靴は 流行が出るから Updateした方がよいと、そう思っている方もいるのかな・・・

自分は 違うタイプかもしれないな・・・と シューケースをみながら思っている。

逆に、靴は 時代性を求めて買うと もろに もろに 時代遅れになってしまうものかもしれないな。と思っている派かな・・・

一足あたり結構な値段のするものだから 流行は追いかけない方が無難なもの。 それが靴なのだろうな。

流行を求めるよりも 求めるツボは 自分の好きな靴 自分が心動かされる靴。 それを 徹底して 手入れして 履いて 手入れしてを繰り返し甲斐のある一足を求めることなのかもしれない。 と 自分の手元(足元)に残ってくれている靴たちを 愛しく眺めている。気味悪いかも。

冬靴はほとんど10年選手。 茶色のひも靴と 黒のショートブーツは おそらく10年以上と 10年くらいだと思う。 右のはまだ6~7年くらいかな。 これらの靴を長持ちさせるコツは 自分で磨くことも大切でありながらも それよりも 季節が終わると ドライクリーニングのお店に靴のクリーニングに出すと、すっきりと生き返ったように戻ってくる。そして また 季節を待って履き始めるうちに 10年以上が経ってしまった。

白いレザーのウォーキングは これは まだ新しいので 靴ひもを自分で洗って(シューレースの差し込み方が不安なので 一本ずつ外して洗い、片方の見本をみながらいれるという不器用さ) 今年はシュークリームで磨いて 冬の間はお休みしてもらう。 自分の見立てでは おそらくこの靴は 自分が70代も生きていたら 履いているはずの靴である。そういうつもりで思い切って買った。

靴は面白い。 普遍性を追った方が間違えなく 長持ちするけれど あまり 優等生な トラッド一本やりなデザインも その普遍性に裏切られることもあり、流行遅れな感じにみえたりする。

買うときに 普遍性 または 流行うんぬんよりも 靴が自分を呼んでいるような 招いているような 美しいなぁ 履きたいなあ と思うものは、なぜだか 自分に寄り添ってくれる。 そして かなり長い間、側にいてくれる。

靴は 買い物の中で 一番面白いし 好きなアイテムであります。

 

洗濯機

財務省事務次官の矢野さんという人が「このままでは国家財政は破綻する」と ついに言われた。

ついに 口に出して 言ってくれる人がいたか・・・ と このままでは 日本はあのタイタニック号のように氷山に向かって突き進んでいるとまで。

誰か はっきり言ってくれないと 国がどうにかしてくれると思うようになっては いかんのよ・・・と こんな 算数のできない私でさえも 危機感を感じているのだから 相当 相当な事態に違いないと思う。

言葉をかえれば 言葉をもっと直球にすると もっと 私たちは 自分の生活レベルと向き合わなければならん と あの財務省事務官は言われたんだろう・・・。

自分を反省する こととして、最近 この夏、あの高級電化製品 ミーレの商品が 最大20パーセントOFFになるという 手紙がある代理店から届いた。 なぜ 私の手元にそんなものがやってきたかというと、私はある時期 すごい手荒れに苦しんでいた。 それをみていて 夫と夫の母が 「食器洗浄機を買いなさい」と 夫の母親が少しお金を出してくれ合わせたお金で ミーレの食器洗浄機を導入した。 それはそれは 画期的な投資で 自分の手荒れは改善し 苦しみから解放された。 それは 食器洗い機のおかげのみではなく、手荒れの原因となるような強い洗剤はいっさいやめて、クリーナーは ホワイトビネガーとアロマオイル そして水という手作りのものにかえたのだ。 落ちない汚れはメラミン 激落ちくんで ちょちょっと落とすようにして ビネガーで洗浄 肌にもやさしい。という具合のものだ。・・・ あ・・・ 話が脱線してしまいました。そう なぜ 反省しているかというと

