体作業の延長のような放り投げるような粗さではあったけれど、積み上げて、数ブロックさきの新設の場所まで運んでくれた。

その後も、鏡を吊るしてくれたり色々なことをしてくださった。

で、スクールの2階に引っ越ししてきた母の住まいの仏壇の下に棚をもちろん有償でお願いした。とても良心的な価格で腕の良い大工さんの息子さんも助手に連れて、その棚は出来た。その後にも、色々なものを金づちと釘で 取り付けてくれたり。 結構大変なこともあったと思うから、それに対して お代をと求めても、こんなんに代金もらったらばち当たるよ。と、一笑して背中を向けた。

そのHさんが、1月29日の少し気温の緩んだ日の朝に、南区にある自分の作業場へ朝7時に行き、そこで亡くなっていた。と、連絡をくれたのは共通の知り合いのMさんだった。

このMさんは、偶然にもHさんの高校時代からの友人で、私も20年前くらいから不思議な縁で繋がっていた。更に、なぜにHさんに解体をお願いする運びになったかというと偶然にも、Hさんは、トンプソンが尊敬して止まない素晴らしい腕を持つ大工さんのH君のお父さんなのだった。

この頃、とてもとても強く思うのだけれど。

人と人との縁が繋がれてゆくときは、ものすごく 強烈な縁を持つ相手が必ず、その渦のなか。というかサークルの中にいて。

私たちは その中でビーズの様に繋がって、お互いの誠意や思いやりや、または 友情であったり、情を交わし合ったりしてゆくのだろうかと。

この数十年を振り返ると、夫との出会いも含めて、自分にすごい影響力を持つ結果となった相手というのは、多くの人々が、お付き合いは考えた方がいいと思う。と、忠告をしてきた。…、と苦笑いとも、それこそ一笑で、吹き飛ばすようにも。いまとなっては、その忠告してくれた方々の多くとは、皮肉にも縁が遠のいてしまった。その付き合いを考えた方がいいと言われた相手の一人は、夫となり人生の山あり谷ありを一緒に過ごしてくれている。そして もう一人のMさんは。自分の人生に多くの影響を与えてくれた人だった。と、いまならハッキリと断言できる。

Mさんは、確かに普通の人の一般的な常識からいくと、お付き合いするには、ちょっと腰がひける相手かもしれない。

バブル経済の真っただ中はバブルの泡の中で生きたような人。と、私が初めてMさんと出会ったときは、その勢いを、バブル景気がはじけた後でもまだ、どこか引きずっていて。その勢いをどこにぶつけてよいのか分からないような様子だった。

でも20以上年の離れたその方は、不思議な縁のある人だった。なにというわけではないが 色々なところで繋がった。また、別に男と女の関係になるはずもないようなこの私を相手に、よく心にかけてくださったと思う。

そして、ある時、日本の法治国家権力に自分は牛耳られるのはまっぴらごめんだ と 運転免許停止となっていた免許証でずっと運転をし続けていたことで、ついに塀の向こう側に1年近く入るということを、人づてに聞いた。

私は、もうMさんとは会うこともないんだな…と 思いながらある日、交差点を歩いていた。

そうすると、向こう側から A子さーーーーん!と 大きく手を振って近寄ってくる人がいる。まるで子供のような まっすぐな笑顔で、近寄ってくる。

私は その瞬間に分かったのだ。 ああ この人との縁は強いんだな・・・ その満面の笑顔をみたときに、全てを諦めたように 降参したように 私は、悟った。

わ! Mさん!! Mさん! 刑務所に入ってしまうって聞いたんですけど、ホントですか???

と 言葉の運び方を知らない私は、あられもない言い方をし尋ねた。その失礼な質問にも少し笑った顔のまま、そうだよ 明日から行ってくるよ。と答える。

えええ!!明日からって なんか普通に スーツケースなんか持って仕事しているじゃないですか。と驚く私に そりゃそうだよ 色々と迷惑をかけてしまうから その前にやることだけはやっておかないと。と。

Mさん、少し時間あるんですか?もし あれでしたら そこでコーヒー そして ケーキ食べませんか。今日は私がおごります。 これまで たくさんMさんにお世話になって、ケーキくらいじゃ足りないけど。行く前に ケーキ!食べましょ! と 苦笑いのMさんと、店内でしんみりとコーヒーとチョコレートケーキを前に話したことを今でも忘れられない。

あちらでじっくりと本でも読んできますよ。と言い残して、それから 本当に1年間、Mさんは姿を消した。

そして 1年が過ぎて数か月くらいした時に、Mさんは同じ笑顔でスクールにふらりと現れた。

背広の肩の線が合っていないことがすごく印象的だった。 痩せたけど いいダイエットになったよ。と、衰えたという印象は全くなかった。

それからの数年は、Mさんは口では言わないけれどきっと、大変だったと思う。まず免許をしばらくとることを許されないから 歩き、公共の乗り物とで仕事をし、これまでのMさんの様子とは一転した。そして自分で会社をしばらく起こすわけにいかず、それでもMさんの能力が欲しい人はたくさんいて、仕事先には事欠かなかった様子だけれど、やはり良い相性のパートナーと出会うまで少々時間がいったように覚えている。

