Energetic country Taiwan!

秋休みを利用して、台湾にThompson と二人、行ってきました。

台湾大好きグループが関東地方にいて、そんな自分たちの案内役をつとめてくれるのは、台湾出身東京在住の邱さん。

その楽しいグループに便乗の旅です。

今回は 雲南料理と 盲の方たちの素晴らしい按摩のすっかり虜に。

札幌に帰ってきたら 街があまりにも静かすぎて さびしかったです。

雪の降る前は 北国の人は静かになりますね。自然の出来事だから仕方がないです。

台湾の元気さ 賑やかさ。 明るい国ですね。好きです。

 

秋休み

雪虫が今年は多いですね。

そのかわり、寒さは少し遅いような。

30、31、1、2日と秋休みとなっています。

11月5日(火曜日)冬期クラス、また積み上げていきましょう。

英検合格のお知らせがたくさん届いています。

自分の力を知ることにもなり テストって謙虚な気持ちにもなれるし。悪いことではないですね。

また 頑張っていきましょう。

我家の猫も、秋の夜長を冬に向けて過ごしているようです。

では 5日に。

こんな時代がやってくるとはパート2

先日トンプソンが会員になっているスポーツクラブより電話があった。

そのスポーツクラブはなるべく人員を減らし、入室カードやカメラ センサーなどで管理を行っているといったもので一か月の利用会費は普通に比べて安いと思う。

そちらの唯一の人間(?)であるスタッフの方からトンプソンへ電話が。会費は決済されているはずだし何かな?と本人もいまカナダに出入りしているので私が承ることに。

その内容の、まず一言目が

「円山の会員から桑園の会員に変わらなければならない対象になっています。その際の手続き費用の件でお電話をしました」。

?と どういうことですか? と聞き返すと。

「ご主人は、円山会員さんなのですが、先月は(9月)桑園の方に何度か行かれていて、円山よりも回数がそちらが多くなってしまったために、会員を桑園に移さなければならないんです」とのこと。

運よく、というか 聞き流してはいながらも、トンプソンが 桑園にも新しくそちらのクラブがOPENして そちらも使ってもよいということだから、どんなところかと思ってちょっと覗いてみたんだ。というようなことを言っていたのを思い出した。

で、私はそのことをその電話口の人の声である男性に伝えた。

「少し立ち寄っただけで、何度か利用したというようには聞いていませんでしたが」と。

すると、その人は 急に体制を変えて「ええ確かに1回で いられた時間は20秒ほどだったようなのですが、それでも 先月円山の方へは1回も行かれていないので、機械が桑園の方へ多くいったということになってしまったんです」

そこで 私は ついついカチンときてしまった。 こなきゃいいのに・・・

「機械がそう探知され、1回の来訪で20秒だけいたということまで探知をしている。すごいですねぇそんなことまで管理をしてくれる機械。で、その機械の探知した結果を図りみる人間の仕事というのは、どうお考えですか? その数字をみても まだ **さんは、会員内容の変更をしなければいけないと、お思いですか?」

「・・・・じゃあ 今回は僕の方で処理をしますので・・とにかく円山より桑園へ行かれる回数が増えるとまたその対象になりますから注意してください」と、不服な声音が。

「・・円山2回桑園1回の割合ということですね。まず不注意に必要のないところへは行かないようにと伝えますが、今回のご対応のほうは、お願いをします」。と 電話を切った。

で、よほど あちらも 私の物言いが気に入らなかったのか 再度電話が鳴り名前を尋ねられた(苦笑)

しかし・・・ これから そんなことの主だった時代に私たちは支配されて生きてゆくのだろうな・・・とぞっ とした。

そうなると 人の心をおもんばかれる交渉力、外交力、言葉の運びに人間力のある人。が もっともっと強く求められる時代になってくると思う。 機械に対して支払う代価より 少し高くても 人間の言葉を聞きたい。人間の配慮を感じたい・・・そんな時代が 私たちの向かっているもののように思えて仕方がない。