その20パーセントディスカウント のお知らせをみながら 憧れの ミーレの洗濯機も欲しい・・・・と むくむくと真剣に思い始めたのだ。 色々とネットで調べ始めたら 仕上がりの高級感とか そんな声が目につき始める。ミーレの洗濯機にミーレで販売している 香りのよい洗濯洗剤 それと合わせたら 白いものは白く 素材感はしっかりと保護され仕上がるのではないかと そして なぜだか高級感あふれる暮らしが約束されているように思い描く。 あの 経済学者のいうところの Veblen goods

それを使うと自分がワンランクもツーランクもあがると信じ込ませるような 一品。真剣に20パーセントオフになった価格を計算し始める。それでも 40万近くする。40万近くするような洗濯機って すごいが それを自分があと 20年以上生きると仮定してなどと いま買うべきなのじゃないか? と ああ まずい まずいぞ 視野の中に そのミーレの洗練された洗濯機しかみえなくなっている。

・・・と、あれやこれやと考えていると お隣のおばあちゃまが おしんこ巻きとおいなりさん作ったからと持ってきてくれる。

ありがとう! Mさんの おしんこ巻き もう売ったものなんか食べられなくなるほど美味しいです。と 世間話をしていたら

まるで Mさんが 私の心を透かし見たかのように 洗濯機の話を始めた。

「もう うち 洗濯機買い替えなきゃと 思っていたんだけど・・・。私がほら病院に入院していた時 息子が洗濯して、退院してからも 洗濯、俺がやるから って それは ありがたいんだけれど なんか パッとしない仕上がりに思えてねぇ そろそろ買い替え時かしら って思っていたら 私が洗濯したら 白く きれいに仕上がるんだから 男の人の仕事って・・・ねぇ だめだね」

「え! Mさん なにか 白い仕上がりの秘訣はあるんですか」

「やっぱり 白いものは 粉せっけんを溶いたある程度熱いお湯に 30分はつけてから洗わないと。 そして 柄物は、私は 必ず裏返しにして洗うよ。そしてある程度乾いたころに 正面に裏返して干すの」

「そうですよね そうだ 洗濯の基本は 下準備ですよね・・・ ほんっと わたしったら  だめだなぁ Mさん ありがとう いい意見 感謝」

「?」と きょとんとするMさん さすがに 戦前 戦中 戦後を生き抜いた 96歳の方には 正価50万円くらいするような洗濯機のことは話さず・・ 洗濯機は あくまでも 機械で 自分の下準備や諸々の工夫をしないと 日本魂にそむくことになる。と

話しをごまかしましたが。

Mさんには 本当に多くのことを教えてもらったなぁ 本人はそんな気は一切ないのでしょうが・・・ 始末にして みぎれいにして 生活にメリハリつけて 美味しいものをひと手間かけて作って 人を喜ばせることが大好きで そんな90代に 自分もなれたらいいなあ と 思えるような人に会えた幸せ。

そして 自分のかまどのことをしっかりと冷静に 俯瞰してみれる 自分でありたいと。 そうすれば 少しは 財政のあり方に口出しできる自分になれるのだろうか と思ったりして。

誤解しないでいただきたいのは 買える方は どんどん そういうものを買うべきです。 経済の循環 経済の活性 そうされてください。

ひとりひとりが 収支の計算して それこそ昔の格言  入るを量りて出ずるを為す もっと 己を知らんとあかん・・・と反省。 足元をみて なるべく 人に迷惑をかけないように 自分で自分の始末をできる暮らしを 私たち 一人一人が意識して行えたら きっと 日本の財政状態は 健やかに 安定してくるのだろうな と 願うのです。

 

 

執念(Tenacity)

