それぞれのイソップ物語 トンプソンインターナショナル

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    それぞれのイソップ物語

    イソップ物語の原作は読んだことがないけれど。

    田辺聖子さんの 訳した(という言い方が相応しいのかどうか・・・)ものを、読んだことがある。

    それによると 動物界のそれぞれの個性をおちょくり描写し読者を笑わせながらもこの世界に神が創造したモノたちの中で完璧であるものなどいないのだ。と、いったそんなメッセージ性を含んだ物語であったように記憶している。

    ある時、私にしてはまとまったお金が入ったことがあった。

    その頃は、こういったスクールも始める前で、ついでに時間もあった。

    そのお金を、自分なりに 何か記憶に残るものに遣おうかという意識が働いた。いまより20年位前。若かったので、守りの意識が今より20年分くらいなかった。

    一ヶ月間、イギリスのオックスフォードに行くことに決めた。

    ついでに オックスフォード大学の夏期講習なるものを受けてみることになった。

    そこに行ってみると、世界中から優秀そうな人たちがやってきていた。

    日本人勢にしても 東京大学卒、日銀勤務。とか 大手企業の研究者とか そんな人達が あれ きっと 企業の方でも ある程度勤務したプレゼントというような感じで、30代最初の頃の彼らにこれからも頑張れよという褒賞として1年くらい会社のお金で海外留学出来るんでしょ?きっと。そんな人達が数人いた。そして、国立大学とか有名私立大学あたりの奨学金制度をGetして留学を果たしたというような大学生たち。そんな構成だった。

    オリエンテーションが終わり、そんなエリートと呼ばれる人種と毛色の違う私は・・・それなりに考えた。さて この 構成の中で どの辺りに身を置くか・・・と。

    と、そんな策士めいた思いを張り巡らせようが、張り巡らせまいが

    きちんと その人にあたわった その人の イソップ物語は ちゃ〜〜〜んと 始まるのだ。意図の時を待たずして。

    いつの間にか 日本人同士も、イタリア人も そしてパレスチナから来ていた女の子も平和そうな日本人グループといたほうが、なにかといえば論議をもちかけてくる違う国からの留学生よりも一緒にいて楽だと気づいたのか。 ふと、気がつけば日銀から派遣されている才女。家族より早く留学先に到着し、独身時間を 遠慮がちに楽しみつつあるような お坊ちゃんがそのまま大きな企業ですくすくと純粋培養されたような好感度の高い技術職の彼。彼らは会社が費用持ちの学位留学。

    大学生のメンバーは横浜国立大学から奨学金をもらって来ている男の子。九州の大学から自費で留学してきた白い目と白い歯が際立つ育ちのよさそうな女の子。そしてもう一人の女の子がこれまたぶっ飛んだタイプの子で。有名私大から費用が出て、デンマークに学部留学する前にオックスフォードで研修を受けに寄っているという子だった。大学の友人たちに避妊道具を餞別としてたくさんもらって来ていると自虐ネタをよく言っていたな・・・そういえば。

    そこに、一年前からいるようなメンバーも加わり 時々 共に食事をするような日々が続いたある日。

    パレスチナの女の子が、シリア料理の美味しいものを出す店があるから皆で行こう。という提案をした。

    それでは 行きますか。と、上記のようなメンバーでゾロゾロと行ったと記憶している。

    そして 料金を払う段階になって 皆現金で出しあったものを 横国から留学費用が出てきている男の子が集めた。そして 彼は クレジットカードで決済をしようとしたのだが、そのカードが使えなくなっていたのだ。

    結局 その時の彼の費用は 皆で出しあったのか どうだったか 忘れたが。 帰り道、テクテクと 帰るとき、私と、その彼と九州から来ている女子大生が並んで歩いていた。

    その性格も安定していて育ちの良さそうな女の子が彼にこう尋ねた。

    「Y君。どうしてこんなことになっちゃったの?」

    「奨学金が入るまでのつなぎに カードで支払っていたら もう 利用金額がオーバーしちゃっていたみたいで。ごめん 皆に迷惑かけちゃって」と 彼は 下をむいて トボトボしている。

    そこで 「あ! だから あんた← (こういう言葉遣いをするのは このうちで 私ぐらいのものだった) 最近 小刻みに ちょこちょこ 私に お金借りに来ていたんだ!」と ここ一週間ほど

    寮に、彼が 非常に微妙な額のお金を2回くらいに分けて借りに来たことを思い出した。返せとも言いづらいような 額というのが一番困るよな と思いながら 貸したのを思い出した。

    その夜の私は、ただお人好しなだけのこのオバサンならお金を貸してくれるだろうなと 甘くみていた彼に対して この先も善意ある態度で接しようとはさらさら思っていなかったはずなのだ。

    これまでの貸したお金のことは忘れてやるから 飲まず食わずでも 奨学金が来るまで なんとかやれ! くらいで見放すつもりでいたはずなのである。

    それが 私という 本来の人間だ。

    そうだったはずなのだ。なのに なにが どうなって わやになったのか。

    私は 彼に借用証を書かせて 奨学金がつくまでの つなぎ資金を貸していた。

    なぜに そんなことになったのか?・・・と思い起こしてみると

    こういうことだった。

    同じくして彼の横を歩いていたまだ二十歳かそこらの女の子が・・・こう ポツリと言ったからだ。

    「それは、どうにかせにゃあかんねぇ。そういうお金のことはもっとしっかりしなければいけないよ。でも 現実として 困る状態にあるのだから アテにしているそのお金がつくまで お金を立替えてあげるように 自分の親とも相談してみようか・・・」と。

