女とは… と、冬囲いの男結びをしながら考えた。

昨日、最後のチャンスと思ったので、庭の冬囲いを雨が降り出す前に始めた。

この庭仕事に使う結び方をなぜに男結びというのだろうか…とつらつらと

寝ないで読んでしまった 林真理子さんの フェバリット・ワン という本を思い出しながら考えていた。

林真理子さんの本は 週刊誌、ゴシップ記事を200枚レベル読むような感覚で一気に読めてしまうのが脱帽物で、なんだかんだと言われながらも、大した作家さんだと思う。

このフェバリット・ワン、書いたご本人も、この本は現代版、野心のすすめです。と、おっしゃっている通り、野心ギラギラではないふんわりとした23歳から25歳になってゆく女の子が、すごい美人でもないけれど ちょっと人から振り向かれるくらいの20代の多くが日常の中で出会うであろう心ときめくことや、甘い誘惑、そしてそれらを甘受することで伴う心の痛みたちにもメゲズ、その都度起こる状況に流されながらも自分の野心、本人の自覚に欠ける欲望の中で毎日を過ごしているというストーリー。

ある日、小さな会社で服飾デザイナーをしているその主人公は会社のスポンサーにこう誘われる。

「金太郎飴みたいな服しかつくらない最近の服の中でも、君の服は金太郎飴の中でもちょっと違う。君だけのクセがある。・・・中略・・・実を言うとね、ちょっとツテがあるんで、うちの服をあの世界的に有名な倉吉潤に見せたんだよ」

主人公は驚く

・・・略 潤さん、うちの商品、パソコンで一点一点見ていてすごくつまらなそうだったけど、作品一点だけ、これ面白いね、って言ったのが君がデザインしたワンピだったんだ。・・・

と会話は続き、彼女の小さな会社のそのスポンサー遠山は、なんとことあろうことか…そのちょっと光る才能があるかもしれないデザイナー夏帆に、自分の金持ちの知り合いにパトロンになってもらわないか?と彼女に誘う。・・・フランス語ならパトロン。ひと昔前なら旦那。いまでいうならなんなのだろう愛人?いや、若さやキレイさが換金される、援助なんとかのパパ?とでも呼ぶのだろうか。

で・・・結局、彼女は その金持ちの40代の妻子持ちからの誘いを頭の中では色々なことを冷静に張り巡らせながらも受けてゆく。もちろん彼女には売れないお笑い芸人の彼氏がいるので、彼女の思い描いたお気に入りの筋書きは、ギリギリのところで夏帆は、その売れないお笑い芸人への深い愛に気づき踏みとどまる。ということのつもりで会ったはずなのだけれど、最初は美味しい食事に誘ってくれる人と自分に言い聞かせ。そのうち高級な服を与えてくれるようになるとデザインの勉強のため。になってゆく。現実に彼女は数十万円の衣服の感触をしっかりと楽しみ、そしてそれをほどいて縫製を確かめ、形と仕掛けを、スケッチブックに写し取っていき。あまりの面白さに、夜明けまでずっと服と格闘してしまった。という件があった。

最終的には奥さんの知るところとなり、挙句に会社にもそれが知れ渡り、彼女は会社を辞めざる負えなくなった。知れた理由は、会社のスポンサーでありその金持ちオジサンを夏帆に自分の勉強のためだからと紹介した遠山が、酔った席で、自分が夏帆に あの子は見所があるから金持ちのスポンサーをつけてやった。と社員の前で言ったのだとか。ありそうな話である。

でも このありそうな話しの中で ありそな、なさそうな話は、

その金持ちおじさんは、自ら慰謝料を夏帆に支払うと申し出てきたのだ。

その額も300万円。

当然、自分では普通の女の子と信じている彼女は怯む。・・・が、どうしてもっと潔癖になれないのだろうかと自分に言い訳しながらも その流れに逆らうことなく 銀行口座に振り込まれたその額を受け取る形となる。