うちの招き猫

スクールの2階に住んでいる母の猫が、火曜日の朝にお掃除や色々なことで来てくれる

みわさんのことが大好きです。

火曜日はマージャン教室のために一日中飼い主も不在にしていることと、1階で大好きなみわさんの声が聞こえるのか、にゃあにゃあと母の玄関先から聞こえてきます。

かわいそうになって、ついつい少しの間スクールに入れてあげることがあります。

猫嫌いな方がいそうな場合は 気を付けます。が、

火曜日朝の生徒さんたちは運よく みなさんお好きなようで、かわいいかわいいと言われて すっかりみわさんの腕の中で機嫌になってます。人恋しい猫の典型です。

名前はタビ、3歳くらいかな。雑種だけれど なんというか 人懐こく愛嬌のある猫です。

ときどき スクールにいるかもしれません。そんなときは嫌いでなければ撫でてあげてください。喜びます。

 

こんな時代がくるとは

20年前は、トンプソンの近しい親族は来ることはあっても、遠戚が友達を連れて日本を訪れることなど想像しなかった。

バブルははじけていたといえども、ずっと日本円は強いままでいくものか? と幻想を抱いていた。

が、時の変化って こういう風にくるのか。と 驚くことがここ数年続いている。

まるで水の一滴 一滴が風呂桶に溜まっていって、いっぱいになって溢れ出すように物事の変化は表面に現れて、そこでやっと私の知ることとなるのか・・・。と、疎い自分に苦笑いしている。

安い日本円のおかげで、ひっきりなしにトンプソンの親戚、遠戚 そしてその友達がやってくる。Millennium世代ってなぜかグループで動きたがる。グループで来て一時たりともそのグループから離れて行動しようという考えがまるでないように。

今回はラグビーワールドカップでトンプソンの従兄弟の娘さんがやってきた。彼氏とまたもう一組のカップルと。

札幌にやってくるのなら一度も会ったことのないおじさん?というの?父親の従兄弟に会ってみたいと連絡をとってきてくれた。

彼氏と二人くらいなら、どこか円山の美味しいところで会おうか?と当初は計画をしていた自分たちだったが、どうもあちらはもう一組のカップルとは行動を別にするわけにはいかない・・・と言う。

おいおい・・・もういい年齢になった私たちとしては、年下と会った以上は割り勘というわけにはいかんのよ(涙)そのあたりを忖度してよ。カナダ人ってさ 年上に会う時も ご馳走になってしまうのではないか?とか想像 配慮しないのかい? と 私はおもわず、カナダ人の夫に聞いてしまった。 夫も 自分たちの時代はどうだっただろうか?と記憶が遠すぎて思い出せずにいながらも。まぁ しゃあない もうこうなったら 円山で気取っての夕食は却下してススキノの焼き鳥屋に変更! と 月曜日大雨の中、焼き鳥屋に向かった。

そして 結果としては とっても楽しい時間だった。

みな とても気持ちのよいカナディアンであったし なにより かにより 東京で数日過ごし、札幌で4日滞在後、翌日京都に向かうその30代カナディアンたちは、日本がとっても素敵な国で驚いている。すっかり日本のファンになった。とまで言ってくれるのが 嬉しいではないか。

すっかり気をよくしてしまった私は、そろそろお会計にしてもらおうかなと思っているところお皿を下げに来たお兄さんに、同じワインもう一本と頼んでしまう。

・・・と、こうやって時の流れで変化をしてゆき。札幌のこの10年後は いったいどんな街になっているのだろうか!と。すごい国際都市になってしまうのではないの?などと妄想を始めてしまう。

聞くところによるとフランスのワイナリーが北海道の土壌に目を付けて参入してきている?こようとしている・・とか。 ワイナリーが垢抜けてくると、飲食産業のレベルもまた がーんと上がる。そうなると色々な産業がそこに合わせて向上してくる。

これからは 北海道の時代がくるのではないか・・・ 地球温暖化を危惧する自分と、しかし地球温暖化ゆえに北海道にフランスからのワイナリーが移ってくる時代の変化を、どこかで期待してしまう自分と・・・複雑ではあります。

 

 

