からたち日記ならず腹立ち日記

最近、きかん坊になっている自分がいます。鍼灸の先生には あっ!怒ってる。と肝臓が怒ってますねぇと言われながら鍼を打たれている始末です。

まぁ、カッカとする理由などを、ちょっと挟み込むことにしますと、信頼出来ない相手とやり取りしなければいけないストレス・・・というところでしょうか。色々なやりとりの中で、プロの人、仕事が次から次へと舞い込んでくる人というのは、絶対の一人のファンを持つことに徹しているからだと。いうことを痛感しました。一人のお客の信頼を得るために頑張るから次の紹介がある。という仕組みを、恥ずかしながらこの歳になってやっとやっと人の振る舞いから学びました。

残念な目にあってしまう相手とは、自分は中庸な立場であって、どちらの味方にもつきませんから。と気取っている人は、結局、お客をみて仕事をしていなく、自分を守ることしか考えていないように受け止められるのかな・・・という印象を持つ出来事がありました。

と、まぁ、はらたち日記第一段はこのくらいとして。

それよりもなによりも、先日、こんなことがありました。

20年ほど前に会員だったことのあるホテルのスポーツクラブにまた、入会しました。それは81歳の母と一緒に全身運動が出来、彼女の運動時間の送迎のロスを省こうという考えから、スイミング施設の整ったそのクラブを選びました。

私は大体700メートルくらい泳ぎ、母もそれくらい水中で歩くという時間をこなし、お風呂に入り、鏡の前で髪を乾かしていた時に、かしましい声を発しながら入ってくる人がいました。

あらあ 混んでるわ。混んでる 混んでる」と、まるで人がいてはいけないかのようにその声の主は騒がしい空気を持って、母は早々と身支度を終え別室で按摩器にかかっていたので、パウダールームには私しかいなく、そんな静かな空間に入って来ました。おそらくロッカーの多くが使用中になっているのを見て、そう叫んだのでしょう。

私は、この声の主はもしや。とその人の顔を確認しました。するとなんということでしょう。その人は20年くらい前にもそのスポーツクラブにいて、まるでそのスポーツクラブの主のように振舞うようなそんな人でした。ある女性はその人に虐められているような印象を受けるそんな様子を見たことがありました。

うわ。この人、まだいたんだ。しかし、あんま年取ってないなあ。時が止まったようにあのまんまじゃないか。しかし、あの時、私はこの人すごい年上だと思っていたけれど、いまこうやってみると、もしかすると私と大した歳違わなかったのかな。でも70くらいになってんのかな。に、しても元気そうだなぁ。 と、思いながら知らんぷりして、鏡に向かっていましたら。

そうしましたら、水中アスレチックスの練習をしていたご年配の女性がお風呂に入る前にロッカーで自分のものを出し、そしてお風呂の方へゆっくりとゆかれました。

数十秒後くらいに、「ちょっと!! あの水の跡っ!みてぇ!これみてよ!あの人でしょあのいまお風呂に入っていった人よ。ちょっとぉ!」大声で騒ぎだし、あちら側のロッカーにいる人に対してなのでしょうか、賛同を求めているのか、ただの叫びなのか、兎に角煩いのです。

そのロッカー部屋の端の方に居合わせ、同意を求められた状態になったような人も、ふふっと笑い声は出しても決してコメントをされません。そういった細長いその空間の居合わせた方は、さー--っと、そこを立ち去られたようです。

利口で上品な方たちの処し方です。間違いのない振る舞いです。

ですが、私は、その時の私は、こう考えました。

この人が20年近く、こういった傍若無人の同じ振る舞いでいられるのは、こういった品の良い人たちに囲まれ、何も言われずにいてしまったからではないか???と、こうなったら私が言ってみせましょう!と 無謀な正義感に燃え立った自分は

そんな大声で騒ぎ立てるような事柄ですか?」とポロリと言葉を発してしまってました。

そうするとその20年前と同じ髪形をし、同じ化粧を施した負けん気の強そうな女性は、驚いて私のほうを振り返りました。

なに言ってんの?この新入りは?というような風にマスクの上にある目は訴えていました。

え!? 放っておけないことよこれは!」と言い返します。

水がカーペットに染みているのは、いつかは乾くことでしょ。それがそんなに大事なことなんでしょうか? それにここは公共の場ですよ。皆が使う場です。あなたがそれを不愉快だと思うのであるのと同じくらい、あなたのその騒ぎ立てる声が私にも不愉快です」

