Soap 石鹸

音と香りには贅沢しました。…と、自嘲気味に言う人からは たしかに ほんとに いい香りがするものだなぁと思います。

ある人がすごくいい香りをしてたので、いい香りですねぇと 言ったら

紹介してくださったのがDiptyQutというあのフランスからの香りのライン。

石鹸と、髪にかけるスプレーを買い求め お風呂場で豊かな香りに包まれ。白髪の髪に少し華やかさをとスプレーをふりまき。まぁ なんとか がんばってます。

しかし、この香りの魔術。これは 嗅覚が人より発達していて 香りにこだわるタイプの人というのは 必ず 香りを羽衣のように 何重にも レイヤーするように思います。

香水 プップッ とかけて終わりではなく。 石鹸からボディクリームそして フィニッシュのフレグランスと 段階をおってゆく贅沢 Luxuriousな時間を楽しんでいる洒落者です 大体。

我が夫のように、セーターの上にオーデコロンかけて満足しているような人は まず いません。

その洒落者がおっしゃるにはですよ…香りを 一つだけでなんとかしようとすると 直線的になりすぎるから面白くないんだ。そうです。

同じラインのものを Soap から Cream  そして Scent(香水)まで つなげていってごらんなさい 楽しいよ。 と、いう言葉を実行してみたことがありました。

まだ シャネル19番に石鹸があった時のこと。ある時期から店頭では買えなくなり、それで なんとなく その贅沢な時間はなくなってしまいました。

でも いま また このDiptyQutとの出会いを機に クリームはさておき Soap と Scent(今回はHair用スプレー)で楽しんでいます。

イタリアの香りは 少し宗教的な香りがし、フランスの香りは 少しだけワルな香りがするんだなぁ…と

いまは ちょいワルな香りに酔いしれております。

よーく観察してみると、この羽衣をレイヤーのようにひとつひとつ重ねてゆく感覚というのは 洒落者の人たちの極意なのでしょうかね…

服にしても もちろん、肉体美で 一枚のTシャツを魅せる着こなしもあるのでしょうけど 大体 お洒落上手な人たちは カーディガンひとつとっても、体を温めるために羽織るだけという着方はしないように思います。 シャツの色を際立たせる色を必ず選び カーディガンを羽織ります。 例えば 少しクールなミント系のシャツがあると その上に 同じようなトーン 少しミントの入ったアイスグレーの狐でも狸でも できれば カシミヤだと最高なのでしょうけど、下に身に着けるもののトーンが繋がる色と質感のハーレーションをカーディガンに求めているといった具合。

または清潔な白にキッパリとしたネイビーのカーディガンとか。

寒い時に一枚うえに羽織るための面白みに欠けると思っていたカーディガンが 突然、色々と 自分に問いかけてくるようになり、へぇぇ カーディガンは そういうものだったんだ。と、嬉しくなりました。

これから寒い季節になりますね。

まずは石鹸と、そして羽織る楽しさも取り入れ味わいたいものです。

手紙には切手、借金は小さい額からコツコツと。

「Hさんから入金があったわ…」

銀行で記帳をしてくることを頼まれ、そのまま中も見ずに通帳を渡した私に、母はポツリと言った。

え?Hさんって あの お父さんが亡くなった後に、あたしが手紙を送った人?

「そう。全額返金してきた」

「へええ・・・そう・・それはそれは・・驚いた」と、信じられないでいる私は通帳を覗き込んだ。

本当だ。途中で途切れていた入金の残高、数万数千円が入金されている。

あれは、父が亡くなって一年か二年後くらいだっただろうか。いまから六年程前。

父の死後、借用書のコピーが数枚出てきたことは知っていた。おかげさまで借りた方ではなく 貸した方という立場での借用書だった。

母が苦々しく、20年以上経っているというのに一銭たりとも返そうとする姿勢をみせたことのないある2枚の紙をみつめながら、「お父さんがいるから、あまり強いことはこの親戚のFさんには言えなかったけれど、それにしてもだらしない。もう25年も前の250万円の借入なら、毎月1万円ずつ返していたら とっくに返済が終わっているのに。それにこのHなんか たったの9万円だよ。それをはなから返そうとも思わないんだから…ホントにねぇ」

「お父さんの優しさは、相手をダメにしてしまうところがあったもんね…」と 父の優しさに甘やかされて育った自分など、その最たるものだ。と自嘲を込めて言う。

「お父さんは、きっとあげるつもりで貸したんでしょ…。仕方がないよ」と 私はそれから、そのことは頭になかった。

が、母の会話の中に 時々、その2名のことは出てくることを知った私は、ある日、こう言った。

「お母さんさ、文句を言ってるくらいなら、行動を起こしなさい。まず書面で文書送るの。そういう場合は内容証明で」とはっきりと、言った。

「そんなあたし、そんなの得手でないから出来ないわよ。知らないわよ。そんな文書どうやって書けっていうのよ」

普段は強気な態度をみせていても、虎の威をかる狐 と 父の威を借りてえらそうにしていた母も、そんな、お金の話を自らするなどという、ハシタナイこと、自分ではできないと思ってしまう古風なシニアの一人なのだ。