…、と、ここまで荒筋をなぞってみると、実にいやーな女の子だなと大体の人は思うはず。でも、そういう女の子っているよなぁ 実際に・・・。いや そして 自分だってチャンスがあったらもしかしたら彼女のような生き方をしていたのかも、しれない。と、思わせるような主人公。その主人公は、なんとその300万円と自分のなけなしの貯蓄や諸々でかき集めた資本金400万円で、ネットビジネスを始める決意をする。

もちろん服飾のネットでの販売に特化したビジネスを、ガッツと心意気と苦労を重ねて小さな成功を積み上げて次の世界へと上がってゆく。

最後に、あるどんでん返しがあり。その箇所のメッセージが自分では理解をまだ出来ていないのですが。

林真理子さんという作家がこの本の中に落とし込んだこの展開が、妙に私の心に残ってしまったのです。

あの人気シリーズ 最高のオバハン。の中でも 主人公みどりでなくてハルコさんは、若い友人いづみが、不倫相手の男に貸した300万円を、街金を借りてでも、期日までにお金を返すようにという手紙を書けと指示する。そして期日に間に合わないようであれば、会社なり家族に知らせる。と 事務的な感情の入らない文章を送りなさいと。 そしていづみがそれに従った結果、その不倫相手はなんと違う相手とも浮気をしており、その違う相手は質が悪く、チンピラまがいの男を使い、ゆすられていたのだとか。ついにその不倫相手は実の奥さんに泣きつき全てを告白し、いづみのことは 全てを告白したはずの奥さんに、彼女が不倫相手の源とは言えず、お金を貸してくれたある女性。となってしまい。奥さんはなんと利息20万円をつけていづみに謝罪しながらお金を返しに来たという展開。その時に ハルコさんはこんなようなことを言い放つ。

「いい?あなたは本来なら夫の浮気相手として、なじられても仕方のない立場の女なのよ。けれど 今回はお金を貸した立場ということで奥さんが下手に出てきてくれた。しかもお詫びと利息をつけてよ。お金というものはこのように使いたいものね」と。

私は うなった・・・ すごいな 林真理子って。と。

前回 書いた 自分の原則を持っている人っていうのがいる。と、人が見ていても 見ていなくても 自分のそれに従い 生きている人からは すごく教えられた。ということは 正しい。天網恢恢疎にして漏らさず。は、正しいとは思う。が、正しいと思ってのみ生きてきた人が 魅力的な人か・・・といえばどうも違うような気もする自分も、天の網をみながら 昨日の朝は空模様をみながら 男結びを木にしていた。

またもや身内の話になってしまうけれど、お金を使うことが怖くて怖くて、銀行口座から0の数が無くなることを最大の恐怖としたままに90歳になってしまった叔母がいる。

ある時、それを謗る母に、「仕方がないよ。おばさんはさ働いたこともなく、ただただ、愛人宅に行ったままの夫のくれるお金の中から少しずつ少しずつ貯金して、そしてお金を貯めていったんだもの。それをお金の遣い方がキレっないのよねぇ・・・、どうして自分のここぞっていうときに大きく決断できないんだろう?ってったって 無理だよ。そういう訓練をしてこなかったんだから」と、私は言ったことがある。

…そうだ。お金を使う訓練。お金を生かす訓練は、これは これは 本当に残念ながら年をいってからではなかなか間に合わないのかもしれない。

20代の色々なことに傷ついたりしても立ち直れるような時から、もうその訓練の機会はあちこちに散りばめられ用意されている。

 

 

The dream seekers

誰かが言っていた。想念は現実となる。と。

いいだけ 時を重ねて ひとつひとつ振り返ってみると。それは本当かもしれない。と思う。

その想念が出来るだけ 純度の高いものであれば 高いところを目指すことのできた人は そこにいけるのかもしれないし。高い運動能力と 知能と 健康と また 度胸のそろった人ならば 大きく大きく羽ばたいていけるのかもしれない・・・と、時々思うことがある。

けれど ほどほどの運動神経と、人より少し劣り気味の頭脳と 気の弱さが虚弱体質につながるといった自分といった人間の想念を大きく支えてくれたものは 数少ないながらも 同じ本を何度も何度も読み返し、イメージを膨らませることが 大好きだった その習慣だったのかもしれない。

Penelope Keeling stood in the middle of her warm and cluttered kitchen and tried to thing what she had to do next, and then decided there was nothing, because all that could be was already accomplished.  …..