…ちょっと なによその言い方?」と ぎりぎりとした空気が生まれる。

一触即発ってこういう状態のことを言うんかなぁ・・・と私は脳裏のどこかで思いながら、こんなことをしでかしながらも気の弱い私は、この空気を早く終わらせねば。と

「皆さん、きちんとそれぞれが気を付けていらっしゃると、私は思います」と無理やり会話にピリオドを打つ。

「そうかしらー--?」と 皮肉めいた答えが返ってきたけれど、相手にもうしない。と決め鏡に向かった。

相手も諦めたらしく、黙り、ばたんばたんと忙しなく、いつまでも時間をかけて着替えていた。

そのうちにプールでのレッスンを終えたグループの方々がお風呂を終えて大勢、私たちの緊張の場へと戻ってらして、私は席を立った。

こんなことは、本来するべきでないのである。

放っておけばいい人なのである。しかし、こうやって放っておかれていたが故に、あの人はずううううっとあのままでいれたということに、私は腹が立ったのであった。誰かが言わねば!といきり立った。

が、きっと、あの人はきっとこう思っているだろう。なんだあの女は?新顔のくせにいきなり偉そうに。なんだなんだ?と、意表を突かれながらも腹の中は煮えくり返っていると思う。

が・・・

自分も、もうこれくらいにしておこう。と 腹立ち日記をお終いにしなくては、体に悪いと・・・そのうち鍼灸の先生からお𠮟りを受けるかもしれない。

怒りって倍増してくるんですよね。どこかで意識して終えなくては、ある人への不信感からの怒りが、それがホテルのスポーツクラブでのあの人への怒りへ繋がって。倍増倍増してくるのであるからして。どこかで自ら意を決して断ち切らないとあかんね。・・・と

そんな私へ、昨夜夫が

こんな言葉を私にくれた。

Its better to walk away quietly than to retaliate.

静かに立ち去ることは報復に勝る

 

ソックス

足元のお洒落と聞くと、靴と思われがちです。

が、あることを発見しました。

靴の前に、ソックスの存在。草履なら足袋だということを。

これは「怪我の功名」というものから体感したこととなるのですが。

私、ジル・サンダーというところの服が好きなんです。でもお高いですね。

著名人でもない自分が着ていいものか。というくらいの値札がついてます。

でもパンツのラインがとてもきれいなんです。よそ行きというか、気の張った時に着る服はパンツはジル・サンダーを少しずつ買い足して楽しんでます。

買う時も、しごく慎重になりますね。

店長さんがピンを打ったりなんだりしてくれても、気にビビビっとこなかったら申し訳ない!と、率直に謝り、購入しない覚悟で試着する感じ。

・・・に、してもすごくすごく悩んだ一品があったのですよ。淡いピンクのパンツで悩みに悩んだ結果、買わないと店員さんに伝えるときが、自分はすごく嫌い。でも、言わなきゃいけない。ごめんなさい!と、その時、気の弱い私は 靴下3足セット21.000円という品を手に取り、代わりにこれを貰っていきます。と口走っている。

店長さんは、トンプソンさん、無理にいいんですよ(汗)という風に言っているけれど。

に、しても 一度取り置きをしてもらって、それに合いそうなトップを持ってきてまた試着して、やはり気に合わないからごめんなさいね。と立ち去る。そんな太い神経は自分には・・・持てないのだ。

で。買いましたよ。3足セットのジル・サンダーの靴下。なぜだか靴下を入れる袋までついているもの。

黒と柔らかいベージュと、オフホワイトのもの。

買ってきた当初は、靴下一足に7000円以上って あほか。私は。と ぐじぐじと思っていたけれど。

履いてみてわかりました。 1000円のソックスとの違いが。

2年以上たってもまだしっかりとしているし。また履いた時の気持ちの良さ。居心地の良さ。地に足がついている感じの受け止め感。

靴下は大切だと知ってしまいました。

7000円もしなくても、おそらく、これはおそらくですよ。

靴下で言うなら3000円以上のものは足元を安定してみせてくれると思いました。

靴も大切だけど、靴下はより重要と。そんな出来事が起こってしまったために分かりました。

 

 

日曜日のジュェリー売場

日曜日のジュェリー売場には若いカップルがおりますね。 特に4℃あたりの売場にはこの間まで中学生だったようなまだニキビのありそうな男の子・・・きっと23歳くらいなのでしょうが、初めて彼女へジュェリーを買ってあげる照れと、とまどいと、そしてしっかりとしてゆくぞという自覚とを一身に着ようとしている…そんな男の子の隣には、首をかしげて、男の子よりジュエリーをプレゼントしてもらえる幸せに輝いている女の子がいます。

