真似したいこと

冬になり、多くの人が行き交う街の大型書店で気の付いたことがあった。

BO Body Odor いわゆる 体臭というの? 衣服についてしまいとれなくなるようなレベルの、言ってしまうと不愉快な匂い。

あれは 夏ではなく 冬の時期に気を配り、エチケットとし注意を図らねばならないものだったのか。と。

そうか。 冬のコートは毎日洗濯できるものではない。意外と汗をかく。ましてや子供などは外遊びで汗をかいたものを冬の間中、洗いもせずに着てしまうケースがある。防寒用の服を洗いもせず、風も通さずいる結果の匂いがそうか これなのか これなんだ。と 真冬の札幌市のと、ある大型書店で気づく自分の鼻は、東京に行ったばかりの19の夏、満員電車でのそれと同じものだった。

嗅覚の悪い自分がそういうのに気づくことは滅多にないのだが これは 自分自身気をつけねばならないなぁ・・・と 自分のや同居人の防寒ジャケットも、裏返しにして風にあてたり 洗うことは出来なくても 裏側をデリケート衣類洗剤を薄めたもので拭いたりと。やっているうちに

これって 家だけではなく どこかで コートをかけるときも 同じように裏返しにしてかけてもいいのではないか? と 思っていた矢先。

Thompson Internationalに札幌で有名な建築家の方がおみえになっている。

もちろんお仕事柄お洒落な方ではあります。そのうえに その方はいつも自然に自分のコートをスクールにある一畳ほどのクローゼットにかける。 そのコートに昨日何気なく目をやると なんと!仕立ての良いコートを裏返しにかけてあった。

おおお! これでいいのだ。 冬はこれでいこう。と確信しました。

昔 お茶の先生に、よくたしなめられたことを思い出した。 まず風呂敷をもっておいでなさい。

その風呂敷に自分の身の回りの物を包んでから それから ご挨拶です。と。

そーだ そんな教えもあったよなぁ・・・と、身についているのか身についていないのか あやしいもんだと反省しながらも。

気の利いたレストランに入ったときは まず コートを脱ぐ、または脱がせてもらう。そして お店の方に 必ず 預ける。 どこかへ行った際も コートをかけるところがないか。 それをみれるようになれたのは、あの教えのおかげであるの、かもしれない。

あの方は男性だというのに、この作法に加えて、コートをさらりと裏返しにしていることに いやぁ さすが 一流といわれる方なんだなぁ・・・と 昨日は改めて感心してしまった。

コートを裏返しにする。ということは 上記の問題も緩和できる・・・かもしれないし。それに 隣の人のコートが当たっても 自分のコートの表生地を傷めない。という 昔の知恵もあるのかもしれないな・・・。と考えさせられた。

まずは掃除しよう

人の目には ピエロが住んでいるような家に映るかもしれないし。

ごちゃごちゃして掃除しにくそう と思われる方もいると思う。

でも 自分にとっては この空間が 現在のところ 一番落ち着く。

自分は マメで丁寧な暮らしというのは 向いていなく。

あまり きっちりしすぎると 居心地が悪い。

そして 不思議な事に 張り切ってこの部屋のために買ったというものが殆ど無く。 いつのまにか 集まっていたものたちを 一番 伸び伸びしそうな場所に置いている。といった感じがする。

ランプも 旅行をしていて いいな と思うものを その都度 持ち帰ったものたちだし。 家具においては 実家やトンプソンの家から流れてきたもの トンプソンが作ってくれたもの。 ひとりがけのソファは独身時代に買ったものを生地を張り替えて使っている。

そして

整理することは大切なことだったのだ。ったのね・・・

至極 遅い発見だったけど、やっと やっと 分かったのだ。

 

何事も整理のあるところに 成就が宿るのか?・・・ということが。

整理整頓のできている家に幸せが訪れるということは 風水からなる考え方や 近頃の(ちょっとやり過ぎな感もあるが)断捨離考でも 何度も 唱えられている。

料理も 段取り、片付け、手順の整った仕事から 美味いものが生まれるとは 一流のお店や 人気のラーメン屋でも 感激の味に舌鼓をうった時に実感のできること。

衣服も 庭も いや 人間関係だって 挙句の果てには 男と女の関係でさえも 混沌とした中に 整理を求めている人と 求めていない人とでは、何か 微妙なニュアンスでも 出来栄えが違うのではないか??? と 思い始めていたところに・・・

最近になって やっと 勉強というものに 向き合うようになったわたくしですが・・・ 勉強っていうものも そうなんか?・・・と かつて知ることのなかった感触にたどり着いたのだ。 きっと 多くの人達が 高校生くらいでわかることを 50になって やっと気づいたこの感動・・・。

なんだ? なんなんだ?と、結果も出していないというのに 大きく語れないけれど 勉強って きっと その人のやり方で 詰め込み型でも スイスイ暗記型でも マイペース型でも ちょっと苦しみながら自分に合う方法を追求してゆくのが 勉強なのかな・・・と考える。

しかし どの型でも 共通してせねばならぬことが 一つある。

それは 勉強してきたことの 整理をしてみる。ということなのか?

これの 上手い人が 結果を出す。 ってことなのか?

言い換えると 整理をしようとすることは、それまで 積み上げてきたものがなければ出来ない。 何もない な〜〜〜んにもないところに 整理という作業は ありえないのだ。

恋愛も 心の整理 情の整理をできるところまで辿りつけた人は 彩りの多い生き方をされてお幸せでしたね・・・となれるが、まかり間違うと 痴情のもつれで事件に巻き込まれてしまった場合だってあるのだ。

衣服の整理も ある程度の 紆余曲折がなければ コーディネートに深みはでないような気もするし。

やはり 積み重ね ある程度の 分量まで到達することはマストでありながらも その中で 見直し 混み合っていたものを ひとまず 整理する大切さは どの分野にもあるのかもしれない。