五感 Five senses

古代に生きた人たちからしたら、現代の私たちの生活って???マークでちゃんちゃらおかしく見えてしまうのかな。と・・・思いながら

運動不足解消のために車でスポーツクラブに行き泳いだり、便利さを追求するばかりにつまらないところでいらぬストレスを抱えたり。不思議な行動だらけだと思います。

そんな現代に生きている一人の自分ではありますが。

さすがにこれは、問題ではないの?と思うようなシーンに遭遇したことがありました。

あれは夫と二人で旅をしていた九州での出来事。

福岡の中洲ということろへ向かいたいと、ホテルから歩き始めました。

夫はアプリを開きそれに則って歩き始めました。

ある地点に来て、どちらに行くのが正しいのだろうか?と迷うような地図に遭遇しました。

私は単純に、あちらから屋台の匂いがしているからあちらに違いない。とそちらに行こうとしたら、慎重というか文明の餌食になってしまいがちなタイプの人というか夫は、いやアプリをもうちょっとみてから。と言い張ります。スーツを着た男性がちょうど近くにいたので、私は地元の人と思いその人に同意を求めるように、中洲方面はあちらですよね?と聞きました。そうするとその人もアプリを開いて、「いや僕もいまアプリで検索しているところなんです」といっぱいいっぱいの表情でお返事が。

あらスミマセン。と失礼と、向きをかえ、炭火の匂いはあちらからやってくるので間違いなくあちらだと確かな足取りで私は横断歩道を渡り始めました。

焦った夫は、「あっちゃん大丈夫なの?」と続いて追ってきました。

「当たり前でしょ。どう考えたってこちらの方向しかありません」と

ずんずんと歩き続け。横断歩道をわたり終わり、声をかけたあちら側にいる男性をみました。まだアプリを必死に見入ってます。

それを見て、ふと不安に思い・・・夫に目をやり、頼むぞ我が夫、どうか、ああにだけはなるぞなもし。と、心から願いました。

しばらく歩くと美味しい匂いでにぎわっている屋台の連なりがみえてきました。おおおあれが噂に聞く中洲というところなのか。と昭和の血が騒ぐ光景でした。

残念ながらそこでは食事をせずに、知人の紹介で伺った雅加栄さんというところへ参りました。

Vision, Hearing,
Sense of Smell, Gustatory Sense( Snse of Taste), Sense of Touch,

鍛えたいものです。

不便な暮らし 手を使ってみると鍛えられるのだろうか。

 

あるじなしとて春を忘るな

スクールの近くに、長らく空き家になっているお宅があります。

現在のところに移動してからかれこれ5年は経っているのに、そこのお宅は主は不在のようです。

毎年、春になると木々に花が咲き、そして5月の声を聞くころには濃い朱色の薔薇が見事に花を咲かせています。

このお宅の主が一生懸命、庭を手入れされていたころのことを想像します。

このバラを植えたときのお気持ち。春を待ちわびて庭づくりに精を出していた一年の時刻にも、いつか終わりが来るのだということを、その主のいない家は教えてくれます。

きっと菅原道真は、違う思いで 東風吹かば匂ひおこせよ梅の花 あるじなしとて春を忘るな と歌を詠んだのでしょうけれど、私はそのお宅の前を通るたびに、この歌を思います。

お宅が5年間そのままだということは、(不動産屋さんらしき人達がよく行き来しているのを見かけながらも)きっと、どこかのホームに入られているのだろうか。不動産の整理をされたくても、それをする気力や諸々の事情がそれを許さないのだろうか・・・。とか、想像を重ねながら、夏至に向かってゆく季節の中で、朱色の薔薇が揺れるその庭を眺めます。

あるじがなくとも、薔薇は今年も美しく花を咲かせてます。そしてその姿は、何一つその主と面識のない私のような者にも、その方の時間を伝えてくるような気がします。

 

 

からたち日記ならず腹立ち日記

最近、きかん坊になっている自分がいます。鍼灸の先生には あっ!怒ってる。と肝臓が怒ってますねぇと言われながら鍼を打たれている始末です。

まぁ、カッカとする理由などを、ちょっと挟み込むことにしますと、信頼出来ない相手とやり取りしなければいけないストレス・・・というところでしょうか。色々なやりとりの中で、プロの人、仕事が次から次へと舞い込んでくる人というのは、絶対の一人のファンを持つことに徹しているからだと。いうことを痛感しました。一人のお客の信頼を得るために頑張るから次の紹介がある。という仕組みを、恥ずかしながらこの歳になってやっとやっと人の振る舞いから学びました。

残念な目にあってしまう相手とは、自分は中庸な立場であって、どちらの味方にもつきませんから。と気取っている人は、結局、お客をみて仕事をしていなく、自分を守ることしか考えていないように受け止められるのかな・・・という印象を持つ出来事がありました。