いいねぇ・・・ と 私は、股上のマチの深いパンストを店員さんに探してもらっている母を待ちながら、若いカップルを眺めています。

私にもあんな時があったのだろうか。どうだったのだろうか・・・それにしてもいいなぁ若いって。と股上の深いパンストじゃなきゃお腹がおさまらなくって、わたしなど困るのよ。と大声でレジでの支払いを終わった母と歩きながら私はこう呟きました。

「おかあさんさぁ・・・ 自分で100万以上の宝石買える人とかさ、おかあさんみたいにさ夫がうるさい人でなかったから、さらえ構わず図々しく自分で好きなもの買えるような女とだよ・・・ 彼氏や夫にかわいい表情でおねだりしてジュェリーや宝石なんかを買ってもらう、そんなひと苦労の振る舞いが必要な人と・・・どちらが いいんだろうねぇ・・・ わたしは なんか後者のような気がするの」

「え? そんなの決まってるじゃない。自分で自分の好きな宝石買える女の方がいいに決まっているわよ」

と81歳の人は言うのですが。

どうでしょ。 どうなんだろう。

外商担当の人が出てきて、翡翠、エメラルド、ダイヤと一人で選んでいる女より

私は彼氏が一生懸命バイトで貯めたお金で数万円のジュェリーを買ってくれるという過程がなんとも意味のあるもののように思えたり。結婚しても理想は、理想は、何かの思い出に、その時々の記念にと、ポーズだけでも夫に買ってもらったという感じのメモリーが欲しいではないか。自分で自分にご褒美にも節目の記念が必要なように。

宝石、ジュェリーには思い出。記念。なにか思い出が必要な気がするの。

ただ、自分が求める思い出と、夫のそれとは、必ずひとつ桁が違うのが問題なわけですが。

庭師さん

先日、庭の樹木を移転先に移植しました。

その際に庭師さんたちのお仕事ぶりをみて、えらく感動しました。

カッコいいです。 力仕事、繊細な配慮、ダイナミックな動きと樹木に対する優しさ。プロ意識の高さ。

世の中にはたくさんのお仕事があることが大人になるにつれてわかってきます。

たくさんの仕事、仕事に誇りをもって働く方たち。

話術に自信のある人。体力に自信のある人。集中力に自信のある人。感覚、感性、もろもろの能力でそれぞれが本当にそれぞれが生活を立てられる社会が健康な社会なんだと思います。

こんな風にぼんやりと生きていても長く生きてると・・・ 男たちの社会、いえ人間社会は私の知っている小さな世界なので大きな官僚、上層社会は知りませんが、やはり人間は繋がりの中でしか食い扶持を生み出すことは出来ないのだ。ということです。

庭師さんたちに声をかけ、予定を組み配置やデザインなどを考える人は色々な折衝を行っていかなければなりません。その窓口には折衝力もまた、感じの良さも求められ、そういった人間のいざこざ、面倒なトラブルも請け合う。それが仕事であり、庭師さんたちは一切の人間のあいだのことを気にせず仕事に没頭できる。

その歯車がうまくいくと、その依頼者からのみではなく、その現場にいた誰か(例えば、新築家屋に移植であればその工事現場の人など)にも好印象が残り、次の仕事につながる。

だから窓口はあくまでも感じよい方が良いわけで。かといって庭師さんたちはにこにこしていても力仕事に精を出しているのだから愛想振りまくわけにもいかない。

大きなお金の動くところへの嗅覚が発達している人は、いつのまにかそういった人脈の中に加わり札幌の土地開発のようなことに関わってられるし。

人にはそれぞれの自分に合う型でお金を得てゆくことしかできないのだろうな・・・とつくづく思います。

それでよいのだと思います。 大きなお金の動く様が好きな人は、違法でない限り、自分の好みに合ったお金儲けをすることが良いはずで。でも、それが皆が皆に当てはまるはずはないのです。

自分の仕事に誇りをもって取り組んでいる人は、実に輝いていますね。

わたしは はたと・・・思いました。私に出来ることはなんだろうか・・・。

英語をもっと掘り下げて、プロ意識をもって取り組まないとと 省みました。

 

 

