教誨という題名の本

柚月裕子さんの書かれた教誨という本を、思い切って読んでみた。

ヘビーそうな内容の本は、ここ最近、気も体力も心もとなかったので全く読む気にならなく、年末からずっと枕元にありながらもページをめくることはなかった。

やっと読み始めたと思いきや、柚月裕子さんの本は毎回 一気に読めるというのに。この本ばかりは 何晩もかけて 僅かずつしか読み進むことが出来なかった。

題材は、我が子を含め二人の幼児を殺めた死刑囚のこと。 モデルは あの何年か前に橋から我が子を突き落としその後に他人の子に手をかけてしまった人のことだろうか・・・と か でも ここ数年 あまりにもそのような事件がありすぎて・・・どの事件の容疑者もそのモデルとなり得るのではないかと思えた。

気の沈むような内容のストーリーに、読む意味があるのだろうか?と疑問を抱えながらも、それでも じりじりと毎晩 数ページずつ読み進めていった。

ある箇所で、やっと これまで読み進めてきた理由に出来るような そんなくだりがあった。

教誨の役割を担う、お寺の住職さん(であったと思う、本がいま手元にないので記憶はあやふやです)の言葉で、 この世に一度も罪を犯さず生きている人間など、あなたも私も含めて誰一人としていない。(といったようなのだったと またここも記憶が・・・)

私は この言葉に改めて出会うために、この重苦しい一冊を手に取ったのかもしれない。と思えたほどに その通りだな・・・ と思えた。

この人気作家の重いテーマの作品は、わたしにこの言葉を投げかけてきた。

昨夜は 札幌、大寒波の真ん中に。猫は一番いい席を譲ってくれませんでした。

 

 

台湾のかっこよかった女性

コロナが始まる年までと、台湾に続けて訪れていました。

理由は東京の知り合いが台湾に精通していて、台湾出身の東京在住の人と予定を合わせて、とても楽しい手作りツアーを催してくれていたからです。

2年続けて、それはそれは美味で楽しい旅をさせていただきました。

その旅のユニークだったのは、東京在住の台湾出身の趙さんは元軍人さん。それも幹部級の人で、台湾でのその旅には故宮美術館やポーピリャオ歴史街区諸々の他に中世記念堂の衛兵交代式や 更に軍事色の強いツアー、例えば軍機ミュージアムや戦時に関わるようなものも結構組み込まれていて ^m^;。もっと興味深かったのが夕食は 地元の人がこぞって行くような所が毎晩予約されていてそれも楽しみの一つであり、本当に美味い! その一言につきる場所を毎晩用意してくれた。それがリピートして参加した理由かもしれない。

そこには必ず趙さんの知り合いが一人か二人招待されていて、趙さんの知り合いといえば当然軍関係の人たちで、軍隊司令部のトップの王さんという方などは 台湾のテレビに 中国との危機感などを語ったりするのによく出ている人らしい。 また とても素敵な人であった。声がたまらなく素晴らしいのだ。その方の他に大学で国際政治やまた戦略研究会の理事長なる方もいたり・・・なんとも台湾の防衛への意識の高さを毎晩教えられる。平和ボケしてしまっている私や夫のトンプソンなどには 英語でもお話しくださるのでなんとも刺激となり有事への準備を考えさせられる・・・ しかし 目の前には台湾の美食が並び 国家危機を語られても、その時は身の引き締まる思いで傾聴していても、甘ちゃんの 日本人とカナダ人がそこにはいる。

そんな旅の中に、毎回組み込まれていたのが 海辺の料理屋さんだった。

海辺にある村へ行き、そこでは海鮮物が売られている市場がある。自分の好きな店で好みの海のものを買い求めて、その店が経営している食堂で調理してもらうといった処だった。

そこの店主さんは女性だった。きっとご主人が漁師でその人が売っているのだろうと思う。

その女性は褐色に焼けた肌を活き活きとさせて働いていた。威勢が良かった。そしてスタイルもよかった。髪の毛が長くストレートで艶々していた。その旅のリーダーのHさんが色々と選び、そして 食堂の方に坂を登って歩いていく誘導をしてくれた。 食堂は簡素な造りだったけれどとても清潔だった。キラキラと輝る海が一望できた。西日が強い店で 暑かったのを憶えている。 けれど扇風機くらいしかなく 暑い中で料理人たちが強い火を使い調理している姿が店を入ってすぐにみることが出来た。台湾の料理屋の面白い造りで、台所を前に置くというのがあった。 前に置いて 常に見えるようにしている店が流行っているように感じた。 その台所は決まって清潔に扱われていた。

