ブログ書き手:トンプソン水上敦子

Thompson Internationalを起ち上げて以来、ずっと徒然ととりとめのないことを書き続けて はや数十年になろうとしています。色々なことを、漠然と書いてきたので、時には多くの方に顰蹙をかうような文章もあったかもしれません。 ただ、これからも ゆっくりとですが、毎日この小さな英会話スクールの窓口から感じることを書き続けていきたいと願っています。どうかよろしくお願いいたします。

実用英語試験1級一次試験なんとか合格

この実用英語検定1級・・・正直辛かった。

なぜに 約30年くらい前、1997年に準1級 勢いで合格することが出来たのか?あれは幻覚だったのか?と 思ったほど。受かんないんだもの。

父が亡くなった4年前から 一念発起して受けるようになった この試験。

去年はコロナ騒ぎで受験できずにいたけれど ほんっと・・・ もう一歩のところで受からないの繰り返し。 そのうち 目の衰えと気力がもたない現実が襲ってきたりと 時間との戦いにするよりも こりゃ・・・実力150パーセントなみなみで挑まなければ日の目はみないだろうと腹をきめていた。

先月のテスト 受けてきて 一番よかったときで1点少なくて落ちた素点より5点もReadingとListeningが足りないんだから これまた だめか・・・と インターネットで合否速報も観覧することなく毎日過ごしていた。昨日ポストに通知が投函されていたのも びりびりと封筒やぶって みてみたら 合格の前の不の字がみえない。まさか?と思って もう一回確認したら 合格 と書いている。 驚きすぎて腰を抜かしそうになりました。

あんなにぼろぼろだったのに? なぜ? と 技能別正答数をみてみたら Writingで95パーセントとれていた・・・らしい。

でも こんな流れになると思っていないので 面接試験の準備なにもしていない。 試験は来週らしい。 どうしよう・・・ まぁ 今回落ちても 2回チャンスがあるというから 一回目は 様子をつかみに行ってきます。

今回のこの試験。勉強する楽しさを コツコツと重ねてゆく中で 時間の流れが違ってみえました。 若かったとき ガツガツと見栄や勢いで勉強したときとは違う景色がみれました。 この感覚を一生忘れないで 死ぬまで ずっと 勉強を続けてゆきたいです。そして 皆さんのお役に少しでも立てるように精進してまいります。

私は 読むことの楽しさを、希望される方に伝えてゆきたい。そして 読み書きのなかで 豊かな想像力を養って 楽しい人生を送っていける そのお手伝いが出来たら 今回の人生では それで 十分です。 どうかよろしくお願い申し上げます。

 

エレガント 

エレガントとはなんぞや・・・と、フランスにまつわる本なんかに出てきそうな課題であります。

このエレガントという言葉をなぞっている時は、どういうわけかわたくしの場合、インターネットで中古物件を観覧している場合に多いのです。

この中古物件、特に家具などが置かれていて 生活がありありと伝わってくるようなものを見るのが すごく好きであります。

それらをみながら、ううむ エレガントとは お金だけでは買えないもので また お金とうまい具合に相乗しながら鍛えられていくものでもあるのだな。と 強く思うのです。

1億円以上の物件の中には 頭をふりたくなるほど エレガントなものもあるし。こんなん・・・くれる。と言われても 欲しくないなぁというような 悪趣味の家もあるし。はたまた 何の記憶も残さないような 住まい方もある。と。

その逆で 2800万円くらいの値のついた物件で、住まい手のエレガントな暮らしぶりが 毎日の空気の粒子の中あちこちに美しく残された家もあります。

使い手によりそった形でカスタマイズされた台所。ここにこんな工夫をしたら暮らしやすいだろう。と金づちと釘で作った棚や、心地よく配置された趣味の良い家具。そして優し気に扱われた諸々の形。ときには小さな庭と出入りの出来る扉が台所からの動線に美しく設置されたりしている。

そして 2億円以上のものの中で、おそらく音楽関係の仕事の人の家だろうか。中目黒という洗練された街に建つその家には防音装置のついたオフィスめいた部屋が地下にあり、エレベーターがついていた。西洋式(トイレ、洗面台と共になった)のバスルームも各階につくられた個人部屋に其々設けられ、最上階のリビングルームには目の覚めるようなブルーのゆったりとした長いソファが曲線を描くように置かれ、それをピリリと引き締めるように幾何学模様のクッションがすてきなアクセントととして散りばめられていた。壁面はセンスの良い写真や絵で飾られ、ここで この家の人たちは 本当に寛いでいることが伝わってきた。きっと きちんとした出で立ちで。