英語でクッキング:Baking the cookies in English

26日の日に 女の子たちと英語を交えてクッキーを焼きました。

この年頃は、自分でも記憶にありますが、お菓子を焼いたりすることが好きな子多いですね。

小学生の中学年まで、火曜日に全員集合になってしまい、振替でご利用できるクラスがない状況に、コロナが始まって以来あるのです。

そのために、時折になりますが女の子たちのクッキングを交えて特別な時間を設けています。

次回は夏休みの間にハンバーガーとフレンチフライを作ってみましょう。

私の作るフレンチフライはいったん茹ででから揚げてゆくもので、自分でもいうのはなんですが美味しいですよ^0^。

楽しみにしていてください。

さて スクールは4月29日(金)より5月5日(木)までGW休暇となります。

6日(金)よりお待ちしています!

Thompson International

 

九州の旅

九州福岡、熊本、霧島を巡り知覧へと・・・トンプソンが好きでよく出かける九州にはじめて私(トンプソン水上敦子)も一緒に行ってきました。

福岡の街は、なんと飛行場からタクシーで15分程度のアクセスの良さと街自体がコンパクトにつくられていているせいか、人通りが多く、とても都会に思えました。

また市街の建物は天井が高く造られているものが多く。一瞬シンガポールの街角にいるようでした。特に中洲のあたり。

そして気づいたことは、福岡の女性はきれいですね。

噂には耳にしていたものの。本当なのだと感じました。

と、それと同時に気づいたことは、福岡の男性が今どきの無機質な男性像とはちょっと違うこと。

博多駅前のホテルから向かった場所が中洲方面ということもあるのでしょうけど、結構時代に逆走するようなタイプのヤンチャ系の博多男が目につきました。マッチョな躯体をさらに大きく見せるように胸張って歩く様は、滅多に札幌での自分の生活圏内ではみかけなくなった男性像。その横には決まっていい女がいる。というのが福岡の様子なんだ。と。

札幌では滅多にみかけなくなったハイヒールにタイトスカート。ジーンズだとしても体の線をぴっちりみせるスリム系に足首をみせてスニーカー。これが定番のよう。

身体を隠す。いくらお洒落でもArts&Scinenceの尼僧のような恰好とか北の国のマフラーにもっさりとした四角やマタニティですか?というようないシルエットなど、もっての外。という感じ。

生徒さんに紹介をうけた雅加栄さんという創業61年の老舗料理やさんでも担当してくれた年配の女性のまぁ・・・女らしいことといったら。

動きがしなやか、音をたてない、そして機敏、きっと博多男性がつくりあげる女性像のあらまほしき姿なんだろうなぁ・・・とカナダ人の夫も、きれいな人だねぇと感心していました。

年齢は私より先輩だと思うので60代くらいにはなっているかと。それでも美しいのは、あれは女らしさの成せるものだと思います。

日々の暮らしの中で、荒々しい態度になっている自分を反省しました。

翌日は福岡から車で熊本城へ。それから霧島温泉を拠点に、翌日は霧島神社、知覧をまわりました。

霧島には移住する人が増えているのだとか。 霧島から知覧へ行く道路では、とても魅力的な家並みがみられます。土地に似合った家屋の建て方。その家を愛そうとしている人たちの気が輝いていました。

九州、意外と沖縄へ直行してしまう道民には遠い場所でしたが、魅力あるところでした。

これから何かの折に訪ねたいと思いました。

 

The Spring in Hokkaido

厳しい冬がようやく北海道から、終わっていってくれそうです。

どんなに厳しい冬でも終わりが来るのなら、いま現実に起こっている、この惨事も 早く 早く

終わりを告げてくれますように…毎日願うばかりです。

ニセコでの一枚です。

私たち夫婦にとって、これが北海道の春です。

桜だなんて、夢のまた夢です。

それでも、この冷たい空気の中でも春の匂いに幸せを感じることが出来るのですから、厳しい冬を乗り越えた体というのも、ありがたいものだなと、ここ数年春の遅さに不満を覚えなくなった自分がいます。

読書の利点

鍼灸の先生に言われた通り なるべく早寝早起きを意識して。

9時くらいに ベッドへ勇んで向かう毎日です。

そうはいっても 9時から パタリと眠れるわけがなく。

少し本を読む元気も出てきたので 眠るまで 本を読むのも楽しみで 寝室へと向かいます。

最近 はまっているのが あさのあつこさんの おいちシリーズ。

医者の父のもとで 健気に 志たかく 江戸の毎日を生ききる 主人公の姿に 胸打たれ、 物語も面白く ワクワクと 読み進みながら も 程よく 10時ちょっとすぎあたりで 良い感じに眠りにつける そんな タッチの ストーリーテラー あさのあつこさんの世界は 私の 程よい 睡眠導入剤 という感じです。