と、まぁ、はらたち日記第一段はこのくらいとして。

それよりもなによりも、先日、こんなことがありました。

20年ほど前に会員だったことのあるホテルのスポーツクラブにまた、入会しました。それは81歳の母と一緒に全身運動が出来、彼女の運動時間の送迎のロスを省こうという考えから、スイミング施設の整ったそのクラブを選びました。

私は大体700メートルくらい泳ぎ、母もそれくらい水中で歩くという時間をこなし、お風呂に入り、鏡の前で髪を乾かしていた時に、かしましい声を発しながら入ってくる人がいました。

あらあ 混んでるわ。混んでる 混んでる」と、まるで人がいてはいけないかのようにその声の主は騒がしい空気を持って、母は早々と身支度を終え別室で按摩器にかかっていたので、パウダールームには私しかいなく、そんな静かな空間に入って来ました。おそらくロッカーの多くが使用中になっているのを見て、そう叫んだのでしょう。

私は、この声の主はもしや。とその人の顔を確認しました。するとなんということでしょう。その人は20年くらい前にもそのスポーツクラブにいて、まるでそのスポーツクラブの主のように振舞うようなそんな人でした。ある女性はその人に虐められているような印象を受けるそんな様子を見たことがありました。

うわ。この人、まだいたんだ。しかし、あんま年取ってないなあ。時が止まったようにあのまんまじゃないか。しかし、あの時、私はこの人すごい年上だと思っていたけれど、いまこうやってみると、もしかすると私と大した歳違わなかったのかな。でも70くらいになってんのかな。に、しても元気そうだなぁ。 と、思いながら知らんぷりして、鏡に向かっていましたら。

そうしましたら、水中アスレチックスの練習をしていたご年配の女性がお風呂に入る前にロッカーで自分のものを出し、そしてお風呂の方へゆっくりとゆかれました。

数十秒後くらいに、「ちょっと!! あの水の跡っ!みてぇ!これみてよ!あの人でしょあのいまお風呂に入っていった人よ。ちょっとぉ!」大声で騒ぎだし、あちら側のロッカーにいる人に対してなのでしょうか、賛同を求めているのか、ただの叫びなのか、兎に角煩いのです。

そのロッカー部屋の端の方に居合わせ、同意を求められた状態になったような人も、ふふっと笑い声は出しても決してコメントをされません。そういった細長いその空間の居合わせた方は、さー--っと、そこを立ち去られたようです。

利口で上品な方たちの処し方です。間違いのない振る舞いです。

ですが、私は、その時の私は、こう考えました。

この人が20年近く、こういった傍若無人の同じ振る舞いでいられるのは、こういった品の良い人たちに囲まれ、何も言われずにいてしまったからではないか???と、こうなったら私が言ってみせましょう!と 無謀な正義感に燃え立った自分は

そんな大声で騒ぎ立てるような事柄ですか?」とポロリと言葉を発してしまってました。

そうするとその20年前と同じ髪形をし、同じ化粧を施した負けん気の強そうな女性は、驚いて私のほうを振り返りました。

なに言ってんの?この新入りは?というような風にマスクの上にある目は訴えていました。

え!? 放っておけないことよこれは!」と言い返します。

水がカーペットに染みているのは、いつかは乾くことでしょ。それがそんなに大事なことなんでしょうか? それにここは公共の場ですよ。皆が使う場です。あなたがそれを不愉快だと思うのであるのと同じくらい、あなたのその騒ぎ立てる声が私にも不愉快です」

…ちょっと なによその言い方?」と ぎりぎりとした空気が生まれる。

一触即発ってこういう状態のことを言うんかなぁ・・・と私は脳裏のどこかで思いながら、こんなことをしでかしながらも気の弱い私は、この空気を早く終わらせねば。と

「皆さん、きちんとそれぞれが気を付けていらっしゃると、私は思います」と無理やり会話にピリオドを打つ。

「そうかしらー--?」と 皮肉めいた答えが返ってきたけれど、相手にもうしない。と決め鏡に向かった。

相手も諦めたらしく、黙り、ばたんばたんと忙しなく、いつまでも時間をかけて着替えていた。

そのうちにプールでのレッスンを終えたグループの方々がお風呂を終えて大勢、私たちの緊張の場へと戻ってらして、私は席を立った。

こんなことは、本来するべきでないのである。

放っておけばいい人なのである。しかし、こうやって放っておかれていたが故に、あの人はずううううっとあのままでいれたということに、私は腹が立ったのであった。誰かが言わねば!といきり立った。

が、きっと、あの人はきっとこう思っているだろう。なんだあの女は?新顔のくせにいきなり偉そうに。なんだなんだ?と、意表を突かれながらも腹の中は煮えくり返っていると思う。

が・・・

自分も、もうこれくらいにしておこう。と 腹立ち日記をお終いにしなくては、体に悪いと・・・そのうち鍼灸の先生からお𠮟りを受けるかもしれない。

怒りって倍増してくるんですよね。どこかで意識して終えなくては、ある人への不信感からの怒りが、それがホテルのスポーツクラブでのあの人への怒りへ繋がって。倍増倍増してくるのであるからして。どこかで自ら意を決して断ち切らないとあかんね。・・・と

そんな私へ、昨夜夫が

こんな言葉を私にくれた。

Its better to walk away quietly than to retaliate.