そしてリビングルームの階下には食事室があった。食事室と呼ぶのに相応しいような作りなのだ。 台所は 対面式でもなんでもなく 料理をするためのオープンな部屋であり、そして 食事をするテーブルは 食事をいただくためにある。といった具合だった。 洗濯室や、なんとメイドルームというものまであった。 室内から床と同レベルのウッドデッキをつけた半室内ともいえる庭(バルコニー)に出れるのだ。その箱庭が えらく美しかった。

この洗練された エレガントな家は、色々なものを見聞きし それを仕事にし経験し、大きなお金に縁を持てた人が住んでいるものであるのは インターネットの画像からも伝わってきた。

美しいなぁ・・・とため息が出た。

残念ながら 私がこの人のインテリアの何か一部を真似したところで、まったく このようなエレガントな空間は作り出せないことは一目瞭然であり。 私には私にしか出来ない暮らしを コツコツと積み上げてゆくしかないことを 思い知るだけなのだ。

けれど

精一杯の衛生管理と、少しずつ少しずつでも 美しいものに向かって 生きてゆこうとする姿勢の中でエレガントという言葉はもしかすると宿ってくれるのかもしれない。と 思えた。

10万円を出して 一人かけのソファでも それは 素敵なものもたくさんあるし 高級品の部類だと思うが・・・なぜか ビビビッとくるものはないように思うのは私だけだろうか。

私は 私が20代の時に買った 店じまいセールで買い求めた28000円のソファが 死ぬほど好きであり、買った当時から表情のある家具だなぁと愛しく思っている。

この一人掛のソファは私の体の一部と言っても良いくらい。一緒に色々なところに行ったし、生地を張り替えたりして大切に使っているもので死ぬまで使おうと決めていたものである。

が、なぜに ここで 過去形を使ってしまうかというと。

いま このソファをぜひ交換してくれないか?とある人に請われているのである。北欧家具の Hans.J.Wegnerとかいう人のデザインしたレザーの一人掛用のフォルムのきれいなソファで・・・。実は上記の10万円くらいのよくあるタイプだったら 即NON! と言えるのだけれど。さすがに 有名なデザイナーさんの作った椅子だけあって 美しいし 座り心地もまるで宙を仰ぐように気持ちが良い。 ううむ 悩ましく いま 毎日 葛藤しながら 悩んでいる・・・。

 

 

パジャマ

すっかりと ツモリチサトさんのパジャマの大ファンになってしまった。

この 優しい着心地。そして夢のある模様など。死の床でもこのパジャマを着ていたいなぁ。着れるものなら。

これまで シルクのナイティがベストなもの。と 思い込んでいたけれど。

記憶を辿ってみたら 私が小学生くらいの時に愛用していた リンゴ模様のパジャマと質感が良く似ているではないか。

着ぐるみに包まれて すやすやと眠っている赤ちゃんのように 眠れるのではないか?と このパジャマはそんな魔法をかけてくれる。

それが ツモリチサトの世界。 この良さが分かってくるのも 昔の自分に出会い始める ある年齢を越えた醍醐味だろう。

 

Manage (ment)

この Manage どうにかする うまくする 愚かにもする そして 時間をなんとか都合する 処理する 都合をつける。という英語 自分は Money(通貨、交換の媒介物)から 語源はきていると信じているのですが、どうなのでしょう。

・・・これぞ林真理子氏の真骨頂。と、思える本「最高のおばはん」の中で

あるフードライターという職業を持つ30代後半の女性が、20代後半くらいから ずっと ずるずると妻子持ちの人と不倫をしている。おおよそ10年以上のその腐れ縁の相手に、300万円程貸してもらえないか?と頼まれる。その相手は一応そこそこの商社に勤め、部長職であり。持ち家のマンションはあり、一人娘も大学を卒業をしているのに なぜ?と思いながらも これまたずるずると

彼女は父親からの遺産の中からその金額を借用書もなく、銀行を通すと分かってしまうという理由から、その相手に現金で渡した。(恐ろしいことに)