日曜日のメキシカンビーフタコスに coriander , cilantro, Chinese parsley, パクチー 香菜  と 諸々の呼び名がある あの

野菜が必要でした。

で、円山市場に土曜日に取りに行くから ***円分くらい 取り寄せておいてぇと 私は、伝えたつもりでおりました。が、聞いた方は やはり もうひとつ 金曜日に最後の一声を待っていたようなのです。 たしかに 取!り寄せる方としては そうですよね、不安を持ったまま なかなか買い手のない あの野菜を仕入れるのは勇気いりますよね。

で 私は土曜日に 行きました。 円山市場に。 そうすると 私の顔をみるなり おじさんが 「ないよ~~~~」

「え! ないよ~~~ って なに? あの 頼んでた コリアンダーがないいいい???」 「そ~~~だよ~~~ 昨日待ってたんだよぉ 来ないからさあ、気にしてなかったわけじゃないんだよ。でも あれじゃ 確実じゃないもん 昨日、もう一回 連絡くれなきゃあ」 「 昨日は もう いっそがしくて 私も そうするべきかなぁって 気にはなっていたんだけど! でも 飛ぶように時間が 時間があああ 過ぎて行ってしまったのよぉ 昨日はああ」と涙声。「俺だって 気にはしてたんだよ でもさ いま仕入れ値が高いしさ ばくち打つわけには いかんのよ。雇われの身としては・・・」と 続きそうな話しに・・「わかった! わかったよ! もう それ以上は 言わないで! 私 私 いま 前向いているから 前向いて進むわ」 と 踵を返して 次に中央市場を目指した。 そこに 何かがある。 あるはずだ ないはずがない!!!

と 中央卸市場の 建物の中に 突き進んでいった。 そこで作業をしているお姉さん二人に 真剣な顔で  コリアンダー ある程度の量を探していることを伝えた。 そうしたら 青果館の存在を教えられる。若宮商店というところがあるから そこに行きなさい と 私知り合いだから いま電話しておくから と 送り出される。 ありがとうございます!とダッシュで立ち去る。が、卸売り市場では すぐそこだから の単位が 結構な距離である。 ふと 不安になって 足で走るより車の方がいいか? と 近くでたばこの休憩に入っていたおじさんに 場所を尋ねると 休憩をあとまわしにして 場所を丁寧に教えてくれた。

そして 青果館に到着。 小売店が軒を並べている その市場の 若宮商店はじめ 一店一店に すがるように コリアンダー買えませんか?と 尋ねても・・・ 今日は仕入れてない とのこと。でも 私の必死さが 皆さんに伝染していったのだろうか 市場のそのお店の方々が みな いい方たちで 一丸となって 協力しあってくれた。そうしていたら あのキャップに番号をつけた 仲買人さんというの? なんというのかしら かっこいいお兄さんが ふらりと 偶然 そこにやってきたという感じで パクチー? 何束欲しいの? と 天からの一声・・・ その お兄さんは 十分にかっこいいのだけれど そのときは 俳優さんレベルにみえた。「お兄さん! I love you! って言いたいくらい ありがとう! 感謝! 10束くらいでいいはず」と 私はあの スーパーで売っているサイズのしょぼさを想像して 10束と言った。 「いま 卸価格が パクチー高くて 少し高くなるけど大丈夫?」 「おいくら?」「一束 400円 ついちゃうよ 大丈夫?」 「50食分必要だから やはり10束は必要だと思う。 いい! もう こうなったら 原価の50パーセント コリアンダーでも仕方ないわよ。おねがいします!」