とうきょうの人

自分にとって 東京の人ってどんな人?ともしも質問をされたら国立に住むOさんのことがまず浮かぶ。

広尾に住むFさんでもない だれでもない。 なにがあってもOさんなのだ。

そのOさんから昨夜、去年の地震以来ゆっくりとお電話をいただいた。

Oさんとは自分が初めて勤めた会社で出会い、かれこれ30年以上のお付き合いになる。

出会ったころは 私はまだ20代 Oさんは40代だった。

その時期、子育てもひと段落したOさんは、比較的近所にあった靴のメーカーである自分の勤める会社に経理のパートに来ていた。出来の悪い20代の自分のことを何かと気にかけてくれる人で、時々おうちに招いてご馳走してくれたりした。

国立にある一軒家のお宅には私より6つくらい年下の娘さんと、その下に息子さんがいらした。

夫のたんちゃん(Oさんがそう呼んでいる)は同じ年で、恋愛結婚で、代々続く鋳物を製造する会社を継いだのだという。働きに出なくてもよさそうな環境にいながらもパートに来ていたOさんだったが1年続いたのかな。仕事場で会うことはなくなっても縁というのは不思議なもので、私とOさんの縁は 細々とでも こうやって繋がっている。

なぜなのかな・・・?と振り返ると Oさんのことが好きだったことはもちろんだけれど。それ以上に ちょっと変わっている感覚のOさんのことが 自分は とうきょうの人 という特別枠でみるような部分もあったのかもな・・・などと思ったりした。

自分の両親より10歳くらい若い世代の都会的な感覚を持ったご夫婦なんだなぁ・・・と年月をかけてお付き合いをしていくうちに、つくづくと感じるようになったのは

それは娘のEちゃんが、地方出身の自分にはあまりピンこない名前の中高エスカレーター式の女子短大を卒業しお仕事を始めるような年頃になった時期のこと。

彼女がすごい金額を稼ぎ出すような人とお付き合いをしているという話をOさん夫婦二人の口から、面白おかしく話すような口ぶりで聞いた時だ。

「水上ちゃん。娘のEちゃんがね、なんだかすごいお金持ちとお付き合いしてるみたいなのよ。・・・あたしたちもあまり詳しくは聞かないようにしているんだけど。このあいだなんかね フランクミュラーとかっていうの?あんな時計しているから あなたどうしたのよこんな高いもの って聞いたの。そしたらね あいつったら つらっとして彼に買ってもらった。だなんていうのよっ」

隣にいる夫のたんちゃんは、にこにこ 笑いながら「まぁ いいんじゃないの?その逆なことしているんじゃ 困るけどね」と、至って 楽観的。

「は~~~。すごいですねぇ Eちゃん。そんな高いもの買ってくれるような人っていうのは、危険な人。または妻子ある人ってことじゃなければいいんですけど・・・ でも最近は独身でも若くても大きいお金を手に入れる人ってたくさんいるみたいですもんねぇ・・・。いいなぁ 私もそんな人と出会えるような星の下に生まれてみたかった」

・・・などと言いながらも、もしも私がそんな高価なものを誰かに買ってもらった。だなんて言ったら うちの親なら激怒するだろうな。と、その出来事をどこか面白がっているお二人をほんと?という気持ちで眺める。

Oさんは 続ける。「クリスマスなんかよ・・・チンチラのケープを ポンってプレゼントなんかしちゃったくらいにして きざな奴よね。でもね ホテルを予約していてくれたらしくて、その部屋でEちゃんずっと待っていたみたいなんだけど、とうとう現れなかった。って落ち込んでいたわね・・・あの子」と たんちゃんに確認をするように話しかけると

たんちゃんは その時少しだけ友達親子から男親の顔をしてこう言った。

「おそらく 家庭のあるやつなんじゃないかな・・・彼は」

「えっ! そんなっ! そんな風に思っていながら! お二人はEちゃんを咎めるっていうかやめなさいと怒るってことはしなくていいんですか??!」と 例え自分が道にそれるようなことをしたとしても、それを問い正そうとしない親というものは理解が出来ないという風に疑問???を投げかける。