それから一年たつが お金は戻ってこなく。段々と会う回数も減っていく。自分は騙されたのだろうか・・・10年以上の仲なのに・・・と 父親からの遺産がなければ こんなお金のことで嫌な目にも合わなかったのに・・・と タイアップもダメになったような仕事で、キャンセルにするべきであったようなパリの街で、偶然に出会った主人公であるハルコに、上記のようなことを相談してしまう。

すると主人公のハルコ52歳は、こう答える。

「その男のことはどうでもいいけど、300万円は惜しいね」と。

「え?」と驚く彼女に

「私が 300万円は勉強代だったと思って、その男のことはさっさと忘れなさい。とでも言うと思った? 冗談じゃないわよ。300万円貯めるってことがどれだけ大変なことか、よく知っているわよ。最初に事業を起こしたときなんか 別れた亭主に 泣いてお金の打診をした あの屈辱は忘れはしないわ」というような感じのことをセリフにしていたと思う。

そして、彼女はその30代の女性にこう指示する。

日本に帰ったら まず その男のところに請求書を送り、それもきちんとした書式にのっとったやつ。何の感情も入らないやつ。それをとにかく送り付け、そして相手の様子をみるように。と。

もう少し待ってくれ と言われたらどうするんですか? の質問に 「期限をつくる。そうね、今月中にしなさい。払えないって言ったら、マチ金から借りてでも返せ、って言うのよ」と。

そして 彼女は日本に帰り、ハルコから言われたとおりにした。

案の定、もう少し待ってくれと泣きついてきたので、マチ金から借りて返してくれと言い、それから期日までに払ってくれない時は、家庭か会社に話すって言ったんです。そうしたら思わぬ展開になりました。

と すでにパリから日本に戻っているハルコに電話で

なんと 奥さんが利息をつけて借金を返済に来てくれた。その理由は その不倫相手には、ハルコの睨んだ通り、もう一人女がいて、性質の悪い女でうしろにいた男の人が あれこれとせびっていたようです。それでにっちもさっちもいかなくなって、奥さんに泣きついたらしんです。との報告に・・・

ハルコは一言、こう言い放つ。

「今度の場合は、奥さんが向こうからやってきた。しかも下手(したで)に出てるお金っていうのはこういう時に利用したいもんね

夫が借金してなかったら、奥さんはあなたを上から見て嫌味をさんざん口にしたはずよ」

私はこの件を読んだときに、これぞ・・・林真理子だよなぁ・・・となぜだか妙に・・・感心したのをおぼえている。

最近、年を重ねるごとに この・・・お金っていうのはこういう時に利用したいものね。という言葉を自分に・・・ときどき 投げかけながら行動するときがある。

ひじょーに 日常的なことすぎて お話にもならないかもしれないが。先日、こんなことがあった。

ある対面式のお肉屋さんにて、ずっと 買いたかった 牛のもも肉が置いてあった。

いつもいく大金さんにはなくて、ある商店に入っている精肉店にあったのだ。

私は嬉しくなって「このモモ肉、焼き肉にするくらいの薄さで250グラムほどください~~~」と頼んだ。

すると そこのご店主は「これは 塊でしか売れません。それに 牛のモモ肉は薄く切っても使えないですよ。料理になりませんよ」と バシッ!と言い切る。

私は「なんだかね メキシカンの エンチラータとかっていうレシピがあってね。それに 牛モモの薄切りって書いてあったから 作りたいなぁと思って・・・そうなんだぁ この モモ肉って 塊でしか売れないんだ」

と そこのご店主は、原則に従ってといえばそうだし。頑固っていうとまたそうだし。まぁ 柔軟な対応は望めないだろーなーと 分かりながらも 私はその肉をずっと みつめてみた。 3048円。 グラム300円と書いてあるから 1キロくらいかぁ どうだろ。 そのエンチラータで250グラム使って あとは ローストビーフ? それでも 二人でローストビーフ500グラム以上食べるのきついなぁ・・・ あ 食べさせてもらうの大好きっていつも言っている あの人・・・母でも呼ぶか。で、残りの250グラムは カレーか煮込みにする。

っよし!買お! と 頑なに(流されまいと) 背中をみせている そのご店主に

「こちら いただいていくわぁ🌷」と つややかな声で呼びかける。

このつややかな声音の中には どこか 勝ち誇った印象もあるのか。

店主は えっ?と 少しひきつった表情で 私を見返す。そして おどおどと 「すみませんね・・・ お客さんの要望に応えられなくって」と なぜだか 謝りの言葉を述べる。