思い立ったらすぐ行動。早速 それらしき文書をインターネットで調べて用意し、中央郵便局から内容証明郵便で借用書のコピーをつけて、相手の方に送らせていただいた。

すると 驚くことに、その二人の人たちから同じくらいに連絡があり、すぐには全額返せないが、毎月5000円ずつ返してゆく。との意思表示があった。

Hさんの9万円は毎月5000円ずつで完済の見通しはつくというものだが

Fさんの250万円は毎月5000円 しかも齢80は超えているというから 一体どうなるのかなぁ・・・と不思議に思いながらも でも その誠意だけでも 天国に行った父は ありがたくいただくのだろうな。と

なぜ この世に残ったあなたの娘は、こんなことをしてるんでしょうか。ハッキリ言って借金取りの真似をしている娘をみて、あなたはどう思われますか?

・・・しかし、誰にも甘い あなたでしたが、ひとつだけ、実の娘に厳しくしてくれたことがありました。

借りたお金は、必ず小額からコツコツ返すこと。それが人からお金を借りるときの心得だよ。と、母をつかって 電話での催促と娘の私の借金には厳しかったですね。あげたものはあげたもの。貸したものは貸したもの。ほんとうにそれを叩き込んでくれたおかげで、なんとか自分も いま世の中を騒がせている政治家のような恥ずかしい思いをせずに、世の中に飽きられずになんとかやっています。しかし、実の子には厳しかったことも他人様には甘く、それはお父さん、その人をダメにしてしまうことに繋がるのかもしれんのですよ。…っうことで。どうかご理解ください。

と、母の口座に毎月それなりに出だしは順調だった5000円もHさんの場合、とぎれとぎれとなり、9万円のうち折り返し地点の4万5千円で入金がストップしたらしく、母が また 私にぼやいた。

それに対し、私はこう言った。「お母さん、文句をぶつぶつ言うくらいなら、電話賃かけて私が室蘭まで電話してあげようか?」と、電話をそのご本人宅にした。

と、ここで、なぜにH氏が父からそのお金を借りていたかの説明をさせていただきますが

父の営んでいたお店の社員さんだったそのHさんは、父母の仲人のもと結婚式をした。

お嫁さんの父親は室蘭でも橋の建設などを手掛けるときのとび職を扱う会社を経営しているような人で、やくざの隣のような貫禄のような人だったけれど、男気のあるお父さんだったという。そのお父さんは最初から、そのHさんと娘の結婚は反対だった。が、二人は結婚し、子供たちは次々と生まれ、きっと途中にもそういう傾向があったのだと思うのだけれど、3人目の子供がお腹にいるときにHさんの浮気が発覚し、怒り狂ったそのお父さんは、婿養子に迎えていたHさんと娘を離婚させた。

で たった9万円の養育費が払えないとかで すったもんだをしていた際に、仲人であった父が仲裁にはいり。その9万円を貸したかたちとなったのが その9万だ。というのだ。給与天引きでもすれば済むだけの話なのに、父の美学がそれをさせなかったから、そのままの状態で残っているというものだった。

養育費ってそんなもんなの?3人の子供への養育費?と思いながら 私は番号を押す。

「はい、もしもし」と電話口に出た声は、中学校時代の同級生Mきだった。と、いうのはH氏は離婚後に なんと自分と中学校が一緒だったMきと再婚し、また数人子供をもうけている。というのだ。

「あ、Mっき?久しぶり、わたし ***です」と名乗ると。

「ああ、A子?久しぶり、なしたの?」と 変わらないちょっとハスキーがかった鼻に抜ける声。

この本題に直行できるあたりが、さすが室蘭のもと不良少女だけある。もと不良少女同士の再会がまさかこのような形になるとは…、なんというか。寂しいけれど 仕方がない。

「本当はご主人と話したいのだけれど、出来る?」と私。 いないというから、じゃあ。と切り出す。

「きっとご存じだと思うけれど、ご主人が返済途中の件のことで今日はお電話差し上げたの」

「ああ、あれのこと?」

「あれのことって…どういう風にMっきは聞いてるの?」と 筋金入りのヤンキーでならした彼女の口調に、今一歩 筋金入りの不良になり切れなかった私はびびる。

「あたしはさぁ、あんたの父さんが勝手にしたことだってHからは聞いてるよ。Hは本当はそんなお金持つ気持ちは一切なかったみたいだけど、あんたの父さんがそん時に、それじゃあダメだからとかなんとか余計なこと言って立て替えてくれた。って、余計なことは余計なことなんだわ。それにいま、うちはそんなお金返せるだけの余裕ないし。あんたにそんなこと言っても分かんないだろうけどさ」