静かに立ち去ることは報復に勝る

 

日曜日のジュェリー売場

日曜日のジュェリー売場には若いカップルがおりますね。 特に4℃あたりの売場にはこの間まで中学生だったようなまだニキビのありそうな男の子・・・きっと23歳くらいなのでしょうが、初めて彼女へジュェリーを買ってあげる照れと、とまどいと、そしてしっかりとしてゆくぞという自覚とを一身に着ようとしている…そんな男の子の隣には、首をかしげて、男の子よりジュエリーをプレゼントしてもらえる幸せに輝いている女の子がいます。

いいねぇ・・・ と 私は、股上のマチの深いパンストを店員さんに探してもらっている母を待ちながら、若いカップルを眺めています。

私にもあんな時があったのだろうか。どうだったのだろうか・・・それにしてもいいなぁ若いって。と股上の深いパンストじゃなきゃお腹がおさまらなくって、わたしなど困るのよ。と大声でレジでの支払いを終わった母と歩きながら私はこう呟きました。

「おかあさんさぁ・・・ 自分で100万以上の宝石買える人とかさ、おかあさんみたいにさ夫がうるさい人でなかったから、さらえ構わず図々しく自分で好きなもの買えるような女とだよ・・・ 彼氏や夫にかわいい表情でおねだりしてジュェリーや宝石なんかを買ってもらう、そんなひと苦労の振る舞いが必要な人と・・・どちらが いいんだろうねぇ・・・ わたしは なんか後者のような気がするの」

「え? そんなの決まってるじゃない。自分で自分の好きな宝石買える女の方がいいに決まっているわよ」

と81歳の人は言うのですが。

どうでしょ。 どうなんだろう。

外商担当の人が出てきて、翡翠、エメラルド、ダイヤと一人で選んでいる女より

私は彼氏が一生懸命バイトで貯めたお金で数万円のジュェリーを買ってくれるという過程がなんとも意味のあるもののように思えたり。結婚しても理想は、理想は、何かの思い出に、その時々の記念にと、ポーズだけでも夫に買ってもらったという感じのメモリーが欲しいではないか。自分で自分にご褒美にも節目の記念が必要なように。

宝石、ジュェリーには思い出。記念。なにか思い出が必要な気がするの。

ただ、自分が求める思い出と、夫のそれとは、必ずひとつ桁が違うのが問題なわけですが。

庭師さん

先日、庭の樹木を移転先に移植しました。

その際に庭師さんたちのお仕事ぶりをみて、えらく感動しました。

カッコいいです。 力仕事、繊細な配慮、ダイナミックな動きと樹木に対する優しさ。プロ意識の高さ。

世の中にはたくさんのお仕事があることが大人になるにつれてわかってきます。

たくさんの仕事、仕事に誇りをもって働く方たち。

話術に自信のある人。体力に自信のある人。集中力に自信のある人。感覚、感性、もろもろの能力でそれぞれが本当にそれぞれが生活を立てられる社会が健康な社会なんだと思います。

こんな風にぼんやりと生きていても長く生きてると・・・ 男たちの社会、いえ人間社会は私の知っている小さな世界なので大きな官僚、上層社会は知りませんが、やはり人間は繋がりの中でしか食い扶持を生み出すことは出来ないのだ。ということです。

庭師さんたちに声をかけ、予定を組み配置やデザインなどを考える人は色々な折衝を行っていかなければなりません。その窓口には折衝力もまた、感じの良さも求められ、そういった人間のいざこざ、面倒なトラブルも請け合う。それが仕事であり、庭師さんたちは一切の人間のあいだのことを気にせず仕事に没頭できる。

その歯車がうまくいくと、その依頼者からのみではなく、その現場にいた誰か(例えば、新築家屋に移植であればその工事現場の人など)にも好印象が残り、次の仕事につながる。