それに対して 目が笑っていたかどうか不安だが、にっこりと 「いえいえ、これって やっぱり ローストビーフが適切なのかしらね 料理には」と尋ねると「ええ、ローストビーフが一番だと 思いますよ」と 急にてきぱきと答える。 きっと ローストビーフとして使ってもらいたい一心で、この人、この品を店頭に出したのかな?と思うほど。

「じゃあ ちょっとそれにも挑戦してみますね」と ☻塊肉を手にし、その場を離れながら 私は こう思った。

・・・お金っつーのは かく使いたいもんだなぁ・・・ ああ 私に余りあるほどのお金がもし、あったのなら こんな使い方いつもしたい~~~~~! と 心で叫んでいた。

ごちゃごちゃ、しみったれたことを言わずに、金持ち喧嘩せず。言葉は悪いが お金で 多くのことは解決できる。

残念ながら いまの私には お肉単位でのことでしか その快感を得ることは出来ないが。

常に 念頭に このハルコさんの名文句 お金っていうのはこういう時に利用したいもんね を、置きながら 自問しながら生きていくように心がけたいと どこかで 思っている。そうでないと なぜだか お金があるのにお金の苦労をしている親戚のおばさんの様になってしまうのではないか? と、申し訳ないが悪い例で彼女のことを思う時がある。

その叔母は、妾さんのところに行ったきり帰ってくることのなかった夫の死後 多額の遺産が入っても それまで お金は使うものではなく、節約に節約を重ねて、少しでも貯めるものとしか考えなかった故に、使い方がわからないのだ。   人をみると お金が目当てで寄ってくると疑心を抱き。娘たちからは 税金でもっていかれないために 一年に何回か名義変更を強制的にさせられる。と、その娘たちからの攻撃に ただただうちひしがれる 毎日。って・・・ 私は思う。 おばさん。 妾さんのところに行ったきりの夫から 食い扶持を与えられるように 受け取っていたお金から 多くのことを学べと 言われても 時代が許さなかったのかもしれないけれど。

けれど なければないで嘆き、あればあったで苦しみの種にもなりえるもの。が もし お金の正体だとしたのなら。

お金に対する ハルコさんの意気込みは、日常単位からも持ちたいものだと。最近、よく 思う。

気働き

この気働きのまったく出来なかった(現在も・・・おそらくその傾向あり)自分が言うのもいかがなものかと思うけど。

女の子は、多くのことが例え出来たとしても、この気働きの全く利かない子は、あかん。と 思う。

気働き、気を働かす。 ということ。 なぜに これが 出来ん? と 自分に問いかけてみながら これまで生きてきたけれど。

ほんと・・・ 若いころから これが 出来ている人は、違うのよ。違うの 色々なことが。

一度 ほんと―に 気働きが もう少し出来るようになれないものかと 夜のホステスさんとかに弟子入りしようか。とまで、思ったくらい。 きっと あちらから断られたかとも思うけど。

灰皿持ってきて。と 言われたら ライターも 一緒に持ってくるのは今時、時流ではないにしても、書くものある? と言われたら 当たり前のように 紙とペンを差し出すとか。 石田光成じゃないけど お茶は最初の一杯は少しぬるめに、次は熱く。とか 何かしていただいたら まず最初のありがとう。そして 次に会った際にも その節は・・・とありがとう。と 記憶に留める。とか、あるお茶のお家元の 娘さんは、 お母さんから どなたかに偶然にでも会った際には、その方に何か お世話になったことはないか? と まず 一目散に 考えるように。それから挨拶と 教えられた。とか。

これは 家庭環境が ものを言うのだな・・・と 思ったときに 随分 我儘放題に また いくら親が教えてくれたとしても 聞く耳を持てなかった 私は 自分の失敗からしか学ぶことが出来ない。という 随分 遠回りで損な生き方をしてしまっている。と、思う。