…なぜか借金取りが啖呵を切られてまくしたてられている。普通はこれは逆じゃないのか…?まくしたてるのは私の方であるべきなのじゃないか? と 昔のMっきを思い出しながら私はその電話口の声を聞いていた。

私、彼女のこと好きだったな。彼女はどこかあったかいところあったのを憶えている。お母さんは、Y商店のTちゃんとか頭のいい優等生たちが大好きだったけれど、少し意地悪なところのあるTちゃんなんかよりずっとMっきの方が面白かったし、わかりやすいはっきりとしたところが好きだった。まぁ…それがTちゃんとの頭の構造が違う者同士の共通点だったと思う。

…が、なにもあれから数十年。そんなややこしく情けない男と結婚して9万円の返済に困るような所帯を築くためにあんた、ヤンキー人生歩んできたわけじゃないっしょ。とは、言えるはずもなく

「そういう風に、Hさんからは聞いてるの?」と、抑制しながら 私は聞く。

「そうだね」

「そうか…、娘のあたしがしゃしゃり出ていくような話ではないとは思ったのだけれど、20年近く前の借用書が出てきて、それをそのままにしておくわけには、私も心情的に出来なかったの。で、かくかくしかじかという文面で返済のお願いはご主人にさせていただいた。けど、その場で現に起こったお話は、父亡きいまとなってはHさんご本人と、元奥さんのご両親だけが知っている話だし、当のHさんが、本来は借りるべきお金ではなかったのに、仕方なく借りさせられて、借用書まで書かされた。と、思っているのなら、もう これは仕方ないわね。これは価値観は平行線でしかないもの。それは理解できるわ。HさんがMっきにそのようにお話されていることを、それを本当にご本人が思っているのならね。それでも、一応***の娘から電話があったことは伝えて」

「それは約束できないわ」

とガチャリと電話が切られる。

で、私は 母に 諦めた方がいいと伝えた。

私は、父の長所が不器用なくらいの愚直さになることも、知っている。

そこでそんなことをしなくても…というようなことまで背負いこみ、愚直さも貫き通せば律義さになる。というように生きてきた姿に反発したこともある。それは彼の器にはあっているかもしれないが押し付けられた方としてはたまったものではない。と、Hさんがそのように感じたことは嘘ではないのかもしれない。…が、我が子への養育費。しかも3人分で9万。これはどういう値の額なのか分からないが、まぁ、もう知らん。放っておけ。

と、すっかりと忘れて4年以上が過ぎて、何を思うところがあったのか

残額全額を振り込まれてきた。

驚いた。

きっとこの数年間、彼は 妻に伝えていることと、実際に起こったこととの間での違いの中で、それなりに考えることはあったのだろう。と、私はそういう風に思うことにした。

私は仏壇にむかい、お父さん、お父さんの優しさやお父さん流、余計な律義さはね、人をダメにすることがあったんだよ。でも、Hさん、このようにされたよ。と報告した。

いま、世間で騒がれている元財務副大臣より よほど いけてるじゃないかHさん。Mっき、あんたの旦那さんちゃんと落とし前つけたよ。よかったね。 と、Mっきのことを思った。

 

 

 

勉強ってなんなのだろう

小学5年生の女の子が実用英語2級に合格された。

お父さんはよほど嬉しかったのだろう。かかえきれないほどのかりん糖と笑顔でおみえになった。

コツコツと毎週毎週、練習を重ねていく中で、この子は本当に勉強が好きなんだなぁ…と感心することが多々あった。そりゃ 人間だから調子の良い時と悪い時がある中でも、知への欲求の強いその命が彼女を前に進ませる。いまは単純に準1級にとりかかるのは少し直線的すぎるので、英語で世界史を二人で読んでいる。そうすると本人の世界史の勉強にもなるし。また、私も非常に勉強になる。

あれだけ勉強の嫌いだった自分が、小学生や中学生たちからいま、勉強ということについて教えられているのだから… ああ、時間よ過去はさておき前に進め。と、自分の場合は思う。

そういう勉強が嫌いだった自分を基準に置いているせいか、どのようなかたちでも諦めずに目標に進んでいく子たちの姿に感動することが多い。

Nちゃんは、高校3年生の秋・・・なかなか同じ2級が受からないでいる。が、彼女はあきらめずに12月にインターネットで挑戦するといまも頑張っている。現段階の彼女の語彙数、読解力の実力は、他の合格をした誰よりも上であり、これだけの読解力があれば、これを土台に色々なことに挑戦していけるだろうなと思うほどのもの。合格につながらないのはただただ時間との戦いで…そこだけが突破できないからなのだ。

ある日、私は 心から彼女に言ったことがある。

「Nちゃん、それでもさ…皮肉にも合格に繋がらないということがこれだけの力を蓄えさせたんだから、面白いよな…。必ず合格しなさい。そして、この培った力を途中で止めるんじゃない。これから推薦で(2級の不合格でもー1ということで推薦対象になったらしい)大学に行ったのち。必ずこれを土台に、何かを切り開いていきなよ。色々と楽しいことが待っている大学生活の中で、この苦労をただの一過性にするか。それとも肥やしにするか… 本当に多くの意味でこれからなんだね。君の人生は・・・羨ましいよ」と、自分の若き日の後悔の念をついつい彼女に押し付けて話をしてしまう。