と まつこと 10分くらい お兄さんが にこやかに 走ってやってきた。

10束 わっさわっさのボリュームを抱えて。

お兄さんの幸せそうな顔と 大量のパクチー 泣きそうな私。 でも もう後にはひけない 前に進むしかないのよ と涙を呑む。

この単位 ボリュームが 中央卸市場で 交わされる 一束。と その時 はじめて 学んだ。

あの 小売で並んでいる 数本に 298円が この一束から いったい何個とれるのだろうか・・・・と めまいがした。

仕方がない 日曜日は メキシカンタコスのほかに コリアンダーも売るぞ。と決める。

お兄さん みなさん! ありがとうございました。 これを 機会に 中央卸売市場 青果館で買い物させていただきますね。

感謝! と 泣き笑いをこらえて お礼を述べる。

頑張ってねー と 送り出される。

時計をみると 1時間内で 私は パクチーを 思い描いた新鮮なのを 手にしていた。 なせばなるのである。 なそうと思えば なるのである。

が この パクチー 一束でよかったなぁ 400円で すんだのよおお ほんとは・・・ と 運転ながら 前に進み 心はおもいっきり 後追い三味線 後ろに向かう 数分間を 車内 一人 笑っていました。

 

 

お日様を背中に

先日の日曜日、予定通り 庭の雑草取りにはげみました。

張り切って 日曜日にしては早起きをして 午前中の気温のうちに しっかりと身支度して挑みました。

スコップで土を掘りおこして、雑草を手でさするように土から除けて、地道にとってゆきます。

ミミズがいたり 色々な虫たちも 土の中で一生懸命生きてます。

土を触ると 地に 自分が同化してゆくような気がして 自分もミミズや虫たちと なんら変わりがないような気持にさせられます。

地道に 無心でしているうちに 段々と背中が ほんわりと暖かくなってきます。 背中に お日様を背負いながらが 作業も喜びと変化する時です。

せっせと進めていくうちに 東から西の方へ 移動してゆくと お隣のおばあちゃまが出てきて 私が雑草取りをしている間 お日様にあたりながら とりとめのないお話をしてました。

そうしているうちに お向かいの方が マフィンを二つ 持ってきて 「こちら お二人でおやつにいかがですか」 と くださります。

ありがたく頂戴します。

大体の作業が終わったので おばあちゃまに 「Mさん、コーヒー淹れるから うちで このマフィン食べない?」と誘い

二人で お昼前の お茶タイム。

なんというか のどかな日曜日の こんな過ごし方も 小春日和の日差しには とても似合っていて。

そして Mさんとのこの時間も 永遠のものではないとわかるような この歳になって・・・

お茶の世界のいうところの 一期一会 とは このことだなぁ と

もう二度と 同じこの時はないかも いや ないのだ と思うから

私のいれた コーヒーと おむかいのマイコさんからいただいた美味しいマフィンと そして秋の日差しと

Mさんとの会話が 私の記憶の中に しっかりと とどまりました。

雑草取りをしたおかげかもしれません とても 豊かなひと時になりました。

はたらく 良さ

火曜日は スクールにとって週の始まりの日です。

ゆえに 結構 体が動く日です。

先日の火曜日は 教材室の整理と掃除 シナモンロールの試作 そして 自分の担当クラスが二つ。と あと 打ち合わせをひとつ。入れたので 時間で動く! というような一日でした。

従来時間の使い方が下手なのと 訓練の足りなさを自覚しながら、ここ最近は 残り時間の短さから 逆算して動くように少しずつなりました。

小学生のクラスは システム化を図ることとなり カリキュラムをつくり 一か月ごとの教材が入った箱を設置することとなりました。 そのスペースを作るための 整理整頓です。