そんな風に思っている中。

昨夜 小学校6年生の女の子を 窓際のカウンターで 読み書きを教えていた時に。

今 この寒中、外で仕事をなさっている方々がいて、その中に毎日、道路に立ち棒や旗を振って頑張っている女の子がいる。

その娘さんが、昨夜 5時近く(もはや暗い中) スクールの前の窓は大きい。外から 棒を振るようにみえたが あれは単に手を振ってくれていたのだろう。 私と 教えているRちゃんは 「なんだ?なんだ?」と 彼女に それでも 手を振り返す。すると彼女が近くに寄ってきて 手袋をスクールの前で拾ってくれたのだろう その手袋を 私たちの方にみせてくれた。 するとRちゃんが 「・・・あ・・あたしのだ」と呟いたきり、 動こうともしない。

私は  すかさず 立ち上がり、 Rちゃんの首、襟元を(お母様には申し訳ないが、昔の 猫をつかむような形で) ガシッとつかみ。

「Rちゃん! そういうときは まず 立つ! そして自ら近寄り、お礼を 言うもんだよ。 拾ってくれた人が なんで あんた(お母様には 怒られてしまうかもしれないが 幼稚園から来てくれている 彼女には どうしても 他人事とは思えないなにかを感じてしまった)の方に 歩み寄って持ってきてくれなきゃいけないの! そういうときは まず 自分から行く! そして まず ありがとうございます! そして 外で寒い思いして仕事をされている人には 寒い中 ご苦労様です! と言うんだよ。さあ 行くよ!」と すっかり大きくなった体を引きづるようにして 外に出て お礼を 二人 頭を下げた。

・・・と なぜに この子は 体が パッ! と動かんの? と 私はしばらく 不思議に思っていたが。

きっと 自分もこの子のような少女だったんだろうな。と 思いながらも いや 昭和は もう少し 子供も 大人に混じって こうしなきゃ ああしなきゃ。とか考える 環境があったようにも 信じたいが。どうだったのだろう・・・。

いま この時代、親が厳しく躾けたい。とか思っていても 社会が色々面倒をみてくれるようになってしまっているのだろうか。

社会の雰囲気が なんつーか 人を鈍感にさせてしまっているのではないか?

私はある 光景を思い出した。

10年くらい前だろうか 東京で地下鉄に乗っていた時に、乗車してきた女の子のバッグが扉に挟まってしまった。

女の子は叫んだ。 私は何かと思って ハッ! とそちらを見た瞬間、その中で すぐに体を動かしその子を助けた男の人が一人いた。 なんと 扉を力ずくで開き バックを中に入れてくれた スーパーマンだった。 その人が誰だか 私にはすぐに分かった。

なぜかというと その人が乗車してきたとき、 とても原始的な表情をした 目つきの鋭い人で ちょっと  怖かったからだ。

しかし その人は 実は 感度の優れた人だったのだ。 ・・・驚いたことに、信じられなかったが・・・彼以外の 他の男の人たちは その出来事が起こった瞬間、後にも、 スマホ(その当時は携帯?いや スマホかな?)をみながら ずっと下を向いていた。

その光景をみたときに ゾッとしたのを、今回の出来事とはちょっと違うけれど 少し重なって 思い出した。

鈍感になりすぎている 自分を振り返ってみる価値は この時代 重要だと 思った。

明けましておめでとうございます。

今年は、世の中が良い方向に向いていけれるように 前向きに 前向きに(去年は 引きずられるような印象の強い一年でしたので) 過ごしてゆきたいと希望しています。

と、トランプ支持派が暴動を起こしたりと。 例年通り 年が明けると、大きなニュースで騒がしくなります。それでも個人的の思いとしては これは 明るさへ向かっての 一歩と(亡くなった方には 不躾ですが)信じたいです。

さて、新しい年になると、今まで続けていたものの見直しを図ったり、そんなことって皆様、ありませんか?

先日 母との会話で こうやって 人は従来の行動をやめたりするのかなぁ・・・と 思うことがありました。

母「 年末にはしっかりと 払うもの払ったし、何もないはずよね。グリナさんだって 31日に支払い終わったし。30日に到着したものなんだから、当然よね ぎりぎりの年末になったって」

私 「あの グリナさぁ トンプソンがお母さんからいただいて飲んでみたけれど 最初のうちは効いていてい良かったみたい。けど、結局はパンチのキレが悪いなぁ。って言っていたわ」