興味のあることに貪欲で、そこから色々な知識が増えていくことを喜びとしているK君。難しい数学を私に問題出してきて、嬉々としている彼はこれからどんな人生を歩んでいくのだろうか。規格外のまま大きく大きく羽ばたいてゆき どのように 年を重ねていくのだろうか。

お金持ちと結婚することが夢だと中学生の時は恥ずかしげもなく言っていたこのNちゃんだって、高校生になりすっかりと女らしくなり、そんな奇抜な発言もしなくなり、一生懸命問題を解いているそのきれいな横顔をみながら、この子ならきっと良縁に恵まれるのだろうな。と、素直に思う。

本当に不思議だと思う。勉強をする学生さんたちから 勉強について教えられ

少しでも自分もましにならないと・・・と老眼鏡かけて夜に机にむかう自分と、まさか出会えるとは思わなかった。

いまの自分の夜の勉強は 日本史なのです。

日本史は どういうわけか英語とセットになって要求されることがあり・・・中学生レベル 目をショボショボさせながら 100円ショップの老眼鏡片手に亀の歩みでやっております。

でも 面白いです。高野山→空海→真言宗→ と そこで 料理について思う。あれ なんで高野豆腐っていうんだろ? と単純に思う。そうすると 高野山に何万石か領地が与えられたけど、そこは米が育つような土壌ではなく、仕方なく豆の栽培をしていた。と 何かの偶然に その豆で作った豆腐が凍ってしまい ありゃりゃと焦りながら その凍った豆腐の水分を絞って、乾かした結果にあの凍み豆腐が出来て、それと高野山 真言宗の宗教的なものと重なって 発展していった。 とか、いう 話も入ってきたり。

自分の興味は どこまでいっても食とかそういうものなんです。 で、それと 重ねて 自分の記憶を厚くしていく という 方法は あのK君から習いました。

 

 

爪化粧

ネイルの施し、爪化粧をしばらくしないでおこうかと思ってます。

理由は、自分には爪化粧を美しく保ち続ける管理能力がない。と諦めたから。

言い訳はたくさん、あります。 忙しいからとか、頼りにしていたネイリストさんがお産で暫く復帰できずにいるなか縁あって紹介を受けたネイリストさんの休日が偶然自分の休日と一緒で、仕事の合間にネイル・・・というのも後ろ向きな時間となってしまう。とか、色々あるけれど。一番の理由は、私は手元までしっかりと管理して保つというそういう美意識がない。と、思ったのだ。

その点、82歳の我が母の方が管理能力がある。彼女は4週目になる前に必ずネイリストさんのところへ行き、きれいに赤と透明のフレンチにしてもらい続けている。父の11年にわたる自宅介護の中、自分の気持ちを奮い立たせるために始めた手元の化粧。 「お父さ~~ん、伊都子さん 手元はホステスさんよ~~」と父のおむつを替えていた光景がついこの間のようでも 結構な月日の中彼女はネイルをし続けている。それも剝がれたり 伸びすぎたり みっともなくなる前に、必ず キチッとネイルサロンに行く優等生である。

父の逝ったその後は、色々なところで、お手元きれいですねぇ~~~。ネイル素敵ですね。とか褒められることが励みとでもなっているのであろうか、褒められるたびに「手元は18よ」と嬉しそうにしている。

が・・・娘である 私の手元ときたら 何週間もネイリストさんのところに行けず(日、月が定休日だからどうしても自分の休みと合わない)数本のジェルネイルも剥がれ落ち。残っていてるネイルも根本が伸びてきてヒジョーにみっともない。常になぜに、こんな思いをしてまでネイルをしに行かなければと思わなければいけないのだ?←この言い方なくらい 思考回路がこんがらがっていたのです。ホントに。・・・とは思っていたのですが、その自分への問いかけに決定的なこたえをくれたのは。あるテレビ番組で、名前の知らないタレントさんが 私のような爪をしてテレビに出ていたのです。

その状態は客観的にみると、テレビに出演するのに。ということを差し引いても、いいものではないのだ。と、やっと、わかったのです。

皆さま、ご存じでしたでしょうか。

意外や意外、いや 意外でもないか・・・男の人というのは手先をすっごく見ているようです。

歌でもありますでしょ。きれいな指していたんだね 気づかなかったよ とか。

そんな視点だけではなくですね。これ、わたくし 年取ってから分かったことなんですが 男の子も男の人も 私をそういう対象とみなくなってくるとですね。実に色々な 心の機微を語ってくれるようになり、へえええ そうなの? と思うようなことを ポロッと言ったりします。