料理が次々と出てきて 舌鼓を打ちながら 食べてゆく そんなリズムの似合う空間だった。

坂の結構急な場所にどのように買った魚を運んでくるのかな? 車? と思っていたら 女主人のその人は小型バイクにまたがり魚を次々に下にある市場から運んできていた。

勢いがあり、働くことに燃えるその姿は 文句なく美しかった。

褐色に焼けた肌は 美白?という言葉を知らずに生きてきた人のもので。ピンッ!と余計なものを塗らずにいる人独特のそれだった。 美容家たちは それが肌への一番の大敵と言うのだろう。 確かに 若い時はいいけれど年を重ねたときに肌の老化が云々とおどろかされると・・・私たちは当然日焼けクリームを塗り、日傘などをさし、もっと美意識の高い人なら長い手袋や 色々と策を尽くすのだろう。

が・・・

その浜辺の女性が命を輝かせて生きている姿の前で、黒装束で身を纏い数年後の肌の状態を心配して生きている マンションの窓もUVが危ない などとは 恥ずかしくて 言えないのではないか。と 直球に思った。

それぞれの立場の中で それぞれの生活があるから それぞれで良いのだと思う。

それでも、私の目には あの浜辺の女性の輝く命が キラキラしてみえた。

その人は子供たちにも仕事をさせていた。 お客さんの食事後のビニールをとらせたり、細かい仕事をよくさせているのがなんとも印象的だった。子供たちも動いているからそこからエネルギーが発せられて また あの西日の光のなかで生きている。という そんな絵をみているような時間だった。

また 台湾のそこに行き あの エネルギーに満ちた絵に出会いに行きたい。と、どうか 台湾がこれからも 台湾のままであれることを 心から願っています。

一月になると春を感じます。

新年が明けると、日が一日一日長くなってきて、それが寒さの中で唯一の希望に感じます。

ですが、この季節、私たちは嬉しくもあり、そして寂しくもある そんな空気の中におります。

昨日、数年間Thompson Internationalで実力をつけていた高校生の一人から、美味しいお心と、心温まる言葉たちをいただきました。

彼女は この春大学へ進学のために札幌を離れます。

楽しい時間を本当にありがとうございました。

彼女のような子たちを送り出すたびに、あと 何人、このようなお別れの出来る子たちと私たちは出会えていけるのだろうか・・・と いつも 思います。

時は 砂のように 自分たちから離れてゆきます。 でも 思い出や 彼女たちが 自分を信じて生きていけるそんな力を、ここで持つことが出来たのなら、私たちは 仕事冥利につきるのでしょうね。

ありがとう。

幸せを向いて生きていける そんなHちゃんで、これからもいてください。

いつも いつも 応援していますよ。

Have a Happy New Year!

よいお年をお迎えください!

今年は 冬期講習等あり、 本日12月29日で仕事おさめです。

一年振り返り。

コロナも三年目。

ウクライナ ロシア 軍事侵攻はじまり。

自分事で言うと 母の愛猫の突然死。

終の棲家の竣工。

そして 仕事では 7年以上一緒に仕事を共にした アンドリューがついに一念発起し母国アメリカへと旅立つ。

本当に これが 一年の中で 起こったのだろうか?

というほど 目まぐるしく 諸々のことがあり、そして まだ まだ多くの事が続いているのだなぁと・・・。

来年はこうしたい ああしたい。来年こそは。とか・・・

これまで僅かながらにあったように思える 抱負とやらも、 もう なんだか今年は、年末にきてこの疲れをどうにかしたい。くらいしか思いつかず。

本日 市場に行き らる畑に行き 買い物をした後、そうだ ワンタンの皮を買いたい。と フードセンターに急いで立ち寄ったら。 売場で買い物をしている中年の女性が、「あぁ~~~~ 疲れたぁ~~~~」と、もう地の底から這いあがるような声で呟いていたのが、なんともはや 共感しながらも・・・そんなにお疲れに・・・0m0;?と、笑えました。