But now all was ready.  Fires lighted in the sitting room and the dining room, drinks set out, wine opened to chambre.  Here, in the kitchen, the air was filled with the scent of slowly roasting sirloin, baking onions, and crisping potatoes.  She had made pastry, peeled apples, sliced beans* from the deep- freeze, scraped carrots.  Later, she would arrange cheeses on a board, grind the coffee, decant the thick cream she had fetched from the village dairy.

自分が 料理をするとき、常にこの情景がイメージの中にある。この人の描くキッチンの文章が脳裏に刻まれて私の身体が動く。

辰巳さんの料理の本。そして、この Rosamunde Pilcher という人の書く文章が私の脳に映像をつくっていく。それらが私の想念なのかもしれない。と思う。

本は、字を読むことが出来る人でもしもあるなら。(読むことが難しい人もなかにはいる。その場合はオーディオという便利なものもある) 出来るだけ 自分が関心のあるものを選んで いくと

無理だと思っていたことが 数十年後には出来てたりするから不思議だ。

早い人なら 数年なのかもしれない。 わたしには 十年以上の月日がかかったが

昔、昔、辰巳さんの料理本を読み。こんな料理を作れる人になるのは 一生かかっても無理なんだろうなと思いながらいた。が レベルはどうであれ 作っている。

そして 読んだ本の 文章のようなことが出来るのは無理なんだろうな・・・と思っていたけれど それに近いことは なんとなくしている。

想念は 現実となる。

教誨という題名の本

柚月裕子さんの書かれた教誨という本を、思い切って読んでみた。

ヘビーそうな内容の本は、ここ最近、気も体力も心もとなかったので全く読む気にならなく、年末からずっと枕元にありながらもページをめくることはなかった。

やっと読み始めたと思いきや、柚月裕子さんの本は毎回 一気に読めるというのに。この本ばかりは 何晩もかけて 僅かずつしか読み進むことが出来なかった。

題材は、我が子を含め二人の幼児を殺めた死刑囚のこと。 モデルは あの何年か前に橋から我が子を突き落としその後に他人の子に手をかけてしまった人のことだろうか・・・と か でも ここ数年 あまりにもそのような事件がありすぎて・・・どの事件の容疑者もそのモデルとなり得るのではないかと思えた。

気の沈むような内容のストーリーに、読む意味があるのだろうか?と疑問を抱えながらも、それでも じりじりと毎晩 数ページずつ読み進めていった。

ある箇所で、やっと これまで読み進めてきた理由に出来るような そんなくだりがあった。

教誨の役割を担う、お寺の住職さん(であったと思う、本がいま手元にないので記憶はあやふやです)の言葉で、 この世に一度も罪を犯さず生きている人間など、あなたも私も含めて誰一人としていない。(といったようなのだったと またここも記憶が・・・)

私は この言葉に改めて出会うために、この重苦しい一冊を手に取ったのかもしれない。と思えたほどに その通りだな・・・ と思えた。

この人気作家の重いテーマの作品は、わたしにこの言葉を投げかけてきた。

昨夜は 札幌、大寒波の真ん中に。猫は一番いい席を譲ってくれませんでした。

 

 

読書の利点

鍼灸の先生に言われた通り なるべく早寝早起きを意識して。

9時くらいに ベッドへ勇んで向かう毎日です。

そうはいっても 9時から パタリと眠れるわけがなく。

少し本を読む元気も出てきたので 眠るまで 本を読むのも楽しみで 寝室へと向かいます。

最近 はまっているのが あさのあつこさんの おいちシリーズ。

医者の父のもとで 健気に 志たかく 江戸の毎日を生ききる 主人公の姿に 胸打たれ、 物語も面白く ワクワクと 読み進みながら も 程よく 10時ちょっとすぎあたりで 良い感じに眠りにつける そんな タッチの ストーリーテラー あさのあつこさんの世界は 私の 程よい 睡眠導入剤 という感じです。