ある男(ヒト)が、「その女性は、手が どうしても自分の好みでないので だめです」と 言ったことに

なぬうう? と 驚いてしまい 何言ってんのあんた?どーいうことよそれ? と 問い詰めると

自分はどうしても手で異性を選んでしまう。どうしても受け入れられない手、指というのがあるんです。

と遠慮がちに言ったことは 正直、ショッキングだった。

だって その女性は すごくきれいで、性格もよく、パーフェクトな歯並びと 文句のつけようのない女性なのである。

そんなことってありなのか。と、疑問に思いながらも しかし同時に、自分の痛い思い出が蘇ってきたのです。 好きだった男の子となんとかかんとか付き合うことの出来た最初の頃。フッと何気ない拍子に その人が

「オマエの手って、他は細いのに、なんでそんな手をしているんだ?」と言ったことが今でも実は忘れられないでいたことを その瞬間に思い出したのです。私はその言葉を聞いた瞬間に、もう 別れの言葉をその人からもらった気持ちでたことを思い出しました。

と・・・そんな話はどうでもよくて。

持って生まれたパーツで、意中の相手との出会いも決定づけられたとしても、それは悲観するべきものじゃない。と、いまになると 分かるのです。

それよりもなによりも悲観するべき重要なことは、その管理の出来ていない、きったない手元を野放しにしている自分の姿勢よ。と、叱咤し、ドラッグストアで 爪やすりと爪磨きを購入し、ワセリンを買ってきました。結局台所仕事の多い自分がつけられる保湿剤は、無香料のワセリンかオリーブオイルくらいしかないのかもしれない。・・・と。奥さん働き者の手ねぇ~といつも褒められる?この手に手入れを丁寧にするように心がける手元になろう。

そうすれば、私の手元をみたツルハドラッグの店員さんも お! 結構年いってるけど この人 がんばってるね。と、好意的な目でみてくれるかもしれない。

そう、それでいいのだ。 食指の示されない手でも好意的な視線で受け止められる手であれば。それで良い。

 

 

女とは… と、冬囲いの男結びをしながら考えた。

昨日、最後のチャンスと思ったので、庭の冬囲いを雨が降り出す前に始めた。

この庭仕事に使う結び方をなぜに男結びというのだろうか…とつらつらと

寝ないで読んでしまった 林真理子さんの フェバリット・ワン という本を思い出しながら考えていた。

林真理子さんの本は 週刊誌、ゴシップ記事を200枚レベル読むような感覚で一気に読めてしまうのが脱帽物で、なんだかんだと言われながらも、大した作家さんだと思う。

このフェバリット・ワン、書いたご本人も、この本は現代版、野心のすすめです。と、おっしゃっている通り、野心ギラギラではないふんわりとした23歳から25歳になってゆく女の子が、すごい美人でもないけれど ちょっと人から振り向かれるくらいの20代の多くが日常の中で出会うであろう心ときめくことや、甘い誘惑、そしてそれらを甘受することで伴う心の痛みたちにもメゲズ、その都度起こる状況に流されながらも自分の野心、本人の自覚に欠ける欲望の中で毎日を過ごしているというストーリー。

ある日、小さな会社で服飾デザイナーをしているその主人公は会社のスポンサーにこう誘われる。

「金太郎飴みたいな服しかつくらない最近の服の中でも、君の服は金太郎飴の中でもちょっと違う。君だけのクセがある。・・・中略・・・実を言うとね、ちょっとツテがあるんで、うちの服をあの世界的に有名な倉吉潤に見せたんだよ」

主人公は驚く

・・・略 潤さん、うちの商品、パソコンで一点一点見ていてすごくつまらなそうだったけど、作品一点だけ、これ面白いね、って言ったのが君がデザインしたワンピだったんだ。・・・

と会話は続き、彼女の小さな会社のそのスポンサー遠山は、なんとことあろうことか…そのちょっと光る才能があるかもしれないデザイナー夏帆に、自分の金持ちの知り合いにパトロンになってもらわないか?と彼女に誘う。・・・フランス語ならパトロン。ひと昔前なら旦那。いまでいうならなんなのだろう愛人?いや、若さやキレイさが換金される、援助なんとかのパパ?とでも呼ぶのだろうか。

で・・・結局、彼女は その金持ちの40代の妻子持ちからの誘いを頭の中では色々なことを冷静に張り巡らせながらも受けてゆく。もちろん彼女には売れないお笑い芸人の彼氏がいるので、彼女の思い描いたお気に入りの筋書きは、ギリギリのところで夏帆は、その売れないお笑い芸人への深い愛に気づき踏みとどまる。ということのつもりで会ったはずなのだけれど、最初は美味しい食事に誘ってくれる人と自分に言い聞かせ。そのうち高級な服を与えてくれるようになるとデザインの勉強のため。になってゆく。現実に彼女は数十万円の衣服の感触をしっかりと楽しみ、そしてそれをほどいて縫製を確かめ、形と仕掛けを、スケッチブックに写し取っていき。あまりの面白さに、夜明けまでずっと服と格闘してしまった。という件があった。