私のその疑問に対して、Oさんは

「でもね水上ちゃん、私たちって親っていう関係性に必死になろうとしてもどうもダメなのよ。それよりもつかず離れずの仲でいたほうが お互いのためになるって もうどこかで決めちゃったのよね。私の場合は夫婦単位で生きていきたいって気持ちが心の奥にすごくあるのよ。たんちゃんは心の底ではどう思っているか分かんないけど。私は あるの。もちろんかわいいわよ Eちゃんもジュンペー君(息子の名前)も」

そんな会話をした時からまた20年くらいの月日が流れた。

その間 Eちゃんは その王子様と呼ばれていた彼とは静かな終わりなのか修羅場であったのかは知らないけれどもお別れし、同じような年の一般的なサラリーマンと結婚をした。

フランスの教会で式をあげると聞いたが さすがにフランスまでは出席できないからと僅かばかり包んでお祝いした記憶がある。

その時 私が思ったことは Eちゃん 大丈夫かな・・・なんだかEちゃんらしくないな。あの色々な意味で話題にのぼっていた彼と別れた反動でやけになっているのかな。よくも悪くも まっとうなサラリーマン風の彼は 贅沢好みのEちゃん・・・無理なんじゃないか?という予想に反せず、Oさんから 3年くらいたったときに、Eちゃん離婚しちゃうのよ・・・という電話が入った。

子供もいないし まぁ またあの子も 新しい人生の出発ね。と その時もOさんはまたNew親世代の捉え方での話しぶりだった。

それから数年もたつかたたないかのうちに、内科の開業医と再婚することが決まったのよ と 昂ぶりを隠せないOさんの声でお知らせが届いた。

それを聞いて 私はこう言ってしまった。

「よかった よかった。Eちゃんは絶対にそういう条件というか マスト枠は厳守したほうがいい。人にはそれぞれ譲れないものってあるはず。それはEちゃんの場合は・・・ 親であるOさんに言って失礼になったらごめんなさい!でも Eちゃんは お金というものが 普通の私たちよりかかる人だと思うし それに嘘をつくといいことない。いや 愛で結ばれた二人におめでとう!というべきなのに 私ったら ごめんなさい! でも いい選択におめでとうと Eちゃんに伝えて」

「ありがとう 水上ちゃん、そう理解してくれて ありがとね。あの娘の幸せを祈っててちょうだいね どうか♪」

というやりとりから また月日が流れ・・・

昨日の電話で ひとしきりお互いの話をわんやわんや。

この30年弱の間に、死んじゃったら困る夫であるたんちゃんの大病や、Oさんの、本人はいたって深刻なのだろうけど、訴えを聞いているうちに ちょっと笑ってしまうような更年期の七転八倒の時期も経て、いまは庭付きの戸建てを売り国立の一橋大学近くの桜並木のみえるマンションで、たんちゃんと8月と9月だけ山中湖の別荘で過ごすような生活をされている。

自然とEちゃんのことに話題がなり、Eちゃんは再婚で息子が出来て今年小学校に入学したのだという。

しかし数年前に乳癌になって全摘手術をしたということを Oさんはさらりっと言ってのけるから・・・「Oさん そんな 大変だったでしょう・・・」という私のおどろく声に明るく

「でもね、彼女の人生で乳癌の時期を乗り越えて。子供は息子一人しか持てないけれど、まぁ それはいいわって。大丈夫よ。彼女も彼女の人生の中で色々あることは あるわけだから。それより ジュンペー君がさ(息子)水上ちゃんも知ってのとおりの野心もなんにもないよーなぼ~~~~っとした子だったでしょ。あの子が地元のイタリアンでずっと働いていたのは 知ってるわよね。そこまでは。・・・・でね、2年くらい前に まぁ 私たちの力も借りて国立でイタリアンのお店を持ったの。でもね 1年経つくらいの時に、もうお母さん だめだ・・・っていうから もう仕方ないから いいわよいいわよ たたむときも なんとか面倒見てやろうくらいの気持ちでいたわけ・・・それがね、あのいまの あのNSN・・・??あ? SNSっていうの?そうそうそういうのでね お友達が宣伝をしてくれたみたいなの・・・それで なんとか 2年たつんだけど なんとか続けてやっていけてるみたい」