来年はこうしたい ああしたいが 思い当たらない 2022年の終わり。

ああ そうだ 唯一 こうしたい いや こうして欲しい と願うことは

冬期講習で勉強している 諸君、来年1月4 5 6日と 精一杯し、そして まだまだ 最後までくらいつき、自分の意地で、合格したいと頑張ってほしい。

私が どうにか出来るものではないけれど。

でも、思うのだよ。 受かってみせる! というその気持ちは 実力と同じくらい大切なことだと どこかで 昭和生まれはそう信じている。

それ以外は恙無い一年を 本音の本音は望みつつ。

皆様、来年 健やかに、楽しく、そして 明るい時が 私たちの時に在りますように。

そんな時をご一緒できたら幸いです。

Thompson International

冬休みのお知らせ

12月24日~2023年1月4日まで、冬期講習をのぞく通常レッスンはお休みとなります。

 

皆さま…2023年は、もうそろそろマスク外したいものですね。

個人的にはそれを願いながら年を越そうと思っております。

2022年は、どんな一年でしたか。

忙しさに殺されそうな年、忍の一字の年、体調回復に専念した年、新しい命の誕生の年、

家族の悩みごとが増えた年、大切な人を亡くした年、未来の希望に溢れていた年、恋をしていた年。

それぞれの一年ではありますが、必ず どの一年にも悲喜こもごもは つきまとうものかと想像します。

今年の終わりは ゆっくりと それを振り返ってみようかな・・・。と。

皆さま よいお年をお迎えください。

2023年もまた どうかよろしくお願い申し上げます。

Have a good holiday.

 

 

 

男一匹の仕事ぶり

いやぁ・・・わたくし共、この度いいだけ年いった二人が初めての家を建てることで、色々な業者さんに出会い、色々な人たちのおかげでなんとか家一軒が建つのだ。ということを学んだわけですが。

これまでも分かっていたことではあります。男の人の仕事ぶりは、大したもんだなぁ・・・と、私精一杯の仕事をする男の人を本当に尊敬します。

大工さんたち、外構工事の人、そして引っ越し作業のお兄さんたち。皆 一生懸命働いている・・・すっごいなぁと、もしも彼らの妻なら、お風呂用意してあげて、お弁当も出来れば作ってあげたい。出来るだけ温まるもの。夕食には好きなお酒用意してあげて、ささっと作ったあてでまず一杯やってもらって、出来たてのものが食卓に出てくるような・・・そんなお父さん優先の暮らしを心がけるのではないか? などと妄想を走らせるような始末。

肉体労働も兼ねた人たちの仕事ぶり、机の上で仕事をしてゆく人たち、交渉事を仕事にした人たち、それぞれの能力で皆それぞれに仕事がんばっている。

その中で、トンプソンと私が えらく感心してしまうのは 自分の手足を使いながら仕事をしている人たちなのかもしれません。

自分たちには出来ない、しているつもりでも肉体労働というそのレベルには至らない私どもの生業。

身体をつかい、手をつかい、気持ちをつかい、そんな男の人(女の人でも)の働きぶりには頭の下がるものがあります。

いまはどうなのか分かりませんが・・・

よく彼氏が忙しくてメイルをくれない、電話をくれない 2週間ほど連絡がありません。とか悩みを持っている女の子たちの声を聴いたことがあります。

50過ぎた私がみた景色には、男一匹仕事でお客さんの信頼、会社に対して信頼を得て、お金を得ようと頑張っている男の人たちは・・・ 仕事終わったら へとへとだわ・・・普通。

仕事が忙しくて連絡出来ないと言っている彼氏は きっと 本当なんだと思いますよ。

どうか、会ったときに思いっきり素敵な笑顔で彼を幸せにしてあげてください。

いいクリスマスになるといいですね。 でも 私が聞いた限りでは年末狂ったように建築業界、引っ越し業界、ガス会社多くの会社さん忙しさを極めるようですね・・・。

 

 

Thank you for having us live in this house.

12月5日を最後に10年近くお世話になった家を後にしました。

トンプソンが撮ってくれていた写真たちをみて、あれ?