その時、自分なりに何か恩返しができないかと、自分たちは前の中古の家をMさんを通して購入することにきめた。 そうしたら そのことをMさんは 口ではあまり言わないけれど、誰かに 感謝しているというようなことは言っていたらしい。

しかし、その後のMさんの仕事での発展ぶりは、もうそんな私ごときのちっちゃな温情など鼻にもひっかけられないような勢いをみせることとなる。

いま、Mさんの…(言葉は 悪い響きかもしれない)が、地上げ いや 土地開発の土地は、この札幌で多くみられると思う。

この15年くらい Mさんの仕事の仕方、不可能を可能にかえてゆく人って実際にいるんだ。と、驚くほどの交渉力。そして不思議なありかたを みせてもらったと思う。 少し 危険なくらいの 一本の細い綱の上をものすごい集中力で渡ってゆくその姿は、すごい金額を動かしているのだろうけれど、当の本人は全くお金に執着しない。お金を、この人はみていないな…と 驚くことが重なった。

前のMさんは知らないが、刑を終えた後のMさんは、前もそういう性質の人だったのかもしれないが、自我をどこかへ置き忘れたようなくらい、自分で万屋のようなことやってますよ。と、言うくらい、一銭の得にもならないようなことに、目を輝かせて奔走していた。人の問題解決に精出して仲介し、そして、本当にこの人の頭の中はどうなっているんだろう。と、思うくらいの頭脳の回転の速さと、彼独特の交渉能力で多くのことを解決してゆく。

夫がこう言ったことがある。Mさんだけは、自分の知らない日本人だ。と。

20年近く年月が過ぎる中で、なぜか、Mさんとは交流が続いている日常がある。接点などほとんどないはずなのに。いや、土地をめぐっての接点があったのか。そうか、そういう接点があるから繋がっている。いや、それだけでは ないような気にさせるのがMさんという不思議な人だ。

2年近く土地を探している中で 笑いあり、涙ありの思い出の中で、売りに出ていないのに気になる土地がありMさんに相談した。売りに出ていないその土地の持ち主が神奈川に住んでいることが分かった。なんとMさんは色々な情報を(いま個人情報で色々うるさいのに)たどって、神奈川のその土地の持ち主の家まで実費で2回足を運び、交渉してくれた。残念ながらその土地は縁がなかったけれど。その後、また売りに出ていない土地の持ち主を口説きおとしてくれて、今、自分たちの終の棲家がそこに建っている。

そして、気づくと、建築士さんも 10年くらい前にMさんの紹介で知り合ったKさんに繋がり。なんだかわからないけれど、あのずけずけと色々なことをお構いなしに聞いてくる、おかまいなしにしゃべくりまくるMさんが中心に自分の交流関係が回っているような錯覚に陥るくらい… 現在の自分にとって大きな影響、運を与えてしまっている人がそのMさんという人だった。

かなり話が 長くなってしまいながら、一体、何を言いたかったかというと。

一人の個人に影響を与える相手というのは、どんな人にも必ず一人か二人はいるように思えてならない。

それは両親で始まる人もいるし、親との縁が薄い人も、成人まで生き伸びることが出来たら、誰かに必ず会ってゆく。その時、私の場合は、どういうわけか… 正よりも負の要素が多いようにみえた相手の方が後の自分への影響がある相手たちだった。それが果たして、良い運気を運んできてくれる相手とは全面的には言えないかもしれないが、影響を与えてくれて、自分との人間関係を育ててくれた間柄でいてくれた。

それが人との縁なのだと最近、抗わないようにしている。どんなに恋焦がれる相手だって、縁のない星のもとではもう、どうしようもない。そして、どんなに素敵だなと思う相手でも(男女問わず)、相手の方が自分をどのようなポジションに置いておきたいのか。それは必ず尊重しなければいけないと思っている。

そんな中でも、自然なほど、何か強い力で縁のある人というのがいてしまう。それならば… 人間関係はもう、その中で精一杯の誠意と友情を交換し合ってゆけばよいのではないかと。その要となる人を軸にそれに纏わる縁を出来る限り、大切にしてゆけば良いのかもしれない。と、思うことがある。

幼稚園からの幼馴染。小、中学校からの友達も、そういう人たちの一人なのだと最近よく、思う。

HさんとはMさんとの繋がりの中で出会ったような形となり、これまでも続いていた。

本当によくしてくださったと思う。いい思いでしかない。

だから、最後のお別れに行きたいと思うそんな相手だった。