私は・・・この Oさん夫婦の口調というか 風情を感じる時に・・・・

なんつううか・・・都会の人にはかなわないなぁ・・・と 心底思ったりするのです。

私の親であったら 妻子持ちの人と付き合い 贅沢な生活をおぼえる娘を野放しにするわけはなく。いわれのない高価なものを受け取ったなどと知ったら 殴られると思う。

そして商売がうまくいかない、わが息子の話を他人事のように 軽やかに語れる その感性。

これは 私の知っている ちょっとしたことも重々しく 苦々しく 語りがちな 特に母方の親戚の世界にはないもので。

Oさんは 思いっきり オーソドックスな世界で生きる母の感性にしたら ありえない感覚の人なのかもしれないし・・・ 確かに 同じ東京に住む人たちでも コンサバな考え方、美智子さまのご実家のような人たちなら目を点にしてしまうのかもしれない。

だけれど Oさんは Eちゃんやジュンペー君のことを心配していない訳ではなく。そして 要領よく生きていけばいいと思っているわけでもないと思う。ただ Eちゃんには Eちゃんに用意された 試練を乗り越えるために 親である自分がでしゃばっても 徒労に終わるのではないか?・・・と ドライな 割り切った考え方を、どこかの時点で 親である苦悩がもしも誰にとってもあるのだとしたのなら、きっと どこかでそれを、処世・・現代を生きてゆくために身に着けたのだと・・・私は 思っている。

 

和装

ここ最近、和服を着ることが時々ある。

和服を着る理由は、夕食などの席に声をかけていただく時だ。

声をかけていただく。ということは・・・暗黙のうちに、お代は無用。というような相手もたまにいる。

そんな時は相手によって和服にする。

それが せめてもの礼儀。と最近の自分は思うようになった。

私が お金を少しもった中年のおじさんだったら 若い純粋な女の子へなら いくらでも美味しいものを食べさせてあげたい。 美味しいです!と言われるだけで十分に満足するのだろう。

時に 美しさの花盛りの30代との食事の機会に恵まれたなら、華を感じるような嬉しさともに食欲を満たす喜びにうかれるのだろう。

そうなると、50過ぎの女の人との食事の席には、楽しい会話とある程度のきりあげの良さが安心感を与えるってもんだろうか。と そんな気持ちでいいとこ3時間くらいしかもたない和服に袖を通す。

 

とうきみ 枝豆 美味しさラストスパート

とうもろこしは夏の間、ほぼ毎晩といってもいいほど我が家の食卓にのぼる。

それに続いて枝豆も。

夏の盛りが終わり秋の気配が強くなってくる頃、この二つは、味がもっと美味しくなるように感じる。

 

毎日食べ続けているから味の違いに敏感になるだけで。

秋というのは、大体において食物は美味しくなるのかもしれない。

この夏は、夏大好き人間の自分も少しばてるほどの暑さでした。

しっかりと秋は美味しいものをいただいて、太ることなどあまり気にせずに天の恵みの盛りのものたちを楽しみましょう。

冬がやってきます。しっかりと食べて

北海道の厳しい冬を楽しく過ごせますように。

今年は 再びクロスカントリーを始めようと思っています。

冬ほどスポーツ大切なのだ。と、分かってはいるのですが。がんばります!

視界に入ってくるもので癒され効果

夏休みに、盤渓で2回ほどテニスをした。

いい汗もかけましたし。 また! なにより かにより 視界に入ってくるものが 緑たちと 全身ゴムまりのような若者たち。

いやぁ 若いっていいなぁと 普段 視界に入ってくるのは 同じくらいの年ごろの女性や ちょっと 年上の方たちばかりだったのだ・・・ということに気づく。

そうやって 視界が少し 広がると 今度は そういった景色も日常で入ってくるようになる。

スカッと日に焼けた肌がものすごく魅力的な女の子がかっこいい自転車に乗って北一条の坂道を降りてくる姿が飛び込んできた日は 自分もそんな女の子になったような気になり。一日気分がよい。