そして 昨夜 林真理子さんの書下ろし作品 話題に上っている 奇跡 という一冊を読み始めました。

実話 実名で 綴られている その物語は 歌舞伎役者の妻・・・ いわゆる梨園の妻であった方と ある世界的に有名な写真家の 恋の物語。不倫の恋で始まりながらも、添い遂げることの出来た幸運なお二人の 良い時も そして悪い時も含めての 決意の瞬間。 強さのあり方。 諸々の出来事が書かれてありました。

きっと多くの読み手の心を捉える印象的な言葉は、主人公である博子さんの

「私ほど愛された女はいないと思う。私たちほど愛し合った男と女はいないと思う」

・・・ではないだろうか。

林真理子さんに言わせると 恋の貴族 と 庶民 というものがあり 皆が皆

こんな発言が出来るわけではない。 という点は、私も同感である。

で、あるが故・・・本を読むことの良さは 自分が 体験しなくとも ああ こういう世界もあるのだ。と 違う世界を知れることにある。と、思うのです。それが例え、絵空事であったとしても。

この主人公の博子さんという方は きっと 人生の その都度を 一生懸命全力で投球することの出来る人だったのだと思いました。

体力も務めてつけられたのだろうと思う。その体力に気力が繋がり、自分を信じる自信が生まれ。その自信を ひとつひとつ 繋ぎ合わせてゆくことで この 恋にも繋がってゆくことが出来た。

それに伴う美貌にも恵まれた 幸運な人だっただと思います。

彼女の 上記の言葉とは 間逆の「私は 夫が外に女をつくって 帰ってこない妻として、世間にどう思われているかを気にしながら いつも生きてきた。 私の人生は そんな様な気持ちの上で いつも 生活をしている 毎日だった」と90歳になっても 常に なんというか・・・愚痴と不平と 猜疑心とに・・・言っては申し訳ないが イケていない事象にのみ老いても こう・・・彩られてしまっている叔母がいます。

あの叔母は 本を読む人だったのだろうか・・・? と ふと 疑問がわいたので 母に尋ねてみましたら

いや 読まない。 とのことで。

叔母さんさ・・・ なにも あの主人公のような セリフを言えるような人生に恵まれなかったとしてもよ・・・

こんな生き方もあるんだ。 そうなんだ って 色々な人の人生が 垣間見える本を読んでいたら もうちょっと 総合的に見て大きな宿命は変えられなくても、何かが違ったのではないかな。

本当に良い本は その時の 主人公の 捉え方 決断の仕方 それが 伝わってくるんだよ。そこを 叔母さん 本からでも 掬い取ることが出来たのならさ 叔母さん もうちょっと イケてる方に少しは向かうことが出来たのではないか。な。

例えば 例えばよ 妾さんのところへ行ったきりになって帰ってこなかった夫でも、しっかりと生活費は払い続けてくれたわけでしょ。しかも結構経営が安定している会社社長レベルの。 その時に 生活は約束されているわけで ・・・ そういう時代じゃなかったということを差し引いても なにか自分の次につながること出来たような そんな 発想の刺激になるようなことって 意外と本の中にあったりするわけで。

と 偉そうに・・・ 90になる叔母の女の一生を 指摘する 姪の私といえば・・・

この物語の主人公からは 全力で物事に向き合える集中力を養いたい。 そうよ 物事に集中して向き合う力があったのなら 私の一生は もうちっと 輝けたような気がするのよ。 と 一人つぶやいていたら

母が、横で、 でもさ…集中する力があったって応えてくれる相手がいなければ、その人は一体どうなるんだろう。と 変なことを言うので思わず吹き出してました。

そうなんだよなぁ 世の中って不公平なんだよ。それが世の中。 それは本だけではない 色々なことが教えてくれるけど。・・・と、涙交じりに笑いが止まりませんでした。

 

 

 