最終的には奥さんの知るところとなり、挙句に会社にもそれが知れ渡り、彼女は会社を辞めざる負えなくなった。知れた理由は、会社のスポンサーでありその金持ちオジサンを夏帆に自分の勉強のためだからと紹介した遠山が、酔った席で、自分が夏帆に あの子は見所があるから金持ちのスポンサーをつけてやった。と社員の前で言ったのだとか。ありそうな話である。

でも このありそうな話しの中で ありそな、なさそうな話は、

その金持ちおじさんは、自ら慰謝料を夏帆に支払うと申し出てきたのだ。

その額も300万円。

当然、自分では普通の女の子と信じている彼女は怯む。・・・が、どうしてもっと潔癖になれないのだろうかと自分に言い訳しながらも その流れに逆らうことなく 銀行口座に振り込まれたその額を受け取る形となる。

…、と、ここまで荒筋をなぞってみると、実にいやーな女の子だなと大体の人は思うはず。でも、そういう女の子っているよなぁ 実際に・・・。いや そして 自分だってチャンスがあったらもしかしたら彼女のような生き方をしていたのかも、しれない。と、思わせるような主人公。その主人公は、なんとその300万円と自分のなけなしの貯蓄や諸々でかき集めた資本金400万円で、ネットビジネスを始める決意をする。

もちろん服飾のネットでの販売に特化したビジネスを、ガッツと心意気と苦労を重ねて小さな成功を積み上げて次の世界へと上がってゆく。

最後に、あるどんでん返しがあり。その箇所のメッセージが自分では理解をまだ出来ていないのですが。

林真理子さんという作家がこの本の中に落とし込んだこの展開が、妙に私の心に残ってしまったのです。

あの人気シリーズ 最高のオバハン。の中でも 主人公みどりでなくてハルコさんは、若い友人いづみが、不倫相手の男に貸した300万円を、街金を借りてでも、期日までにお金を返すようにという手紙を書けと指示する。そして期日に間に合わないようであれば、会社なり家族に知らせる。と 事務的な感情の入らない文章を送りなさいと。 そしていづみがそれに従った結果、その不倫相手はなんと違う相手とも浮気をしており、その違う相手は質が悪く、チンピラまがいの男を使い、ゆすられていたのだとか。ついにその不倫相手は実の奥さんに泣きつき全てを告白し、いづみのことは 全てを告白したはずの奥さんに、彼女が不倫相手の源とは言えず、お金を貸してくれたある女性。となってしまい。奥さんはなんと利息20万円をつけていづみに謝罪しながらお金を返しに来たという展開。その時に ハルコさんはこんなようなことを言い放つ。

「いい?あなたは本来なら夫の浮気相手として、なじられても仕方のない立場の女なのよ。けれど 今回はお金を貸した立場ということで奥さんが下手に出てきてくれた。しかもお詫びと利息をつけてよ。お金というものはこのように使いたいものね」と。

私は うなった・・・ すごいな 林真理子って。と。

前回 書いた 自分の原則を持っている人っていうのがいる。と、人が見ていても 見ていなくても 自分のそれに従い 生きている人からは すごく教えられた。ということは 正しい。天網恢恢疎にして漏らさず。は、正しいとは思う。が、正しいと思ってのみ生きてきた人が 魅力的な人か・・・といえばどうも違うような気もする自分も、天の網をみながら 昨日の朝は空模様をみながら 男結びを木にしていた。

またもや身内の話になってしまうけれど、お金を使うことが怖くて怖くて、銀行口座から0の数が無くなることを最大の恐怖としたままに90歳になってしまった叔母がいる。

ある時、それを謗る母に、「仕方がないよ。おばさんはさ働いたこともなく、ただただ、愛人宅に行ったままの夫のくれるお金の中から少しずつ少しずつ貯金して、そしてお金を貯めていったんだもの。それをお金の遣い方がキレっないのよねぇ・・・、どうして自分のここぞっていうときに大きく決断できないんだろう?ってったって 無理だよ。そういう訓練をしてこなかったんだから」と、私は言ったことがある。

…そうだ。お金を使う訓練。お金を生かす訓練は、これは これは 本当に残念ながら年をいってからではなかなか間に合わないのかもしれない。

20代の色々なことに傷ついたりしても立ち直れるような時から、もうその訓練の機会はあちこちに散りばめられ用意されている。

 

 

Do you think that the behavior of adults in public places sets a good example for children?

先日、準1の面接試験の練習をしている際に、タイトルの質問があった。

Do you think that the behavior of adults in public places sets a good example for children?

公共の場での大人の振る舞いは子供にとって良い模範となっていると思いますか?