母 「あら そう じゃあ もうあげない。 ・・・・・・そもそも ジェフリー(夫の名前)って、あの人・・・ストレスってあるの?」

私 「・・・ちょっと 失礼しちゃうわね。それなりに あるわよ。 仕事ではないのかもしれないけれど カナダにいる お父さんの問題とかさあ あるわよ・・・それなりに。・・・っていうか あなたこそ 毎日この世の春状態で生きててさ ストレスフリーな毎日じゃない。 ご飯食べてるか 午睡しているか お菓子食べてお茶飲んで  カーブス行くか 麻雀は いま出来ないかもしれないけれど翌日の仕事もなく いつだって寝れるんだから あなたこそ グリナ もう必要ないんじゃないのぉ?」

母「 (笑) ははは そうかもね。 ついつい お父さんが生きてる時から ずっと飲んできた グリナだけど。確かに もう やめるか」

私 「そうよ そうしなさ~い」

と そんな具合に 物事は 淘汰 というか 仕分けされてゆくのだろう。

きっと どこかの 夫婦の会話でも 車の中かどこかにおいて

「ところで 君 英語って ものになってんのか?」

「なってんのか どうか わからないけど、 今 辞めちゃうと これまでのことが無駄になるし」

「そうかといって いま おまえさんの ものになってんだかなってないだか 分からないものへの ***円より、 ***子への 差し迫った教育への投資の方が先なんだから 今年は もう英語 やめてくれ。いいな」

「・・・仕方ないわね。じゃあ 今月いっぱいにするわ」

 

と 新年とは そういうもので だけれども また 新しく物事を始めよう。と希望に燃える人が 数多くいらして。

私たちは その循環の中で 存在するだけで。 それでも 縁をいただけたらお別れの際にも、上記の会話のような中に

でも 力はついた。と思ってもらえたり やめるのは残念だ また 来たい。 といった 思いを抱いてもらえたら それが 本望です。

さあ 今年は どんな方々と出会えるのかな。 楽しみにお待ちしています。

Thompson Internationalで どんどんと力をつけている皆さんの

空気がここにはあります。

私たちは その空気の中で 本当に楽しませていただいています。

一緒に力をつけてゆきましょう。

2021年1月

Thompson International

ハヤブサ号

ちょっとだけテレビで観たことで。あのハヤブサ号というのは、名のなき一人一人の職人さんたちのパーツで作り上げられたものだとか。(当然・・・そうなるか) で、その技術度の高さ、精密さは大したもので、やはり日本の職人技術は世界でもトップレベルなのだ。という人々の感心を呼び起こさせるような内容のものだった。

そして、数日前かな、ヒアリングの練習で、Cameron Herold という人の Let’s raise kids to be entrepreneurs というものを TED(YouTube)で 聞いていた。

内容は、ご本人は起業家であり、あまり学校の成績はよくなく勉強は嫌いであったが、家族は自分に起業家であれという育て方をしてくれた。教育を “Being entrepreneur “ 企業家であること ということに焦点をあてているわけだからして、どうやって物から利益を生んでゆくか。ということを親は徹底的に子供に仕込むのである。

マンガ本を 比較的お金の困っている友達から買い取り、裕福な家の子供に 50セントあたり(約50円)を上乗せして売る。 クリーニング屋さんのあの針金ハンガーを集めてお金にしたり 7歳の頃から色々なことを始めるのだ。14歳の時には ゴルフ場の仕事を夏休みのバイトに友人たちは始める。が、彼は 一日中、同じグループについて 日当幾ら(確か10ドルくらい)しかも貰えないのに対して、 ゴルフ場の坂道になるような辺りで待機している。そこで 何組かは(カナダなので)たまに カートもキャディもつけていないような人たちがいる。その彼らに 重いゴルフバッグを 一回1ドルで運ぶというサービスをして 一日中、それらしき人たちのいる丘の麓をめがけて走り回らなければならないながらも 友達の2倍以上は稼いだ。というような話だった。

おちのところまで まだ聞いていないけれど。 そのうちに彼は人を働かせて利益をそこから生むことを覚えてゆくのだけれど。 で、子供たちにも もちろん 医者になれ 弁護士になれと教育するのは悪いことではないが起業家になるための教育をもっとするべきだ。というようなことだったと思う。(もしも私のリスニングに間違えがなければ)