そして 昨夜 林真理子さんの書下ろし作品 話題に上っている 奇跡 という一冊を読み始めました。

実話 実名で 綴られている その物語は 歌舞伎役者の妻・・・ いわゆる梨園の妻であった方と ある世界的に有名な写真家の 恋の物語。不倫の恋で始まりながらも、添い遂げることの出来た幸運なお二人の 良い時も そして悪い時も含めての 決意の瞬間。 強さのあり方。 諸々の出来事が書かれてありました。

きっと多くの読み手の心を捉える印象的な言葉は、主人公である博子さんの

「私ほど愛された女はいないと思う。私たちほど愛し合った男と女はいないと思う」

・・・ではないだろうか。

林真理子さんに言わせると 恋の貴族 と 庶民 というものがあり 皆が皆

こんな発言が出来るわけではない。 という点は、私も同感である。

で、あるが故・・・本を読むことの良さは 自分が 体験しなくとも ああ こういう世界もあるのだ。と 違う世界を知れることにある。と、思うのです。それが例え、絵空事であったとしても。

この主人公の博子さんという方は きっと 人生の その都度を 一生懸命全力で投球することの出来る人だったのだと思いました。

体力も務めてつけられたのだろうと思う。その体力に気力が繋がり、自分を信じる自信が生まれ。その自信を ひとつひとつ 繋ぎ合わせてゆくことで この 恋にも繋がってゆくことが出来た。

それに伴う美貌にも恵まれた 幸運な人だっただと思います。

彼女の 上記の言葉とは 間逆の「私は 夫が外に女をつくって 帰ってこない妻として、世間にどう思われているかを気にしながら いつも生きてきた。 私の人生は そんな様な気持ちの上で いつも 生活をしている 毎日だった」と90歳になっても 常に なんというか・・・愚痴と不平と 猜疑心とに・・・言っては申し訳ないが イケていない事象にのみ老いても こう・・・彩られてしまっている叔母がいます。

あの叔母は 本を読む人だったのだろうか・・・? と ふと 疑問がわいたので 母に尋ねてみましたら

いや 読まない。 とのことで。

叔母さんさ・・・ なにも あの主人公のような セリフを言えるような人生に恵まれなかったとしてもよ・・・

こんな生き方もあるんだ。 そうなんだ って 色々な人の人生が 垣間見える本を読んでいたら もうちょっと 総合的に見て大きな宿命は変えられなくても、何かが違ったのではないかな。

本当に良い本は その時の 主人公の 捉え方 決断の仕方 それが 伝わってくるんだよ。そこを 叔母さん 本からでも 掬い取ることが出来たのならさ 叔母さん もうちょっと イケてる方に少しは向かうことが出来たのではないか。な。

例えば 例えばよ 妾さんのところへ行ったきりになって帰ってこなかった夫でも、しっかりと生活費は払い続けてくれたわけでしょ。しかも結構経営が安定している会社社長レベルの。 その時に 生活は約束されているわけで ・・・ そういう時代じゃなかったということを差し引いても なにか自分の次につながること出来たような そんな 発想の刺激になるようなことって 意外と本の中にあったりするわけで。

と 偉そうに・・・ 90になる叔母の女の一生を 指摘する 姪の私といえば・・・

この物語の主人公からは 全力で物事に向き合える集中力を養いたい。 そうよ 物事に集中して向き合う力があったのなら 私の一生は もうちっと 輝けたような気がするのよ。 と 一人つぶやいていたら

母が、横で、 でもさ…集中する力があったって応えてくれる相手がいなければ、その人は一体どうなるんだろう。と 変なことを言うので思わず吹き出してました。

そうなんだよなぁ 世の中って不公平なんだよ。それが世の中。 それは本だけではない 色々なことが教えてくれるけど。・・・と、涙交じりに笑いが止まりませんでした。