それをしている間に シナモンロールの材料を こね機に入れて 20分こねて そして40分の第一発酵。

ちょうど60分。 整理と掃除をある程度できたあたりで 次の段階にとりかかります。 次の段階は両手を使うので違うことは出来ません。

と それが 終わったあたりに ちょっと交渉要素の入った 打ち合わせが ひとつ。

で その話し合いが終わったのちに 担当クラスの授業の準備。のちに2つ授業が続き。一日がDONE。

一日が あっ! という間に過ぎる 気持ちの良さを噛みしめながら

そうか。と 思い当たることが 忙しくしていると その中にあります。

頭があまり良いとはいえない 自分は 体を動かし 働くことで ちょうどいいのだな。と いうことです。

頭の良い人は 勉強の基礎があるから 効率性や 数学でいうところの因数分解とかっていうあの数式にそって物事を動かすことができるといいます。

でも それが 出来ないのなら 出来ないなりに 愚鈍でも とにかく体を動かすことでそこに何かが生まれてくるような気がするのです。

誰かが しみじみとこぼしていた言葉を思い出すときがあります。

「自分が一番苦手なタイプは・・・頭が悪いのに 欲張りな人間だ」と。要するに 話し合いができない。ということなのでしょう。

やたらと体だけ無駄に動かして 右往左往とすることもないですが

頭を使うことが あまり 長けていないのなら

機転を利かそう 体を動かして何かを表現してみよう 何もないなら掃除でもしてそこに風を起こすくらいに と思ったってよいと思います。

心を 体を 動かしているから ちょっとしんどい交渉めいた話も 弾みがついて 明るく 行えるような気もするのです。

そこに 画策や 策略めいたことを ない頭絞って 挑んでも あかん・・・ と 前のめりになって 不愉快に思われて終わりだと。

自分なりの やり方で 過ごすことを忘れずにいたいな。と 無理に どうすれば 効率がいいか どうすれば 利口な措置だろうか と それに囚われずに 今日一日に出来ることを求め 終えることが出来たら 夜のワインも美味しいでしょうし。

ひとつだけ 気をつけなきゃなぁ 自分の場合。 と 思っているのは 上記の

頭が悪いくせに 欲張り にはならないように 気をつけたいな。と いうことです。

 

 

ライフオーガナイザー2級講座を受けてみて

先日日曜日に、札幌市で行われた ライフオーガナイザー2級の講座に行ってまいりました。

なるほどなぁと思ったことは。

右脳 左脳のバランスによって 整理整頓 掃除の仕方、はたまた生き方 行動のパターンも違ってくるのだとか。

指を組んでみて 左の親指が上になる人は 右脳がインプットだそうです。

そして

腕を組んでみて今度は左腕が下になる人は 左脳がアウトプットだったかと・・・

もう一度 確認しないと 上記ちょっと怪しい部分がありますが

それでいくと 自分は 右左脳タイプの人間なようで。

当てはまるかもと 思ったことは 結構ありました。

直感で 全て自分で仕上げたいタイプ。

デザインにこだわる方とか。コツコツと仕事を出来ない。とか。

あとは それそれ! と思ったことは ラベリングは字より、絵や写真でないと ダメなタイプ。

本当にそうです。

あの ラベリングをきっちりとして きれいにファイルして 管理できるタイプの方は まさに私の憧れの左左脳さんタイプだそうです。

で、わかったことが

左左脳さんタイプの方は お財布は 機能一本で選べるのだとか。

私 きっと 多くの 右左脳タイプの方は お財布選ぶのも 機能もあるけれど きっと 自分が好きかどうか、人の目にどう映るか。というように選ぶのではないかなぁ・・・。と そこの違いが それぞれのタイプであるんだ。ということが発見でした。

自分の思考回路 行動パターンを 整理して 人が主役になり 生活を効率化してゆく。ということに 興味を持ちました。

で・・・ 一級の講座も 受けてみることにしました。

18時間なので 9月 10月 11月 と 時々 水曜日不在にしますが 思い切って 行ってきます。

一級の検定 なんとか合格出来たら 何かもっと皆さんにお伝え出来るかもしれません。

 

支払いは待ってましたとばかり出船の様に…

明治生まれの小学校しか出ていない 曾祖母の語録を 時を経て母から聞くことが時々ある。

3つほど 印象に残り、ここ最近 なるほどなぁ 本当にその通り 昔の人は 高い教育がなくても知恵を持っていたのだ。と感心することがある。

キクさん語録その一。

カラスが、かぁあと鳴いたら 利息が増える。← 分割払い、利息の付いた買い物は極力するな の教訓。

その二。

ツケで物を買うということは、亭主を質(抵当)に置いたようなもんだ。 ← 上と同じで利息のついた買い物は避けるように

そしてその三。

支払いは、待ってましたとばかりに。← お金にルーズなのは信用を失う。

 