視界からの癒される効果って 思っている以上に大きいことに気づく。

運 運ぶ

人には 運ってあるのかな・・・ あると思う。

運って なにかな・・・ 空気が 他人が その当人の放出しているエネルギーに見合ったレベルで はいよ!と、運んでくるものだと思う。

いまいる自分が 空気をきって 身を運び 人と出会い 人が運んできてくれるもの。というのが 運と定義づけるとしたのなら その中にある一つの事象に気づいたことがあって。

自分個人の場合は 運とか いい流れって 大体において 地味な風合いを帯びていることが多い。

どうやらそれが 自分の運気なのかな・・・って 最近になって その輪郭がはっきりとし始めてきて。

 

人によっては 華々しい出来事の場合もあるだろうし。 ものすごいエキセントリックな人との出会いが自分の運命を変えた、というようなお話だって聞いたことがある。

話は 少しずれてしまいますけれど

林真理子さんの 「最高のオバハン」という 読みやすい小説、すごく面白かったです。

強烈な個性を持った52歳のお金持ちだけれどすごいケチの女社長が、色々な相談者の悩みを 次々と 彼女の切り口で解決をしてゆく。

その中に いづみという38歳のフードジャーナリストとのやりとりがある。いづみは 10年くらい家庭をもっている人と不倫を だらだらと続けてしまっている 独身女性。 その彼女の父親が亡くなり 遺産が入った。

その遺産のなかの300万円を貸してくれないかという 不倫相手の男の要望に応えてしまったいづみ。

相手は一応 大きな商社の部長であり マンションは持ち家で、ひとり娘は大学をもう卒業しているはずなのに・・・何に使うのか?と不審に思いながらも 半年以内に返すという約束で貸した その300万円は、なかなか返ってこなく憂鬱な気持ちでいるパリの取材旅行で 偶然 強烈な個性の持ち主 ハルコと出会い、流れで そんな悩み相談を カフェでしてしまう。

それに対し、 ハルコは こういう。

「ふうーん・・・・・ その男のことはどうでもいいけど、三百万は惜しいね」と。

そして いづみに 日本に帰り すぐに きちんとした書式にのっとった何の感情もはいらない請求書を送りつけなさいと指南をする。

ハルコは 「愛人をつくって 奥さんにばれもせず十年も続けられるほど甲斐性のある男はね、他に愛人がもう一人いるっていうことよ」 の言葉を なかなか信じようとしないいづみに対し、まったく 慰めの心のマッサージもない指示を出す。 払えないっていったら、マチ金から借りても返せ、って言うのよ と。

そして いづみはその通りにする。

その結果・・・

数か月後 奥さんが 利息をつけて その300万円を返しにきてくれ。 そのお金は やはり 六本木の性質の悪い女に脅されて必要であったという話に対し、ハルコは こう言い放つ。

「あなたの場合は奥さんが向こうからやってきた。しかも下手に出てる。お金っていうのはこういう時に利用したいもんね。・・・・・・・略」

要するに お金がなければ あなたは 奥さんから 本来はさんざん嫌味を言われた立場なのよ。それがお金というおかげであなたは奥さんからありがとうと言われる。お金っていうのはこういう風に使いたいものね。

ということを 言っている箇所が これぞ 林真理子の真骨頂だなぁ と感心してしまった。

 

それにしても このハルコさんのような人が 運を運んできてくれる そんな人生もあるはずだし。

また 違うことだってあるだろう。 もしかしたら はた迷惑な存在になることだってありえる。

そこで自分のこととなると、この世を去るまで自分はどんな風を立てて、そこに何を置き去りにしてゆくのかはわかりづらくとも・・・

できるかぎり 欲をいえば 希望をいえば 人に対して いやな気持を残したくないなぁと 願うのですよ。運は運べなくても・・・ それが 自分の消極性を顕著に表し、限界を示していることは確かですが。

けれど この 厭な気持を残さないで そこを後にするってことも すご~~~~~く 至難のことだと

多くの(天国 または 閻魔大王の取り調べにあっているような)人たちを 見送る年になると つくづく思うのですよ。