に対して 中学2年生のその男の子は、質問の意味をすぐに理解できなかったらしく

私は例をとって説明を加えようとすると ついつい二人で談議になってしまい 下記のような会話になりました。

「どおいうこと?これ?」とK君。

「大人の振る舞いが子供にとって 模範となるかどうか?ってことなんだけれど 例えば、極端な例だけれど 自分の親がよ まさかのまさかだけれども 500円の収入印紙を購入しようとしてだよ。それが店員さん間違えて5000円の収入印紙を渡したとするよ。それを ラッキー!と思いポケットに入れるような親だったら どうする?君?」

「うううん・・・それは想像したことないからわからないけどさ。でも 僕はね、あ・・・これ 後に問題となるな分かってしまうなというような局面に立たされると想像できる範囲の中だったら、そういうことがあったとしても それを正直に言って 違いますよ。と、言うかな。でも そうじゃないな・・・と判断したら 放っておく」

「わかる わかる それが フツーの考えだと思うよ。でもさ 世の中には立派な人っていうのがいてね。自分の原則に反することは如何なる状況に置かれてもしない。って決めている人がいるんだよ。そういう人は立派だなぁ・・・って、思うことあったな。あたし。 そういう方たちから教えられたと思うよ」

…と、またK君には言わなかったけれど 反面教師からも人は学べるということを。

私が例にとった 上記の人は 恥ずかしながら 血のつながらない(ここは強調しておきたい)親戚のおっさんが ある時、自慢げに 収入印紙500円のものを5000円受け取って儲かった儲かった。と喜んでいたのを見たときに・・・

この人とは君子の交わりはできんなぁ・・・と 子供心にも感じたものだ。

この人 国立大学出たことを菊の紋章みたいに後生大事に生きているようだが… 人というのは なんなのだろうか・・・と 私は妙に哲学的になったことをいまでも覚えている。

子供の感性というのは、大人が思うよりも鋭かったのかもしれない。

…いや、単細胞なおっさんの愚行などは 鋭くなくても 模範とするものではないと明らかに見て取れることであるが。

それなりに生きてくると 世の中には 意図を持っての悪人もいるし。意図しなくても結果として悪となってしまう関係性もあるし。自分の弱さから人を傷つけることも、あることが分かってくる。

その中で、立派だったなぁ あの方は…と いつも光の中で記憶に残る人たちは

自分の原則を持ち、それに忠実でありたい。と思っていた人だったように思う。

自分の両親世代に多く、そういう方々がいた。そして同世代にも、また少し先輩にも、また 自分をふった男の人にもそういう人が一人いた。私は、いまでも彼を尊敬しているし。一生叶わない恋心をずっと抱き続けている、そういうのも悪くないもんだな。…と、思っている自分がいる。

 

 

Halloween Year 2023

今年もハロウィンやらないの? と 声があり

少人数ですが 行いました。

前日にレモンケーキを焼いて、ご協力いただけるBflat の皆さんに差し入れをしながら ラップに包んで翌日のTrick or Treat用に。 当日 スコーンも出来上がり そちらも Trick or Treatの仲間入り。

そして お菓子も袋詰めして

カレーも作り。

陽のしずむ頃に 円山公園へ行き、袋詰めしたお菓子を あちこちに隠し。

それを必死で探す子供たち。

自力で探せないと お菓子はないよ~~~~。の の一言に そんな目に今どきあうことのない彼らも、すごい形相になるのが(笑)いいわ いいわ。と昭和生まれはにんまり。

で 小さな男の子が 自分のお菓子を 本当に探せなく 懐中電灯で このあたりかな? と 照らしながら 皆で協力し合い 木の枝の本当にわかりずらいところに 最後の一個が・・・ 背が届かない。しかし 彼は必死でジャンプして Get!

あれ きっと 7歳児としては 探せなかったらどうしよう。と すごい恐怖心 緊張感の中にいたんだろうなぁ・・・と。 隠した私も あれ? どこに 隠したっけ? となってる始末だし。

引率のDarcyと 夕闇から闇になる 円山公園を駆け巡る子供たちをお月様が照らし。

平和なこの国に、心よりの感謝を。

この 光景が 来年もありますように。と・・・神妙に祈っておりました。

さて その後は レモンケーキとスコーンをあずけているご近所のBflatさんへと。

そこでは西川先生が 恐ろし気なデスマスクを被って 登場。

小さい子たちは真面目に凍り付いていました。

なかなか Trick Or  Treat の一言が 怖すぎて 言えない彼ら。

大きなYちゃんが先頭をきって 後に続く小さい子たち。

そして スクール戻って 恒例のカレーライス。

昨年はあまりにも グルメなカレーを作り。美味しいことは 時間と費用かけた分美味しかったのだけれど。後にくる辛さが グルメなカレーの証なのですが・・・ 子供には ちょっとハードル高かったかな?・・・と 今年は 子供用カレーよりな カレーを作りました。