この 三つは 私も年を重ねるごとに ほんとに感じ入ることで

とくに この その三 支払いは待ってましたとばかりに出船のごとく・・・ は 人の心理をよくついているなぁと

どこそこ大学出身です・・・と 誰も聞いてやしないのに言うような人が お金にルーズだったりするのを 垣間見ると・・・

小学校しか出ていなくても、利口者は 世間から多くを学び生きてゆけた そんな時代のほうが、今よりよほど良かったんじゃないか? と思ったりする。

キクさんは 出入りの業者さんが来る日には 必ず 支払いのお金をちょっきり封筒に入れて待っている。そんな人だったらしい。

その姿をみて 育った母は、ダスキンさんや その他 マッサージで来てくれる人 お米をご厚意で自分がとるついでだからと届けてくださる方 そんな方々が 来る日の前に、封筒にお金を用意して 宛名を書いて待っている。

私は こんなに いいお手本が近くにあったというのに 全く いったい 何をみていたのだろうか・・・ と最近になり

とても反省しながら その点に気をつけながら 見習っている最中で。

でも・・・ 最近 注意して 暮らすようになったら 分かったことがある。

 

生き金・・・って このことだな。と。

私は生き金の意味を はき違えていた・・・と これまでの自分を 心から反省した。

生き金っていうのは 自分の得や、自分への投資とばかりに使うことではなく・・・ 相手に気持ちよく思ってもらう様に使う。ということだ。と。

お茶の先生が 封筒に新札でお稽古代はお願い申し上げます・・・と うるさく 言った 真意は これを教え諭したかったのだろう・・・ けれど 私は 茶室ではなくストリート(世間の出来事)からしか物事を学べない 愚かなところがあって 最近やっと わかった。

封筒を用意し、新札に気持ちをこめて 待ってましたとばかりに 支払うところにお金を支払う心構えを持ってみたら

何か 少しずつだけれど 違うような気がする。 まず 支払われた相手様が 気持ち良いと思う。

銀行での後ろ姿

夏がくる度に 心を鬼にして捨てなければいけないもの。 それはくたびれる直前の下着。と・・・踏ん張る自分がいる。

色々と、取っておきたい理由はある。 それなりに高かった。とか、あの 憧れて買った ワンセット。とか・・・ そりゃ 色々とある。

しかし、くたびれた下着は 心を鬼にして捨てねば 他の多くを失うことになるかも・・・なのだ。

時に、銀行のATMで 夏服からはみ出して見えてしまう ブラのストラップがみえている人がいる。 それが みせられるくらいの可愛い素材だったり ファッションの一部になっているのなら みていて心地は良いが 大概に 色が退化しているとか ゴムがくたっとへたってしまっているとか。 そういうような人が多いような気がする。

こりゃ・・・自分も気を付けなければならないなぁ・・・。と 自省の思いを持ちながら 後ろにいてしまう私。 そんな私も ジーンズのベルトの部分が なんと破れていて その隙間から 下着がみえているといった人であったりする。後ろの人は みっともないなぁ この人 と きっと眺めていたのだろうな・・・と トホホと苦笑い。

銀行ATMでの後ろ姿の自分。を 毎日意識して 一日を送ったのなら 相当 意識あがるだろう。と 思いながらも

この銀行のATMで 平常であり、後ろ姿にも自信をもって 毎日の生活にも気を配り という雰囲気、存在感を示される人は 相当毎日を充実して 申し分なく幸せな人なんだろう。と そんな後ろ姿を魅せる人が時折いる。

後ろ姿は けっこう 多くを語ってくる。 それが 通帳やお金の扱いのある 銀行ATMだと尚更なようである。

 