平和と健康であれることのありがたさ・・・

世界は平和への危機で 恐々としている。

そして わたくし 個人単位では 健康に対する不安感で 恐る恐るということろであります。

漢方 鍼灸 寝かせ玄米 発酵食品 等を いまや 生活に取り込み 体力の充電にと・・・

世界単位では 戦火を必死に生きている人たちが、たくさんいらっしゃるというのに。

この 健康に自信がなくなっている ということも 平和な国で暮らす一人間にとっては、至極、重大な問題であることは、間違いなく。

ここ数年、原因不明、病名がつかない…大きな病院の耳鼻咽喉科で 眼で見た限りの悲惨さに、これは 先生も重篤な病気に違いないだろうと、血液検査等 他の科にもまわされ精密検査で出てきた結果は なんら 病名もつけることが出来ずに、 最終的に下された精一杯の病名が 口内炎が喉に広範囲にできてしまった。免疫力低下に伴う口内炎。 それでも本人としては、痛みに耐えられず 先生~~~~ なんとか抗生物質とか こう バシッ!と効くような薬処方してださい~~~ と泣いてすがったところでも いや 君の検査結果に従うと、どーしても 頓服とトローチくらいしか出せんのだよ・・・オレとしても。でも どーする? 今日は点滴うってくか? と 先生も 私がうったえればうったえるほど 笑うしかないといった、半病人扱いで。 実際そうなのでしょうが 本人は真剣に 死について考えてしまっていたりするほどの痛み。

・・・で、そんな症状にみまわれたのは 去年の日記によると 3月4月 そして 11月と12月。

去年の12月は ほんと あまりの痛みに スクールが冬休みに入り・・・ 奈良へ予定していた旅行を取り消そうとしていたところ・・・ 旅行狂の夫が 家のベッドにいても 苦しみは同じだよ。 行こう!と 引きずられるように 飛行機へ。 飛行機の中で 唾を呑むのも悲鳴をあげるほどの苦しさに・・・ もう 飛行機事故が あっても いいよ・・・ いい 楽になるなら 死ぬのもあり・・・。 とまで 思うほど弱まりきっておりました。

で・・・ 辛いんですよ ほんと おそるおそる 呼吸して 時を過ごすように それでも 東大寺 唐招提寺 そして 興福寺・・・ へと、ずるりずるりと足を運び 興福寺の薬師如来像を前にした時。

心から癒されてゆく そんな気持ちになったのです。

古の人々が 奈良の大仏様に 何を望んだのか・・・ その視線をみたときに

健康で生き続けることを 望んだのではなく

成仏 あの世にいけることの仕合せを 幸せを 大仏様の中にみようとしていたのではないか? と思えたのです。

その時のわたしの心は 身体は 眉目きりりと逞しい、阿修羅像よりも 弱り切っている 僧侶の像とか そういう方にばかりに目がいくのです。

奈良を後にするあたりの日には 少し食事も喉を通るようになり 体力がついてきて 気を少し取り戻すところまではまいりました。

と 2022年になりましたら 今度は その喉の広範囲にわたる口内炎の痛みから解放されたのは

次なる 蕁麻疹とやらが 頭部と耳の後ろ等に発症したからなのです。

まるで もぐら叩きです。 こちらが治まると あちらが顔を出す。

耳の後ろと 耳の穴 そして 身体の穴 粘膜の弱いところに 蕁麻疹が出来るという症状に見舞われました。

こちらも 皮膚科に通いながらも なかなか よくならず 先生が塗り薬の他に 飲み薬を処方してくれました。

すると その飲み薬の副作用で 体中に 湿疹があらわれるという もう あがけばあがくほど

むははは! この俺様から逃げられると思うなよ~~~ と いう感じで なにか 身体のバリアが 破壊されていくような感覚です。

その痒みや痛みで また夜も眠れないといった 最悪のパターンに陥る日々が続く中で・・・

自分の場合・・・ 漢方薬と 鍼灸 そして やはり食事の見直し 眠ることへのリズムづくりも見直そう。それには 規則正しく まず 何があっても 朝は日曜でも 決まった時間に起きて、足りない睡眠は昼寝で補う。 呼吸法も本に書いてあるものの通りですが じんわりとやってみてます。

奈良の薬師如来像は

身体を前に戻そうと戦うな・・・ いまの身体に寄り添え 自分のいまに寄り添い 身体の声を聴き そして 戦わず 癒し あの世へと繋がるような 老いを認めた生き方をせよ。 と 2021年の暮に わたしは 大仏様の前で はい・・・ と もう降参・・・ と 降参旗をあげましたが・・・

でも ウクライナは そういうわけにはいかんのでしょう・・・。

どんなことでも・・・戦うということは 甚大なことです。