私たちなりにですが 頑張ったんだなぁ・・・ この家のこと 十分に愛してあげたんだな。と、思いました。

有元葉子さんという方が 書いていた言葉で、そのときどきで、与えられた家を十分に 十分に これ以上ないというほど愛して住んであげると 必ず、次のいい住処との出会いがあった。という箇所がありました。

トンプソンはどうなのか知りませんが、私はこの家に関しては、その言葉を励みに暮らしていたような気がしていました。次の住処までは思っていなくても その言葉がいつも心のどこかにあったような10年でした。

そして、改めていま、この写真をみてみると、そうだったのかもしれない。と思えました。

本当はフィルムがあるのですが それは TOO Muchですので 写真にしておきます。

次に住み始めた方たちも とても喜んでいるようです。

家は 一生懸命 愛してあげると、家自体もHappyになり、またいい出会いがあると 私は風水とかあまり解りませんが・・・ そんな気がします。

家にも幸せになってもらいたい。

そんな思いで次の方々に渡ってゆくこの家にお別れしました。

 

Thompson Internationalの猫をかわいがってくださった皆様へ

大切な相手を、最愛なるご家族を亡くされることは、苦しみ悲しみの極みであるはず。

そんな思いをしている方の前で、ペットが動物が亡くなったということで狼狽えるのは、どんな様に映るのだろうか。と、恐縮しながら・・・

Thompson Internationalの生徒さんたちに大変かわいがってもらっていました、母の愛猫 タビが、満6才で16日の早朝(おそらく午前3時くらい)に、突然死で逝きました。

母の電話で早朝たたき起こされ、顔も洗わず吹っ飛んで駆け付けたときは、まだ床が少し暖かく、体も硬直していなかったので また生き返るのではないか?というくらい安らかできれいな死に顔でした。苦しまなかったんだなぁ・・・と唯一それだけが突然の別れの中の希望でした。

当日中に火葬をしてもらい、お骨と一緒に帰ってきました。

皆さんには大変 かわいがってもらい ありがとうございました。

あっぱれなほど、多くの人にかわいがってもらうため、愛されるため、辛いことをしないのみの為に生まれてきたような、彼のその役目終わり。と・・・苦しまずに、虹を渡って逝ってしまいました。

残された私たちはあまりにも突然すぎて、驚いていると同時に、大した奴だなぁ・・・と 涙のむこうに彼の姿を探しています。

その涙で滲み、ゆがんだ先で、時の流れは刻々と動き、ただただ川の流れのように前へと進んでゆき、人の死も動物の死も・・・飲み込んでゆく、川の流れよりも早い時間の粒子の中にただただ消えてゆくような・・・そんなように一作日中は、感じていました。

人は、いえきっと、動物も役割を持って生まれてくるとよく、言います。

歴史上に名前を残さないような市井の人々や動物たちは、生まれ、子を産めるのなら子孫を残し、食べて、人間なら年の順番に死にゆくものを看取り、死んでゆくだけなのかもしれません。

生きている者には その役割が、つとめがある。・・・から、そのおつとめの間に、せいぜい せいぜい 楽しいことを見出して生きようとするのかもしれません。

食べることが大好きで、人間が大好きで、甘え、愛されることが大好きだったタビは、生きるというつとめの中で、彼の楽しいことを全うできた幸せな猫だったのだなぁ・・・と信じたい思いでいます。

みなさん、かわいがっていただき、大変ありがとうございました。

 

英語検定冬期集中講座

Thompson Internationalの冬期講習

この冬、英検集中対策講座を行います。

日程は2022年12月26(月),27(火),28日(水)、

1月4(水),5(木).6日(金)の6日間。

1月に実施の実用英語検定に向けて、リベンジ!チャレンジ!諸々あるかと思いますが。一緒に頑張ってみませんか?