だから窓口はあくまでも感じよい方が良いわけで。かといって庭師さんたちはにこにこしていても力仕事に精を出しているのだから愛想振りまくわけにもいかない。

大きなお金の動くところへの嗅覚が発達している人は、いつのまにかそういった人脈の中に加わり札幌の土地開発のようなことに関わってられるし。

人にはそれぞれの自分に合う型でお金を得てゆくことしかできないのだろうな・・・とつくづく思います。

それでよいのだと思います。 大きなお金の動く様が好きな人は、違法でない限り、自分の好みに合ったお金儲けをすることが良いはずで。でも、それが皆が皆に当てはまるはずはないのです。

自分の仕事に誇りをもって取り組んでいる人は、実に輝いていますね。

わたしは はたと・・・思いました。私に出来ることはなんだろうか・・・。

英語をもっと掘り下げて、プロ意識をもって取り組まないとと 省みました。

 

 

英語でクッキング:Baking the cookies in English

26日の日に 女の子たちと英語を交えてクッキーを焼きました。

この年頃は、自分でも記憶にありますが、お菓子を焼いたりすることが好きな子多いですね。

小学生の中学年まで、火曜日に全員集合になってしまい、振替でご利用できるクラスがない状況に、コロナが始まって以来あるのです。

そのために、時折になりますが女の子たちのクッキングを交えて特別な時間を設けています。

次回は夏休みの間にハンバーガーとフレンチフライを作ってみましょう。

私の作るフレンチフライはいったん茹ででから揚げてゆくもので、自分でもいうのはなんですが美味しいですよ^0^。

楽しみにしていてください。

さて スクールは4月29日(金)より5月5日(木)までGW休暇となります。

6日(金)よりお待ちしています!

Thompson International

 

九州の旅

九州福岡、熊本、霧島を巡り知覧へと・・・トンプソンが好きでよく出かける九州にはじめて私(トンプソン水上敦子)も一緒に行ってきました。

福岡の街は、なんと飛行場からタクシーで15分程度のアクセスの良さと街自体がコンパクトにつくられていているせいか、人通りが多く、とても都会に思えました。

また市街の建物は天井が高く造られているものが多く。一瞬シンガポールの街角にいるようでした。特に中洲のあたり。

そして気づいたことは、福岡の女性はきれいですね。

噂には耳にしていたものの。本当なのだと感じました。

と、それと同時に気づいたことは、福岡の男性が今どきの無機質な男性像とはちょっと違うこと。

博多駅前のホテルから向かった場所が中洲方面ということもあるのでしょうけど、結構時代に逆走するようなタイプのヤンチャ系の博多男が目につきました。マッチョな躯体をさらに大きく見せるように胸張って歩く様は、滅多に札幌での自分の生活圏内ではみかけなくなった男性像。その横には決まっていい女がいる。というのが福岡の様子なんだ。と。

札幌では滅多にみかけなくなったハイヒールにタイトスカート。ジーンズだとしても体の線をぴっちりみせるスリム系に足首をみせてスニーカー。これが定番のよう。

身体を隠す。いくらお洒落でもArts&Scinenceの尼僧のような恰好とか北の国のマフラーにもっさりとした四角やマタニティですか?というようないシルエットなど、もっての外。という感じ。

生徒さんに紹介をうけた雅加栄さんという創業61年の老舗料理やさんでも担当してくれた年配の女性のまぁ・・・女らしいことといったら。

動きがしなやか、音をたてない、そして機敏、きっと博多男性がつくりあげる女性像のあらまほしき姿なんだろうなぁ・・・とカナダ人の夫も、きれいな人だねぇと感心していました。

年齢は私より先輩だと思うので60代くらいにはなっているかと。それでも美しいのは、あれは女らしさの成せるものだと思います。

日々の暮らしの中で、荒々しい態度になっている自分を反省しました。

翌日は福岡から車で熊本城へ。それから霧島温泉を拠点に、翌日は霧島神社、知覧をまわりました。

霧島には移住する人が増えているのだとか。 霧島から知覧へ行く道路では、とても魅力的な家並みがみられます。土地に似合った家屋の建て方。その家を愛そうとしている人たちの気が輝いていました。

九州、意外と沖縄へ直行してしまう道民には遠い場所でしたが、魅力あるところでした。

これから何かの折に訪ねたいと思いました。

 

The Spring in Hokkaido

厳しい冬がようやく北海道から、終わっていってくれそうです。

どんなに厳しい冬でも終わりが来るのなら、いま現実に起こっている、この惨事も 早く 早く

終わりを告げてくれますように…毎日願うばかりです。

ニセコでの一枚です。

私たち夫婦にとって、これが北海道の春です。

桜だなんて、夢のまた夢です。

それでも、この冷たい空気の中でも春の匂いに幸せを感じることが出来るのですから、厳しい冬を乗り越えた体というのも、ありがたいものだなと、ここ数年春の遅さに不満を覚えなくなった自分がいます。