生命力=筋力=人間力=財力

お隣の90代のおばあちゃまは、命よりもお金が大事なことを 90を過ぎて知ったわ。・・・と 真面目におっしゃった。

そして 母世代は 大切なのは 財力と筋力と合言葉をかけあっているし。

私世代と言うと その域に達する前に・・・ 事あるごとに痛感していることは・・・

お金では買えないものって・・・意外と多いもんだな。・・・と。

財力に恵まれて 人間力の高い方って いる。 本当にいらっしゃる。それは間違いない。 この私世代 50代そこそこ いや40代くらいでも そんなすごい人物は 存在する。

が、 大体は お金にスポイルされてしまうか・・・ この人 お金を介する間柄では成り立つ関係も 介さない関係は・・・ う~~~ん きっと 友達いないだろうな・・・と思う方も、中にはいる。

で・・・ 私なりに 考えてみた。 その二パターンの 決定的な 違いはなんだろうか? ・・・・と。

前者の方は お金は 多くの人を幸せにできる方便になるもの。 と 考えている、そんな行動が自然にできる。

後者の方は お金は 自分を守るもの 相手に頭を下げなくてすむもの。もの 労力を買うもの。 と

人と人との間に ありがとうと言い合う隙間をつくらなくて 済むもの。と  思われてしまっているの。かな。 その違い。かな。・・・と。

働き盛り 人生の盛りの時は 人との繋がりにありがたさを感じて  人と人との間に ありがとうの気持ちを介在できる機会を多く持てた人の方が 仕合せなんじゃないかな・・・と思う。

そして その仕合せのかんに 財力と筋力が 自然についてきた人は もっと 幸いなんだろうな。 と 思う。

自負と自尊心

このフィルムに出てくる二人の女性と、絵付けの陶器や絵は、Thompsonの大祖母と、大叔母にあたる彼女たちの作品です。

Thompsonの祖父の母親、Emilyとその姉であるElizabethは 10歳と13歳の時に孤児となります。

彼女たちの両親は 南北戦争に夫が参加するためにイリノイへと渡り住みました。母親はその時に身体を壊し、27歳の若さで亡くなります。

それからしばらく父親は男手で二人の娘を育てるのですが、南北戦争の最中、一人の兵士として参加しながら娘二人を育てることに限界を感じたことと、また、自分自身の命も長くないと悟り、父親は二人の娘を、母方の親戚へとあずけます。 それで カナダへと 幼い二人は肩を寄せ合い、長い長い時間をかけて、アメリカから渡ってくるのです。

そこで 初めての 身を寄せる家庭で、思いのほか彼女たちは大切に育てられました。

姉のElizabethは活発で、利発。 容姿の美しさは妹のEmilyのほうに多く能わってしまったようですが、二人の姉妹は仲良く、そして固く結ばれた絆で、1880年代から1900年代の大きな時代の流れに、押しつぶされないように生き抜いていくのです。一度本当の親から違うところへと引き取られ、またもや 最初の親代わりの方が亡くなり、次の人たちに引き取られます。ですので2回彼女たちは保護者を失くすのです。しかし、幸運なことに 実の母親が残していったものと、この最初の母方の人のまとまった遺産が、彼女たちにアイルランド貨幣で残りました。その遺産は法に基づき、彼女たちが最終の教育を得る年齢になるまで、しっかりとした機関で管理されます。

そして 2回目の養父母になってくださった方々のところに身を寄せる頃には、二人は若さと、世の中を渡って行ける知力を持つ年齢となっていました。

二人は、おそらく 色々と相談をし、悩み決断をしたのだと思います。

妹のEmilyは、絵付けの道へ。 そして姉は 水彩画の道へと 専門の進路を決めるのです。

ちょうど その 1800年代が終わろうとしている時代は、クロードモネや ゴッホといった そういう画家たちが世を去ったあたり・・・

芸術が、まだ 一般の人々にとっても生きてゆく手段に結びつきやすかった時代だったのだと読み取れます。

親のいない女性二人が選んだ道として、手にした遺産を賢く遣い、自分たちの生きる糧にできるようにと きっと 手と手を取り合って離れることなく 必死に生き抜こうとしていたのだな。と彼女たちの残していったメモや手紙や また 家族内での思い出話を寄せ集め、想像が出来ます。