 

時間              価格

準1級: 10:00-11:00      18.000円(60分間×6回)

 

 2級: 11:10-12:10       15.000円(60分間×6回)

 

 5級: 13:00-14:00        9.000円(60分間×6回)

 

 4級: 14:10-15:10        9.000円(60分間×6回)

 

準2級:15:20-16:20       12.000円(60分間×6回)

 

 

一月にはThompson Internationalより3級を受ける生徒さんが未定のために講座には組まれていません。 

こちらの講座はThompson Internationalの生徒さんではない方も受講可能です。が、最初にレベルテストが必要となります。

無料レベルテストの申し込みは、011-643-0302までお問い合わせください。

申し込みは12月17日までとなります。

次の実用英語検定、本会場試験は1月22日です。

 

 

札幌市中央区北1条西28丁目4-18

Thompson International

011-643-0302、または09075168153(担当:水上)

Moving 引っ越し

自分事ですが・・・年末だというのに、自宅の引っ越しです。

人生計画通りでゆくと、死ぬまで もう一回引っ越しはあるでしょうが ある程度、次が終の棲家・・・の予定です。

65歳と55歳が、はじめて自分たちの家を建てることを決意したのは おそらく3年ほど前。

東京の賃貸暮らしから始まった結婚生活、安普請ながらも、東京タワーが小窓からみえて、東京のその街に住めているというだけでワクワクできた。不安定なその日暮らしすらも楽しめたのはまだ20代の終わりにぶらさがっていたからだろうか。

札幌に来て、しばらく賃貸マンションに住んで2年くらい経ったころ、円山のマンションに縁があって住むことになった。 そこは持ち家だったけれど、トンプソンがマンションに耐えきれなくなってしまった。

日本のマンションと カナダの実家と比べられても困るよな・・・と、途方に暮れて 夫婦喧嘩が絶えなかったあの季節。 ある日私は決意した。 このままだと ダメになる。と。

で、山の上にあるテラスハウスというところへ 賃貸でまず住んでみようと マンションは貸すなりなんなり、後で考えればよいかと とりあえずのものをもって 引っ越した。

すると 少しずつ トンプソンが元気になってきた。そして 私も山の生活がとても気に入っった。

空気が違う。と、まず思った。

そして 色々なことが その家にいるときに起こった。 人生の膿を出す時期と重なったのだろうか。私はあの時、あの場所に住むことで、色々な厄落としが出来たような気が、今でもしてならない。

このままこのテラスハウスで間借り生活し続けてもいいかなぁと思い始めた頃、現在の住んでいる家と縁があった。

トンプソンが散歩している途中に見つけてきた。

売りに出ているんだけれど、カナダの近所の家を思い出すような、そんな家なんだ。と その中古の家は自分たちがなんとか工面できるくらいの価格だった。

思い切ってその家を買った。

住み始めてわかったことは、その家を建てた人はすごく材質にこだわり、カナダのレンガ、カナダからの建具を使ってその家を建てたということ。

お商売がうまくいかなくなり、残念ながらその家を手放されたために・・・私たちでもなんとか縁があった家。

10年暮らし、愛情持って暮らせたと思う。

ひとつひとつ相談しながら色々なことをした。 庭にトン単位になるのではないか?というような黒土をトンプソンと運び いい土をつくり バラを植えた もみの木を植えた 色々なものを育てた。

ここをこうしよう ああしよう と工夫したり、屋根の塗装もトンプソンが脱水症状になるのでは?と近所の人に心配されながらやり遂げたのも あれも いまとなれば(何事もなく)いい思い出だった。

いまのこの家で、私は正直、年齢的なものもあり、体調の良い絶好調!という時はあまりなかった。自分の体力にも自信がなくなり、もう若くないんだなぁ・・・と 当然のごとく老いというものを見つめるようになった。

けれど その分、自分の内面を見つめることの出来た家だった。

洗濯物は自分で干さなければ乾かない・・・ということを、そんな当たり前のことを、多くの面において教えてくれる家だった。

暑い暑い夏の日に食卓テーブルで、いつまでも受からない英検1級の勉強をしながら、ふと 風が窓から入ってきた その瞬間に・・・ 勉強をすることは 景色をきれにみせてくれることなのかもしれないな・・・と 教えてくれたのも この家だった。

夫と、これまで 建てたことのない一戸建てを建ててから 人生を閉じてみようかと相談することが出来たのも この家のおかげだと思う。

夫と決めたことは私たちには子供がいない。けれど 次の世代がぜひ住みたい 住んでみたい!と思ってくれるような そんな家にしよう。

そんな家になってくれるかどうかは まず おいといて

でも 多くの応援してくれる人たち 多くの縁に恵まれて 3年かかり やっと完成します。

次は 少し体調よくなる家になってもらいたいと願いながら・・・