いつものハロウィン・・・

無事に終えて さあ これから冬がやってきます。

実用英語検定2023年度第2回 結果

今回は中学生たちの受験者全員、準1級、2級の一次試験を無事に合格されました。

あとは 2次試験の練習を重ね 磨きに磨きをかけてゆきましょう。

実用英語も2級くらいになると、小学生、中学生たちは 苦労を重ねます。

その苦労が 汗が 涙が 言語、言葉の肥やしになってくれる。と、私は思っています。

2級を苦労して通過すると 英語という言葉への理解、読解、多くのことがあがってきます。

それを利用して 次の世界にあがっていかれますように。

スクールとしての希望、夢は せっかく スクールに縁を結んでくださった これからの子供たち

いえ 大人の方々にも (大人の方の多くは もうその段階に達している方がいらっしゃるので・・・)

英語という言語を積み上げてゆくための土台を がっちりと つくっていただきたいのです。

それには 2級から準1級 への もう 一押しが ひとつの 基準になると思っています。

欲をいえば1級ですが それは ちょっと 他の勉強もあることですし 後にとっておき

高校生で準1級をもって この トンプソンインターナショナルという小さなスクールを飛び立ってもらいたい。そんな子を一人でも増やしたいのです。

それぞれの能力は必ずあります。 でも 諦めたら 終わり。諦めずに 着実に力になる道を探していけるその場所でありたいと思っています。

 

Things belong to someone.

持ち物。もの。というのは、実は自分の意思とか趣味嗜好を貫いて集まるのは極々わずかで。

多くのものは、どこかの時点で家族から譲り受けたものだったり、人様からいただいたものだったりするようにある日、思いました。

と、いうことは もう集まって来てくれた物たちを軸に、自分が求めるものを自然に制限をしていってしまうものが モノたち。

トンプソンの実家からやってきたモノたちは、1890年代頃から始まる少しロマンティックな線のものが多く お義母さんもそれらを母親や叔母さんたちからきっと受け継ぎ、大切に慈しんできたのだと思う。

気が付けば 我が家は、黒のクールな漆器の皿は 全く合わない空間になっていた。

シンプルな削ぎ落された空間は 憧れるだけのもの。と、なってしまった。

と、そんな我が家の空間に、先日、東京から遊びに来てくれた従妹が かわいいかわいい うさちゃんの置物をプレゼントに持ってきてくれた。

なんて かわいいのだろう 愛らしいのだろうと、お義母さんの持ち物たちと しっくりと馴染み、最初からそこにあったかのように 首をかしげている。

心のこもった贈り物は、自分が求めるものより強い光を放つものだ。と、実感した。

そうすると 自分が自ずと求めるものに また そこに これだよ と、光を当ててくれる そんな役割を 人から受け取る 受け継ぐモノたちは持っているように私は思う。

うさぎに触発されて、あるお店で、これを買いなさい。と、お皿たちは教えてくれたりする。

不思議だな モノって。

ものは 自分の意思よりも、もっと強いところからやってくるように 思う時がある。

 

Romantic

ロマンティックなタッチのものが 義母の好みだったのだな。・・・と、カナダの実家からやってきた ティーカップやリネンのものなどを眺めて溜息をついていたことがある。

究極のマザコン男、トンプソンはカナダの実家が売りに出て、たたむというときに

日本に船便でコンテナ一個分にものを詰め込み それはそれは飽きれるようなものも 運んできた。

絵画は まぁ 許そう。しかし・・・ リネンや トンプソンの母が若かりし頃に使っていたハンカチやら・・・ はっきり申すと 私にとっては ただの布切れ。・・・こーゆーものに高い船賃かけて・・・勘弁してくれ。と正直思っていた。

…が、時刻の中で リネンを使う姿勢で挑んでみよう。・・・と、試みていたら

自分の知らない世界が 浮き上がってきた。

私の狭い世界では 作ることの出来なかった世界。 リネン・・・って ロマンチックなものなんだなぁ。・・・と。 昔というか 義理の母の生きた時代は ロマンチックな 1800年代後半の人たちが作り出す世界がまだ 普段の生活の中に残っていたのだろう。現代のような無機質、つるりとした空間ではない。

現代でも そういう生活空間を好む人はいると思うけれど、そういった品物は アンティーク、骨董と呼ばれるようなお店にしかみあたらなくなった。

・・・で ハンカチの類。

こればかりは あんた いったいどーすんの? と 昔のサイズって あの女の人が小指をたててくしゃみをするときなど くしゅんっ と鼻先に当てるという意図だけに作られたようなサイズ。 現代の日本サイズの手を拭くための大判サイズではない。

これは ハッキリ言って ゴミ。・・・と私の目にはずっと・・・映っていた。

が、トンプソンの手前、捨てるわけにはいかない。

・・・が、今年の夏。ある 変化が起こった。

これを ファッションの一部にしよう。と、夏の間は特に ちょっと額の汗を拭いたり。手先を拭いたり

ジーンズのポケットからギンガムチェックの柄を出してみせたり。白い服には少しロマンチックな刺繍のハンカチを合わせる。など し始めた。

ハンカチは 夏服と合う。 と 思った。

トンプソンの母親は、女らしい女性だった。本当に亡くなるまで。

こんな ロマンティックなものを若い時代から 愛し続けた人は 90を超えても そういう人だった。