彼女たちは とても賢く 世の中を渡っていたようです。・・・と、いうのも いい人たちに囲まれて 若き日々を過ごしていたことが 色々な写真や文からわかります。

写真からの様子でみてとれるのですが、威厳を崩さずに、自尊心を大切にしながら いい品物を身に着けているのです。身繕いの費やし方を知っている。Ladyというのでしょうか。 決して馬鹿にされない、低くみられない 女性なら、すきをみせない着こなしというのかな・・・。そういう 美しい二人姉妹という様子で 紳士的な人たちに囲まれて写っている写真とか。 孤児であった二人がここまで しっかりとした存在でいることの方に 私は 不思議さを感じ、もっと この二人のことを知りたいと思ったのが 今回のこのフィルムで表現をしました。

そして 妹のEmilyはカナダの銀行員と結婚をします。その時に、その時代の特徴ですね。第一次世界大戦が始まる前あたり 1900年代前半には そういう方も中にはいたかと思うのですが、 妹の結婚ではありながらも、姉も一緒にと 結婚先の離れに 姉も住むこととなります。 常に一緒に生きる。と 誓い合った二人は そういう形をとりました。

Emilyには 男の子が一人出来ます。 それが Thompsonの母の父親。つまり祖父です。彼が10歳の時に Emilyは結核で亡くなります。

それ以後、姉であるElizabethが 母親代わりとなって彼を育ててゆきます。 その幼い男の子が成人し、妻をめとり、トンプソンの母親が生まれてからも彼女が16歳になるまで アント ナニー (Elizabethのあだ名)として79歳でこの世を去るまで、 トンプソンの母親のその一家と暮らします。トンプソンの母親にとっては実の母よりも あらゆる面で大きな影響を残してくれた人だそうです。

絵を描くことを生業として、そして 色々なことに長けた女性だったそうです。 あの時代に高価なカメラを購入し、写真を撮るために自転車を乗り回し、画の材料にするようなものから 他のことも仕事としていたのでしょうか、自立の道をしっかりと歩く活動的な人でありながら、また エチケット ハウスキーピングの基本 また Ladyとしての在り方も美意識高く持っていました。それらを のみこみがよく 気立ての良い 可愛い姪に 懸命に仕込んだのだと思います。

わたしは 時々、トンプソンの母の佇まいに触れるときに・・・・ カナダの田舎町で、その頃は農業をしていた両親のもとで育ち、どうして この人は こんなにエレガントなのだろうか・・・ 何が彼女をそうさせるのだろう。 自分で学び取って身に着けていったのだろうか? と不思議でなりませんでした。

その蔭には、Aunt ナニー Elizabethの存在があったのだ。と、義母が亡くなり、彼女の日記などからそういうことも知ることができました。

自負と自尊心 その二つは あまり強すぎても 困りものでありながらも

自尊心を失くすと、女性はたちまちに流され 下流に落ちていってしまう・・・と 激動の時代に、必死に流されまいと 二人で手を取り合って生きた 姉妹の健気さが 絵からも 伝わってきます。

我が家には 実は トンプソンの父方の祖父が アメリカで、少し名前を残した画家だったので、彼の作品が数点あります。聞くところによると 価値のあるものらしいのですが、 でも 私は 彼女たちの この ちょっと優し気で 素人っぽいタッチでありながらも 健気なタッチが すごく好きなのです。 正直 彼女たちの作品に癒されているな・・・と思う自分がいます。