    私は ガツンとくるくらいの ショックを受けた。 そのコリスのような可愛らしい女の子の 思考の純粋さ 優しさ 白い歯と白目の美しさは 彼女の人柄を形容するのに十分な代物だな と 一瞬でも彼を見捨てようとした自分を恥じた。

    そして 前を歩く 日銀の才女も研究者の彼も そんな せっかくの長期ホリデー これまでの社会貢献への対価とばかりに謳歌しているこんな麗しい時に そんなしみったれた次元の低い話に関わり合いたくないだろうなぁ・・・と 眺めた。 ましてや 毎晩のごとく Y君をパブに引っ張り回していたイケイケの彼女については そんな景気の悪い話には一切関わり合いたくないという態度を露わにするだろうな と、はっきりしていた。

    それに較べて、この 彼女は 20歳そこそこで

    親御さんの育て方が よほど いい子なんだろうなこの子。と 感心した。

    私は 彼女の その素晴らしい考え方を 自分のものとしたいとばかりに

    「いいよ Mちゃんも 他の皆もまだ この先 一年間 学位や学部留学しなきゃならないんだから お金のことで とやかくもめたくないっしょ。 その点 私は あと 2週間もいれば日本に帰るのだし。それは Y君も一緒(彼は一年前から留学していて 私と同じ頃に帰国するメンバーだったのだ)だから、日本で しっかり 彼に返済してもらえるし。借用書も書いてもらうわ」

    と・・・

    そして 私は お人好しのちょっとおバカな人という イソップ物語でいうなら 何の動物だろ?  イタチあたり? そんな立ち位置に、ちょっと善意を持つ勇気ある人。というようなものを加わえたのだった。

    しかし、私はその時に、本来の自分というものを知っているが故に、この アフォリズムをしっかりと心に刻んだ。

    「人は積極的に善行を果たす人など殆どいない。 なぜかしらの偶然でその時に そうするしかなかったから という 経緯だけで 人は善行を為すのだ」と。

    だって 誰もいなかったのだ。

    20歳そこそこの女の子にそんなことさせて、自分が黙っているわけにもいかんし。 あの お金の負が生じそうだなぁと思った時に みせる当たらず障らずといった 距離感を持つ 聡明な人たちにお金の打診をするなど 彼も期待薄そうだったし。

    と、翌日 私は彼を部屋に呼びつけ 自分の書いた借用書に

    名前と日付を書かせた。 そして 日本に帰国し1ヶ月以内に振り込む口座も教えた。

    その時 私は こう 偉そうにY君に言ったのだ。

    「Y君、お金を貸すには口も出すけどね。借金を返すときは 1000円からでも返すという考え方大切だよ。一気に返そうとするから 返せないっていう考えもあること伝えとくよ」 などと 親から借金をする場合の心構えと口酸っぱく言われ続けた言葉をそのまま 偉そうに 言い放っていた。

    話はそれるけれど。 うちの母親は変な教訓を 私たちに言い続けてきたと思う。 お金を得ることと 同じくらい 借金の怖さ 更に 借金返済の心得というものを 子供に厳しく 恫喝するがごとく言い続けてきたような人だった。

    それから 彼の 色々な話を聞かせてくれた。

    お父さんが横浜で事業をされていたけれど、一時期は羽振りがよかったものの、バブル経済が破綻した頃 会社も傾いて 蒸発し、お母さんが彼と弟を育ててくれたこと。 彼は勉強がある程度出来て、奨学金で横浜国立大学で勉強しているということ。

    「そうか・・・偉いんだなぁ・・ これからなんだから がんばってな」

    と、彼は それから2週間後の私の出発の時、朝早く起きて バス停まで送ってくれた一人だった。

    それから 数カ月後 銀行にお金は振り込まれていた。

    その後 年賀状が届くようになり、そのうち結婚しましたというマンションの引っ越しカードが届いた。

    いま FBで 子供二人としっかりした感じの奥さんに囲まれた 禿げ上がった頭の彼が 笑っている。

    大学生だった 彼は その後 養護学校の教師となり しっかりとした奥さんと出会い 幸せにやっているようだ。

    あの時のメンバーでつながっているのは 彼一人だけ。 他の人達とも会ってみたいなぁと時々思う。

    それぞれのイソップ物語の中で それぞれの 役割を眺めていたような。 あの時間をいまに持ってきたのなら それぞれの 役割は どう変換されるのだろうか。

    癒しのいじられ役の羊さん。利己的なおサル。大物のサイ。

    純粋なウサギちゃん。ちょっとだらしないけど善良さを持ち合わせているカバ君。 いい人ぶりたいお人好しのイタチ。

    それぞれのイソップ物語で それぞれの役を生きているのには 変わらないだろうけれど。 役回りは変わっていると思う。

    Y君も いつまでも 大学生のままではない。 私もいつまでも お人好しだけで生きていられるほど この20年は 甘くはなかったように。みな どうなっているのだろうなと 思うことがある。