でも・・・ なんかねぇ 日本人としてのDNAか何かは分からないけれど、心に入ってゆかないなぁ。と思う。まず この子供のバイトでのお金の稼ぎ方は チップシステムのない日本にはちょっと合わないし。また 友達から安く買ったマンガ本を 親が金持ちの友達に高く売る。というのも 需要と供給バランスがよければいいなら 責められることではないけれど。ま 無料(ただ)で貰ったものを 売ったわけではない分、いいのかな。

・・・ あ そうか。 きっと 私はこういう人と友達にはなれないな。と思ってしまうタイプの方なんだな。と思った。

人間というか 女とは(違うタイプの人もいるかもしれないが) 実に 自分勝手なもので

金儲けのうまい夫は欲しいくせに、そういう人とは友達にはなりなくない。と 思っているとおもう。

で、自分の場合、金儲けのうまい夫とは縁もなく、自分もこの人のように徹底してお金を追って幸せになれるか?というとそういうタイプでもない。と ある時期に 諦めた方である。

で、 どうすれば幸せになれるか・・・と考えたときに、 ふと 周りを見渡すと 自分がカッコいいなぁと思う男の人たち(仕事をする姿は どういうわけか 男の人の方が 分かりやすい)は、 自分の技術を追い求めている人たちだった。 髪を扱う仕事ならその仕事。 不動産を扱う仕事なら その不動産という仕事を動かすために色々な人と交渉事が出来る引き出し。そして 粘り強さ まとめ上げると大きなお金が動く癖に お金をまったく度外視したような 一瞬一瞬の取り組み方。逆に小さなお金勘定をしていたら気が狂ってしまうのかもしれない。 医者だってそうだと思う。自分がその仕事が好きで使命を持っている人に私は診てもらいたい。 スポーツの指導者で勝ち負けの世界だけではなく子供たちに人間としての核を教えたいというような生き方も心から尊敬する。で 思えたのだけれど ハヤブサに貢献した職人さんたちのような仕事を出来る人たちが もっともっと生きやすい そんな国に もしも日本がなれたら、日本という国は なんて素敵な国になるのだろうな。

そろそろ クリスマスの飾りつけ始めました。

今年は、街が早めのクリスマス飾りつけをしているようですね。

そうでもしなければ、やりきれない 一年でした・・・とまだまだ過去形にはなりませぬが。

今年は、スクールも恒例のクリスマスパーティは控えます。そのかわりに、来週あたり クッキーあたりになるかと思いますが お菓子を焼こうと思ってます。

今年は家族だけのクリスマス。もしくは 静かな自分と向き合うクリスマス。 そういう様にとらえて 出来れば 白い雪も欲しいところですね。

Many thanks on the thanks giving day.

先週の土曜日 21日。 たくさんありがとうと、こちらから伝えたいことをしていただきました。

 

16歳の可愛い女の子から花束を貰うのは 人生 初のことで。とても嬉しかったです。

前回の夏には涙した英検に、今回確かな自信をもって合格した彼女。

彼女の嬉しい気持ちが伝わって、私もHappyになりました。

勉強が嫌いだった自分が、勉強をするようになり、その流れで人様を教えさせてもらえる機会を持ちました。

自分の強い願いは、読む喜びを伝えたいということです。 まず読み込む力を一緒に持てるように。

そうして 書く力もつけてゆきながら、当然の流れで話すようになる。 その蓄えを持つ人は 話す言葉に説得力と安定があります。 ネイティブスピーカーでもそうなのですから、第二か国語で英語を使う私たちは もっとそれが必要になる。と、私は 遅まきながら 実感をしています。

 

もしも、水上の読解クラスにご一緒できたなら、読む力を一緒につけてゆきましょう。そして 書く力は(まだ残念ながら私では役不足です)Thompson Internationalの優秀な(法律、医療の翻訳を手掛ける)講師について 添削してもらいながらコツを掴んでいってください。そして 会話は彼らの チャーミングでカラフルな英語をたくさん吸収して、間合いを真似て、音のリズムと文化をGetしていってください。

それらを 身に着けて 大きな世界へと羽ばたいていかれるように、心より応援しています。

Lemmon Tree🍋

秋口にレモンの木を求めました。

2回目の挑戦。今回はうまく育ちますように。 土も入れ替えて 日の当たるところに置いてます。

青色だった実も黄色く色づき。

夏には外気にあてて すくすくと育てられますように。

そして寒い季節は室内の空気を暖かく照らしてくれますように。